モンブランの悪魔5
SideY
チープではあるけれど、限られた予算の範囲で工夫を施して飾り付けられた廊下を見るとほっこりとした気持ちになる。
やはり、こういった経験は、学生の頃にしかできない特権ね。
あの頃はとても窮屈に思えたけれど、そこに良さがあっただなんて今更気がつくなんてね。
人混みをかき分けて体育館に向かう途中。そんな事を考えていた。
いつもは閉まっている体育館へと向かう渡り廊下の扉も全て開け放たれていて、開放感を感じるわ。普段と違うだけで、心も開放的になって、普段話さない人と話したりするのよね。それで仲良くなって話すようになった子もいたっけ。
あの子、なんて名前だったかしら……。
渡り廊下の扉をくぐろうとしたタイミングだった━━━━見知った顔の男が、凄い形相でこちらに向かってくる。
咄嗟に声をかけた。
「あら、立花君、もう演劇は始まってしまっているのではないの?」
モンブランを預かってもらっていたせいで、上映開始時間は少し過ぎてしまっているはず。
「な━━━━」
話しかける私など眼中にない。そう言った感じで立花君は風のように通り過ぎていった。
こちらには一瞥もくれず、一目散と言った感じ。
何かトラブルでもあったの……?
少し嫌な予感もするわね。
立花君が任されていそうな事は何かしら……。
少し邪推を巡らせてみる。
「まさか━━━━」
私が禁止をしたドローンによる演出を強行して、教師に見つかり逃走していった。
ありえるわ。あの血相。目もくれず立ち去る感じ。過去にも同じような事があった。あれは在学当時だったけれど。
卒業してからまで学校に迷惑をかけるなんて、なんて愚かなのかしら。
でも、おかしいわね。それなら追っ手がいるはずよ。その追っ手の姿が見えないという事は、何か直接演劇には関係のない何かが発生した?
「うーん」
思考を巡らせた所で、あの立花君の事だ。
彼が何をしでかすかなんて、私の妄想の範囲外。想像の、創造の粋を超えてくる彼の行動を、邪推しようとするのが間違いなのかもしれないわね。
「えっと、あの……入られますか?」
気がつけば、体育館入口までやってきていた。
少しおどおどした態度の男子生徒が、クラスTシャツを着てこちらを不安気な瞳で見ていた。
Tシャツに1-Cと書いてある所を見ると、里奈ちゃんのクラスの生徒のようだ。
「失礼したわね。演劇もう始まってしまっているわよね?」
「はい。ですけど、準備に手間取って、今始まったばかりです」
準備に手間取ってね。立花君が走り去って行ったのと何か関係があるのかしら。
「そう。観劇をしたいから、入れていただいても良いかしら?」
「はい。もちろん」
男子生徒は遠慮がちに頷くと、入口にひかれた暗幕を、人が一人通れるくらい開いてくれた。
どうやら、ここから入れという事らしい。
「じゃあ失礼するわね」
体育館の中に侵入すると、中は真っ暗だった。
スポットライトが舞台に集中していてそちらを観るには困りそうはないのだけど。
どうやって席を確保すべきかしら……ここはあれね。
空席が確認できない以上、あれをやるしかないわね。
入ってきた扉から邪魔にならないように数メートル横に移動して、舞台からみたら一番後ろの壁にもたれかかった。
これが、俗に言う後方彼氏ヅラってやつね。
そう意識してしまった瞬間に、どっと恥ずかさがこみ上げてきたのだけれど、それを無理やりに抑え込んで、演劇を観ることにした。
舞台の進行状況は、序盤も序盤だった。
私でも知っている、腰越、江の島に伝わる伝承の話。
その掴みの部分。五頭竜が現れた所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます