第5話 アンドリュー様の誕生パーティー
それから数ヶ月間、変わらぬ日常が続いた。
学園に通い、始終皆の模範となる生活態度を心がけながら授業を受ける。さらにタウンハウスに戻れば教師陣からの授業を受け、国外の歴史書、マナーブックなどを読み漁り、知識をさらに深める。週末には王太子宮に通い王太子妃教育、マナー教育などを反復して受ける。けれど、その際にいつも行われていたアンドリュー様との茶会だけがあの晩餐会以降なくなった。
気まずくて私を避けているのだろうか。王太子から誘われない以上こちらから誘うわけにもいかず、またそんな気持ちにもならなくて、結局会話をする機会もなくなった。
そんな日々の中、アンドリュー様の18歳の誕生日を祝う、学生たち中心のパーティーが王宮で行われることになった。両陛下は隣国の式典や視察、近隣諸国との国際会議に出席するために先日旅立ったばかりで不在だった。
私は婚約者として当然このパーティーに出席することとなっている。この日のために準備しておいたとびきりのドレスを身にまとい、王宮へ向かった。
王太子殿下の誕生パーティーということもあって、会場には見知った顔の学生たちが大勢揃っていた。普段は王宮で行われる催しに参加することのない下位貴族の学生たちも来ていて、緊張しているのが見て取れた。
「アンドリュー様、本日はおめでとうございます」
「……ありがとう、メレディア」
久しぶりに交わす会話。ぎこちない返事の後は、私に見向きもしない。いくら何でもちょっと様子がおかしくないか。この時さすがに不審に思った。それでも私は婚約者として彼の隣に立ち、アンドリュー様を祝うために次々とやって来る学生たちを笑顔で迎える。近くにはトラヴィス殿下もいて、相変わらずたくさんの女子生徒たちに囲まれ愛想よくふるまっていた。
異変があったのは、パーティーが始まって二時間ほど経った頃のことだった。
宴もたけなわ、皆緊張も解れ、出された食事や飲み物を手に楽しく談笑していた時のことだった。今日の主役であるアンドリュー様が会場の真ん中に立ち、皆を見回しながら緊張した面持ちで挨拶を始めた。
パーティーの締めの挨拶だと思い、私は少し離れた位置で悠然と微笑みながらその姿を見守っていた。
ところが、その直後彼の発した言葉は、とんでもないものだったのだ。
「────皆、今日は僕のために集まってくれて本当にありがとう。18という歳を迎え、僕ももうすぐ学園を卒業することになる。卒業すれば、これまで培ってきた知識を糧にいよいよ王太子として公務に邁進する日々が始まるわけだが……、その前に、この場で皆に伝えておくことがある。……エルシー、ここへ」
(……?……アンドリュー様……?なぜ、あの人を……?)
挨拶の途中、なぜだかあのエルシー・グリーヴ男爵令嬢が呼ばれた。エルシー嬢は当然のように進み出て、アンドリュー様の隣に立つ。
嫌な予感がした。でも、まさか。こんな場所で、アンドリュー様が変なことを言い出すはずが……、
ところがアンドリュー様はエルシー嬢の肩を抱くとおもむろに私の方を振り向く。その顔は強張ってはいたが、彼はいつになくはっきりとした声で言った。
「メレディア・ヘイディ公爵令嬢、僕は今日限りで君との婚約を解消する。理由は、君の人間性が将来の王太子妃として相応しくないと判断したからだ!ここにいるエルシー・グリーヴ男爵令嬢への数々の非道な行い、到底見過ごすことはできない」
(…………え…………?)
会場は水を打ったように静まり返った。たった今まで笑顔を浮かべながらアンドリュー様のことを見ていた学生たちは皆石像になったかのように固まり、彼を凝視している。
私自身も呆然とする他なかった。
徐々に皆の視線はアンドリュー様から私へと移動しはじめた。王太子の突拍子もないこの言葉に、公爵令嬢は一体どんな反応をするのか。皆のそういう気持ちが手に取るように分かった。
内心の動揺を表に出さぬよう、私は軽く息を吸い込み、努めて落ち着き払った声を発した。
「…一体何のお話でしょうか、アンドリュー様。このような場で、ご冗談ならばお止しになってくださいませ。グリーヴ男爵令嬢への非道な行い…?全く身に覚えがございませんが」
「しっ、白々しいことを。君はこのエルシーがとても気弱で大人しく、また君より立場が弱いことを笠に着て彼女に暴言を吐いたり、陰湿な嫌がらせ行為を繰り返してきただろう。人目のない時を狙っての卑劣な行い……見損なったぞ」
「……何ですって……?」
心底意味が分からない。どうしてこんなことを言い出したのか。アンドリュー様から隣に立っているグリーヴ男爵令嬢に視線を移すと、彼女は悲しげな顔をして私から目を背ける。……そんな事実はないと、声を上げてくれるつもりは全くないらしい。つまり、
(……彼女が仕組んだことなのね……)
呆れてものも言えない。アンドリュー様はグリーヴ男爵令嬢か、もしくは彼女に加担する誰かからそんな根も葉もない告げ口をされ、それを信じきってしまっているということか。
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