第5話 それは不法侵入です!
麗らかな昼過ぎ。
アリーシェが城内の通路を歩いていると、王立騎士団副団長であるアオトに声を掛けられる。
「アリーシェ、すまない。ちょっと来てくれ」
アオトはそう言うと、アリーシェの手を掴み歩き始める。強引にアオトに連れて来られたのは、サクヤがいるであろう執務室であった。
「サクヤ王子殿下、アリーシェを連れて来ました」
アオトは茶色い木製のドアを優しく2回ほど、ノックし、執務室の部屋の中にいるであろうサクヤに告げる。
「ああ、入っていいぞ」
部屋の中から聞こえたサクヤの返事を聞き、アオトはアリーシェを部屋の中に入れて、『じゃあ、後は頼んだ』と言い残し、立ち去って行く。その場に残されたアリーシェは、困惑しながら、目の前にいるサクヤを見る。
「久しぶりだな、アリーシェ」
「はい。そうですね」
最近は、あまりサクヤと顔を合わせることがなかった為、落ち着いた日々を送っていた訳なのだが。まさか、こうしてまた顔を合わせることになるとは。
アリーシェはそう思いながら、じっーと見つめてくるサクヤの視線に耐えられず目を逸らす。
「サクヤ王子殿下は、私に何用で?」
「いや、特に用があって呼び出した訳ではないんだが。アリーシェ、お前の顔が見たくなってな」
「そうなんですね」
アリーシェは表情一つ変えることなく、そう言ったサクヤに淡々と返事を返したが、内心では何でこう気恥ずかしいことを平気でサラッと言えるのだろうとこの王子は!と心の中で呟いていた。
「それ程、重要な用ではなかったようなので失礼します」
アリーシェはこの場を一刻も早く立ち去りたいと強く思っていた為、自然と声も冷たくなる。サクヤはそんなアリーシェを見て、おかしそうにくすくすっと笑い声を溢した。
「本当、可愛いな。アリーシェ」
愛おしそうにそう呟き、熱を帯びた視線でこちらを見つめてくるサクヤ。アリーシェはそんなサクヤと視線がぶつかり合ったが、耐えられず視線を逸らし、この場から早く立ち去る為にサクヤに背を向けて、ドアの前へと足早に歩み寄り、ドアノブに手を掛けた。
「すまなかったな。忙しいのに、アオトを使って呼び出してしまって」
悪いことをしたなと思ったのか、謝ってきたサクヤに対して、アリーシェはドアノブにかけた手を下ろし、振り返る。
「確かに、アオト先輩に連れられて来られた時は、ちょっとびっくりはしましたけど。その、忙しくない時なら会いには来れると思いますから。謝らなくて大丈夫です。では」
アリーシェはそう言い残し、執務室である部屋を後にした。部屋に残されたサクヤは髪をくしゃくしゃと片手で掻きむしり、ため息を溢して独り言のように呟く。
「素直じゃないけど、俺を拒絶しようとはしない、そういう優しい所が堪らなく愛おしいんだよ。アリーシェ」
❀
その日の夜、アリーシェは自室の部屋の外から少しずつ近付いてくる不審な足音で目を覚ます。
「こんな夜遅くに足音……?」
アリーシェは不審に思い、ベットから起き上がり、部屋のドアに歩み寄る。そして、ドア越しに聞き耳を立て、もしも不審者であったら対処出来るようにと剣を片手に持つ。
「アリーシェの部屋かここか」
自身の部屋の前で立ち止まった人物はそう呟き、鍵をガチャガチャと開けようとしてくる。
「ちょっと、待って。え、なんでサクヤ王子が私の部屋のドアを開けようとしてるの……?」
アリーシェは今の状況に頭が追いつかずにいたが、ひとまず部屋のドアから離れ、隠れる為にクローゼットの中に身を隠すことにした。
(私がもし、寝たままだったらと考えると、少しばかりの恐怖が湧いてくるわね)
心の中でそんなことを思っていると、部屋のドアを何故か開けることが出来たサクヤが部屋の中へと入って来る。アリーシェは息を潜めて、気配を消しながら、クローゼットの隙間から見えるサクヤの姿を見つめる。
「ベットにいない!? どうしてだ……? まさか、誰かと夜な夜な会っているのか。いや、まさか、アリーシェに限ってそんなことは有り得ない」
部屋に不法侵入した挙句、ある事ない事、一人で言い始めるサクヤにアリーシェは、ドン引きする。そして、思い出す。
サクヤは可愛い物や、気に入った物に対しては、行き過ぎた行動をする人だという噂があったことを。
(こんなのが、この国の第一王子なんて、世も末だわ)
サクヤはアリーシェが居ないという事実から、勝手に一人で妄想を膨らませ、ショックを受けて部屋から出て行く。
そんなサクヤの姿をクローゼットの中から見届けたアリーシェは、クローゼットの中から出て、サクヤが戻って来ないのを確認してから、部屋のドアを閉め、鍵をかける。
「サクヤ王子殿下はやばい人だということが改めてわかったわ。それにしても、どうして、私の自室の部屋の鍵を開けることが出来たのよ!? 恐怖しか湧かないわ」
アリーシェはこれは立派な不法侵入よ!と少し苛立たしげに明かりのない暗い静かな部屋で吐き捨てる。そして、一息ついてから、再びベットに歩み寄り、白いふかふかのベットに自身の身体を預けさせる為、横になる。
「疲れたわ……」
アリーシェはそう呟き、意識を手放した。
部屋の窓から入る夜の月明かりがアリーシェの眠る姿を見守るように照らしていた。
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