身勝手な予告状9

 結果から言ってしまえば、職員室訪問は空振りに終わった。


 見渡せる限りに経済新聞の形跡は一切見当たらなかった。


 スポーツ新聞を机に置いている体育教師。


 主要の新聞を机に置いている社会科教師なんかは確認することはできたのだけれど。


「手詰まりね……」


「謎は深まるばかりだね。愛ちゃん」


 右手を顎にあてがい、考える人のようなポーズを取っているけど、汐音の瞳はキラキラと輝いていた。


 この子、手がかりがなくなってしまった状況を完全に楽しんでいる。


 初めて杉浦君と会った幼かったあの日から何も変わっていない。


「そうね」


 私はそう返事をしたあと、グラウンドを見渡せるベンチに座り、野球部の練習をぼんやりと眺めていた。


「探したよ。勇利さん。奏さん」



 声のした方へと振り返る。

 そこに立っていたのは佐渡晃だった。


「あっ、先輩お久しぶりです!」


 先に汐音が挨拶を返したあと、私は軽く会釈をするに留めた。


「那奈から連絡を貰ってね。なにか僕に用があるんだって?」


「ああ。そういえば……」


 カフェで那奈が言っていた事を思い出す。


『私から晃君に伝えておきますよ。勇利先生がサッカー部員から話を聞きたがっているって』



 私が頼んだ訳では無いけど、那奈が気を利かせて連絡をしてくれていたんだったっけ。


 あの時は余計なお世話に感じたけれど、手がかりがなくなってしまった以上、話を聞いてみるのも良いかもしれないわね。


「少し、場所を変えても良いですか?」


「あまり周りには聞かれたくない話なのかな?いいよ。東浜に行こうか」


 さすが完璧超人佐渡晃ね。

 恐ろしいくらいに察しが良い。


 私達の答えを待つまでもなく、佐渡晃は正門の方へと歩き出した。


 その後に続いて私達も歩き出した。






「さあ、お嬢様方、こちらへお座りください。風で飛んでしまうのでなるべく早めに」


 佐渡晃は背負っていたリュックから新聞紙を取り出すと、石の階段に置いた。


 それは砂でおしりが汚れてしまわないようにしてくれる配慮。


 さすが、女子たちから人気だった事はあるわね。


「ありがとうございます」


 汐音は遠慮なく新聞紙に腰を降ろすと、横に座れとパンパンと新聞紙を叩く。


「……ありがとうございます」


 汐音の勢いに押されて私も新聞紙に座る。


 それを見て、佐渡晃も新聞紙の引かれていない階段に腰をおろした。



「東浜まで連れてきてしまって悪かったね。サッカー部の練習も見てあげなきゃいけないからさ」


 佐渡晃の視線の先には砂浜を走り込む後輩達の姿が見えた。


 

 白い歯を覗かせる爽やかな笑顔で言われたら、嫌だと言えるはずがない。


「いえ、大丈夫ですよ!」


 先にそう汐音が答え、私もそれに同調を示した。


「で、さっそくだけど、人にはあまり聞かれたくない相談っていのは何かな?」


 何も知らないふうにさらりと言ってのけた。

 汐音が居るから気を使ってくれたのかもしれない。


 

 察しの良い佐渡晃の事だ。この前話した事件に関しての話だと言う事はもうわかっているはずだ。


 「汐音も知っているので、大丈夫ですよ。先輩」



「うん。そうか」



「あれ。先輩も知っているの?」


 佐渡晃に相談していた事を知らない汐音が私と佐渡晃とを交互に見比べる。


「昨日の夜たまたま会ってね。相談させてもらったのよ」


「そうなんだ」


 目をしばたたかせながら汐音は一つ頷いた。

 今回の事件。 

 できることなら誰にも話してほしくはなかったけど、佐渡晃なら大丈夫だろうと汐音も納得してくれた様子だ。




「で、昨日の今日で何か変化はあったのかい?」



「二つありました。一つは脅迫状がもう一枚増えたんです」



 今朝、里奈から送られてきた写真を見せるべく、汐音にスマホを出せと催促をすると、ファイルは開きっぱなしになっていたのか、すぐに差し出してきた。


 スマホを受け取って画面を覗き込むと、佐渡晃は怪訝そうな表情を見せた。


 それもそのはず。画面に表示されているのは


『タダチニチュウシセヨ!サモナクバトウジツバクハスル』


 爆破予告なのだから。



「これは……イタズラではすまされないな。教師、いや警察に相談した方が良いいんじゃないかな」


 佐渡晃の言う事はごもっともだった。普通ならそうする。誰だってそうする。

 でも、今の私達にはそうできない理由がある。


「汐音、里奈ちゃんの事も話して良いわよね」


 汐音は黙って頷く。

 それを見てから私は里奈についての事を説明した。




「━━━なるほどね。だから君達は秘密裏に解決したいと」


「はい。タイムリミットギリギリまでは、公的機関には頼らないつもりです」


「うーん。しかし、これだけで犯人を特定するのは難しいんじゃないかい?特定できたとしても君達にも危険が及ぶかもしれないし」



 実際、今の私達は手詰まりだった。

 そこまで考えが及んでいなかったけれど、私達にも危険が及ぶかもしれないという事。

 その事実を突きつけられて、私は思わず言葉に詰まる。


「そ、それは……」


 しばらく佐渡晃と見つめ合っていた。やめておいた方が良いと、目でそう語りかけてくる。


「あ、あーっ!!愛ちゃん!!これ見て」


 沈黙を切り裂いたのは汐音の絶叫だった。


「なによ。こんな大事な時に」


 汐音の方に目を向けると、地面を指差していた。

 もっと言うと、私達のおしりの下に敷かれている新聞紙に。


「なっ!?嘘でしょ!?」


 そこに書かれていたのは私達が探し求めていた『経済新聞』の四文字だった。

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