第23話 現れない主役

 王都は広い。ウィンズレット侯爵家のタウンハウスは、我が家のタウンハウスからは馬車で数時間かかる距離にある。その週末はまるまる潰れることとなった。


 侯爵邸の立派な門構えを、母と私を乗せた馬車がゆっくりと進んでいく。馬車から降り案内された侯爵邸の広間の入り口で、ウィンズレット侯爵夫人が待ち構えたように出迎えてくださった。


「ああ……!ヘイディ公爵夫人、それにメレディア様……。遠路はるばるよくおいでくださいました」

「ごきげんよう、ウィンズレット侯爵夫人。本日はお招きいただきありがとうございます」

「ご無沙汰しております、ウィンズレット侯爵夫人」


 母に続き、私も夫人に丁寧に挨拶をする。夫人は眉尻を下げ声を潜めると、申し訳なさげな口調で言う。


「あんな手紙をお出ししてしまって……さぞやご不快に思われていらっしゃるだろうと身の縮む思いでございました。心苦しくてならなかったのですが……」


 喋れば喋るほど、夫人の肩がどんどん下がっていく気がする。この人だって好きでエルシー嬢のための茶会に私たちを招いたわけじゃない。アンドリュー様のゴリ押しに随分頭を悩ませたのだろう。お可哀想に。

 そんな夫人の様子を見た母が、扇で口元を隠しながら気遣うように囁く。


「お立場は承知の上ですわ。夫人も気苦労が絶えませんことね。私たちのことはどうぞそんなにお気遣いなく。大丈夫よ。皆様とのお喋りを楽しむつもりで来ましたの。ね?メレディア」

「ええ。お気遣いありがとうございます、ウィンズレット侯爵夫人」

「メレディア様……。こちらこそ、本当にありがとうございます」


 私たちの言葉に、夫人は幾分ホッとしたようだった。




 広間の中にはすでに十数名ほどのご婦人やご令嬢方が集まっていた。私たちの姿を目にすると、皆口々に挨拶をくれる。


「メレディア様……!ごきげんよう」

「あら、マーゴットさん!いらしてたのね」


 その中に最近学園で親しくしている友人のうちの一人、マーゴット嬢を見つけて私の心は少し弾んだ。そうか、マーゴット嬢は侯爵家のお嬢さん。これまでも高位貴族の茶会では時折見かけていたっけ。


(……肝心のエルシー嬢はまだみたいね)


 長テーブルにつどっている面々をさりげなく見回して、当の本人の姿がないことに気付く。ちょうどその時、ウィンズレット侯爵夫人が皆に向けて挨拶を始めた。


「皆様、本日は突然のお誘いにも関わらずこうして我が家の茶会にご参加いただきまして、本当にありがとうございます。この度縁あって我が家の娘として迎えることになったエルシーですが、ご存知の通り、すでに王太子宮に居を移し日夜王太子妃教育に励んでおります。……ちょっと、準備に手間取っているようでして……、もうすぐ到着すると思いますので、それまで皆様、どうぞご歓談をお楽しみくださいませ」

「ありがとう、ウィンズレット侯爵夫人」


 夫人の言葉に、皆一様に品良く笑みを返す。母の挨拶を皮切りに、それぞれお喋りに花を咲かせはじめた。メイドたちが次々に温かい紅茶や色とりどりの美しいお菓子を運んでくる。

 私もマーゴット嬢の隣に座り、周りの女性たちと会話を楽しむ。


「メレディア様、今日のお召し物とても素敵ですわ。カナリアイエローがよくお似合いです」

「ふふ、ありがとう。マーゴットさんこそ、マリーゴールドのような華やかなオレンジね。なんだか新鮮だわ」

「そうですわね。普段はお互いに学園の制服姿を見慣れていますもの」

「そうね。……ね、私たちの今日のドレス、なんだか雰囲気が似てるわね」

「ええ、たしかに」


 私とマーゴット嬢のドレスは暖色系の色味といい、ラインといい、どことなく似通っていて、並んで座っているとまるで姉妹みたいだ。

 楽しくなってお互いに顔を見合わせクスクス笑っていると、向かいに座っていたご婦人たちから声をかけられる。

 

「メレディア様、近頃は学園生活をとても楽しくお過ごしのようでいらっしゃいますね」

「本当に。うちの娘たちも申し上げておりますのよ。最近のメレディア様は溌剌としていらっしゃって、以前にも増して輝いて見えると」

「まぁ、そんな……。恥ずかしいですわ。ありがとうございます。たしかに、近頃はこれまでになかった様々な経験をしておりまして、毎日充実しております」


 恥じらいつつもそう答えると、ご婦人方はますます褒め称えてくる。


「素晴らしいことですわ。お若いのですから、人生を楽しまなくては」

「ええ!メレディア様ほどの知性と美貌を兼ね備えたご令嬢ですもの。すぐにお目の高い殿方から熱烈なアプローチがございますわよ。今の自由を存分に満喫しておかれなくてはね。……もう素敵なお方からの求婚があるのではなくて?ふふ」


 私とアンドリュー様の婚約解消の件について露骨に話題にする人はいなかった。次の縁談については時折探りを入れられつつも、皆概ね好意的な目で見守ってくださっているようだった。

 

 その後も周りのご婦人やご令嬢方と話に花を咲かせつつ、出されたお茶菓子を美味しくいただく。茶会で皆と同じようにお菓子を堪能できる幸せを味わいつつも、私は徐々に不審に思いはじめていた。


(……遅いわね。本日の主役は)


 肝心のエルシー嬢が、いつまで経っても現れない。もう茶会が始まって一時間は経過しているのではないだろうか。

 周囲の女性たちも、会話の合間にちらりと入り口付近に視線をやったり、そわそわしたりしはじめた。


 ウィンズレット侯爵夫人が強張った表情で侍女たちと何やら話しながら、広間を出たり入ったりしている。 




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