モンブランの悪魔12

 守衛さん達の証言を信じるとするならば、中身がすり替えられたのは、立花くんが教室に持って行くまでの間か、教室に置かれた後。


 立花くんから聞いた所、移動中に開封はしていないし、立花くんが教室に届けてからモンブランに近づいた人物はいないと証言をした。


 彼は愚かだけれど嘘だけはつかない。だとすれば、モンブランは彼ではない、モンブランに触れる事のできた人物にすり替えられた可能性が高い事になる。


 普段より少し早足で急坂を下る。


 この先にあるのはいつも頭を抱えている行きつけのカフェ。那奈先輩が働くあのカフェ。



 私が予約を入れて大量のモンブランを用意して貰った。


 しかも、何を隠そう、件のモンブランを箱に詰めたのは那奈なのだ。


 しっかりと箱に詰める様子は見ていなかったけれど、スマホを触りながら横目でチラリと那奈が作業をしている所だけは見ていた。


 間違いなく那奈は箱に触れている。


 急いでお店に向かう途中、お店の裏手に気になる物を見つけた。しゃがみこんでそれを掴み取る。


 これって……まさか━━━━


「愛華。急に立ち止まって何してんだ?」


 このまま私が全てを解き明かす事ができなければ、全責任を負わされるのに呑気な口ぶりで立花くんがそう言った。


 掴み取った物をスルリとポケットに入れて、立ち上がる。

 立花くんの危機感のなさに腹がたったから、歩くのを装ってつま先を踏んでやった。


「イテッ!なにすんだよ!?」


 何も答えずに歩みを進める。


「おい、愛華!」


 お店の正面側まで歩いてから振り返り言ってやった。


「なぜ立ち止まっているのかしら?あなたにはそう時間がないはずよ」


 拓真から正確なタイムリミットを伝えられているわけではないが、おそらく、腰高祭が終わる明日の夕方までがタイムリミット。


 無駄な時間を過ごしている暇はないのだ。


 言い終わると私は店の扉を開いた。

 慌てた様子で立花くんもその後をついてきた。


「いらっしゃいませ。先程はたくさんのご注文ありがとうございました」


 迎え入れてくれたのはこの店のオーナーである壮年の紳士だった。ちなみに常連客からはマスターと呼ばれている。


「いえいえ。こちらこそ急な予約に対応していただきありがとうございました」


「これからもご贔屓によろしくお願いいたします」


 マスターはそう言うと同時に頭を下げた。


 その隙に店内を見渡すと、いつもの盛況な様子ではなく、閑散とした、落ち着いた雰囲気だった。


「今日はお客さんが少ないんですね」


 マスターは頭を上げて苦笑いをしながら答える。


「お恥ずかしい。本日看板娘が午前中だけの勤務だったもので」


 なるほど。、七瀬那奈はこの場にはいないと言うことね。

 無駄足になっしまったわね。来店前に連絡をして確認すべきだったと自らのミスを咎めているとマスターが続けて口を開く。


「お二人様でよろしいでしょうか?いつものカウンター席が空いておりますが、そちらにお通ししてもよろしいですか?」


「あっ、いえ、那奈先輩に用事があって来ただけですので、営業の邪魔をしてしまい申し訳ないのですけど」


「左様ですか。何か伝言などありましたらお伝えしますけど」


「いえ、大丈夫です。連絡先は知っていますので」


「かしこまりました。またのご来店お待ちしております」


「失礼します」


 振り返り、お店を出ようとした瞬間、マスターに呼び止められた。


「勇利先生。明日の打ち上げには先生もご来店なさるんですよね?」


「打ち上げ?なんの事ですか?」


 唐突な質問に思わず虚をつかれ、気の抜けた返事をしてしまった。立花くんの方に目を向けてみたけど、慌てて首を横に振って何も知らない風だった。


「申し訳ございません。私の勘違いでした」


 マスターは申し訳無さそうに頭を下げた。


 打ち上げってなんの打ち上げ?立花くんが知らなくて私が呼ばれるような催しものなんて何かあったかしら?創作関係?

 担当からは何も聞かされていないけど、後で確認しておいたほうが良いかもしれないわね。


 ピーヒョロロロロロ。


 とんびの鳴き声のような着信音が店内に響き渡る。


 立花くんはスマホを取り出し、何かを確認すると、弛緩しきっていた表情を強張らせて言った。



「愛華!こんな事してる場合じゃないぜ!学校に戻ろう!」


 そう言って立花くんが私の腕を強く引いた。


「ちょっと待って。詳しく説明して頂戴!」


 立花くんの手を力いっぱい振り切りその場で説明を求めた。


「五頭竜だ!学校に五頭竜が出たみたいなんだ!」

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