第7話 婚約解消

 発言力があり皆の信頼も厚いトラヴィス殿下の堂々としたその言葉に、会場中の生徒たちが非難するような目でアンドリュー様とグリーヴ男爵令嬢を見はじめた。さすがにその空気を察したのだろうアンドリュー様は、だがそれでも引き下がるつもりは毛頭ないようだった。


「……っ、お、お前こそ……っ、証拠もなしに何を言い出すんだ。それじゃあお前はエルシーが虚言を吐いているとでも、そう言いたいのか」

「まぁ、結果的にそうなりますよね。俺はメレディア嬢を全面的に信じていますし」


 ……ときめかせてくれるわね、トラヴィス殿下。

 あまりの頼もしさに思わず頬が緩んでしまいそう。


「お前はエルシーを知らないからそんなことが言えるんだ。彼女は……、この子は、メレディアを陥れるために嘘をつくような子じゃない。僕はずっと以前からエルシーに相談を受けていたんだ。人目のない時に限ってメレディア様から暴力を振るわれたり、辛辣な言葉で責め立てられたりするのが辛くて、もう学園に登校するのさえ恐ろしいのだと。……そうだよね?エルシー」

「は、はい……。私と二人きりでいる時のメレディア様は、普段のメレディア様とはまるっきり別人のようなのです……。空き教室に呼び出され、頬を殴られ罵倒されました。それも何度も……。王太子殿下に優しくされているからって調子に乗らないで、取るに足らぬ家柄の娘が見苦しい、殿下に近付くな、などと…他にもたくさん…。私が大切にしているアクセサリーを取り上げられたこともありました。あなたなんかには似合わないからと、ゴミ箱に捨てられたり……」

「……よくもそんな根も葉もないことが次々言えるものねグリーヴ男爵令嬢。どこまで私を侮辱するつもりなのかしら」

「ひぃっ!ごっ!ごめんなさい……ごめんなさいぃっ……!」

「…………。」


 たまりかねた私が口を挟めば、グリーヴ男爵令嬢はビクッと身を震わせ、両手を顔の前に翳しまた新たな涙を流しはじめた。そんな彼女の姿を見たアンドリュー様はますます強く彼女を抱きしめ、まるで宿敵を見るかのような目で私を睨みつける。


「……僕がエルシーとわずかな憩いの時間を持っていることが、そんなにも許せなかったのかい。僕に下心など一切なかったんだよ。ただ、この子の優しい笑顔と愛らしい人柄が、疲れきった僕の心を慰めてくれていたんだ。穏やかなエルシーとの会話で、ほんの少し癒やしの時間をもらっていただけなんだよ。だけど……、今こうして僕の気持ちが君から離れエルシーを愛するようなってしまったのは、明らかに君のせいだ。……もう一度、断言する。メレディア・ヘイディ、君には今日限りで僕の婚約者という立場から降りてもらう。僕らの婚約は、解消する!」

「……はぁ……、……馬鹿が」


 隣のトラヴィス殿下が呆れたようにボソリと呟いたのだった。







 それからの数日間は、悪夢の只中にいるようだった。

 私はまるで何事もなかったように毎朝同じ時間にベッドを出て、侍女たちに支度を手伝ってもらい学園に行く。周りの雑音や視線をやり過ごして真面目に授業を受け、生徒会の仕事を済ませる。そして帰宅後、また勉強するばかりの日々。

 両親にはパーティーでの顛末を全て報告したけれど、不快そうに眉間に皺を寄せただけで真に受けていなかった。まさか本当に私が王家から婚約解消なんてされるはずがないと思っている。実は私もそう思っていた。アンドリュー様の妄言を国王陛下が受け入れるはずがない、よしんば彼がグリーヴ男爵令嬢との愛を貫きたいと言ったとしても、何の教育も受けてきていない一介の下位貴族の令嬢が王太子殿下の婚約者になどなれるはずもないのだからと。

 だって、私が今日までどれほどの苦労を重ねてきたことか。

 今から他の人にこの立場を代わるなんて、無理に決まっている。

 たとえ誰がそれを望んだとしても。


 ところが数日後、父が憮然とした表情で王宮から戻ってくると、私にこう言ったのだ。


「メレディア、……アンドリュー王太子殿下はくだんの男爵家の令嬢と婚約を結ぶことになったそうだ。私に婚約解消の書類を直接渡してこられた。……もう我々に用はないと、そのような口ぶりでな」

「何ですって……?!陛下は、何と仰ってますの?」


 呆然とする私の代わりに、母が父に食ってかかる。


「両陛下はまだ帰国しておられぬ。王太子殿下の一存かもしれぬが、今は確かめる術もない」

「では……、陛下の帰国を待ってきちんと話を…」

「無駄だ。すでに相手方の令嬢が王太子宮に居を移したそうだ。詳しい事情は知らん。ここまでこけにされて縋り付くこともないだろう」

「そんな……、では、メレディアはどうなるというのですか……!娘はもう16ですわ。これまでの苦労は一体何だったというの……」


 私の思いを全て代弁してくれる母と、苦虫を噛み潰したような顔をしている父のやり取りを、私はまるで他人事のようにぼんやりと眺めていた。





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