第6話 リビアーヌ国

 ヴァルローゼ国の港〈ヴェルン〉から、リビアーヌ国の王都近くの港〈ルダン〉に着いたのは、5日目の昼過ぎ頃であった。


「着いたわね」

「そうだね。王都近くの港だけあって、人の行き交いが激しいな」


 港〈ルダン〉は、リビアーヌ国の王都近くの港であり、隣国であるヴァルローゼ国行きの船とルパニア国行きの船が出ている為、他国からの貿易が盛んな場所である。

 アディとシェラは、色様々な服を見に纏った人々が行き交うのを横目に見ながら、人の流れに沿って歩いていた。

 再び出航する船の合図を知らせる音が港に鳴り響き渡り。行き交う人々の声と出航を知らせる合図が重なり合い、アディとシェラの耳に届く。


「アディ、左端にある港〈ルドリア〉まで、歩いてどのくらいかかるのかしら?」

「うーん、大体、3日くらいかな」

「そうなのね。無事に辿り着けるかしら」

「無事に辿り着けるよ。きっと、大丈夫だ」



 アディとシェラはリビアーヌ国の左端にある港〈ルドリア〉へと歩みを進めていた。

 

「シェラ、このペースで行くと、明日の夕方頃には、ルドリアに着きそうだよ」


 アディが弾んだ声でシェラに伝えれば、シェラからそう、と安心したような声が返ってくる。2日、宿屋に泊まりながら、歩き続けたシェラとアディ。今日も道中にあった宿屋で、一夜を明かす。


「港ルドリアに着いたら、ルパニア国行きの船に乗って、アルディーア帝国に向かうわ」

「アルディーア帝国まで辿り着けば、追っ手の存在も気にしなくて大丈夫になるね」

「ええ、そうね」


 時折吹く、春の心地良い風がアディとシェラの身体に当たる。その度にアディのオレンジ色の髪とシェラの金髪の髪は靡いていた。



 シェラが城から逃げ延びてから、7日が経った今日という日は、過去の世界線の一つで、自分アディとシェラは追っ手に捕まり殺されてしまった日でもある。

 過去の世界線の一つのように、またシェラと自分アディは殺されてしまうかもしれない。そんな少しばかりの不安がアディを襲う。


「シェラ、明日の朝、早朝に此処を出発しよう。まだ追っ手は来ないかもしれない。だけど、シェラがヴァリアント王子殿下を殺したということは少しずつ広まりつつある。隣国であっても、安全とは限らないからね」


 情報が広まるのは早い。昼間、道中でシェラと共に立ち寄った店に置いてあった今日の朝出たであろう新聞記事に、ヴァルローゼ国の第一王女であるシェラが、実の兄であり、第一王子を殺したことが公表されていた。

 そして、見つけた者には報酬として、多額の額を支払うという。

 

「そうね…… わかったわ。今日は早く寝ましょう」

「そうだね」


 アディはシェラに言えなかった。新聞記事のことも、自分アディは何度もシェラと巡り合い、シェラが命を落とす度に過去に戻りやり直していること。いつか言える時がきたらその時は。


「ねぇ、アディ」

「ん? どうしたの? シェラ」

「私ね、最近、未来を見ることが出来ないの。今までは見たいと思ってなくても、見ることが出来た。だけど、今は見たいと思っていても、いなくても見ることが出来ないの……」

 

 暗い部屋の中、シェラはベットに横になりながら、隣のベットに寝ているであろうアディにそう告げる。


「そうなんだね。シェラは、未来を見れなくなるのは嫌?」


 未来を告げる姫。

 シェラが見た未来を周りに告げる。それが、シェラの王女としての務めであった。未来を見たくて、この力を使ったことは一度もない。いつかの世界線でシェラはそう言っていた。

 アディはその時思った。本当は嫌であったのかもしれない。未来を見ることが。

 今の彼女シェラが、どう思っているのかはわからない。過去の世界線の彼女シェラと今の世界線の彼女シェラは、もしかしたら思っていることが違うかもしれないのだから。


「嫌ではないわ。私は、未来を見ることが自分の役割であるとそう思っていた。見たくないと思っていても、見なければならなかった。苦痛で仕方なかった……」

「そっか。シェラ、俺は未来を見ることができるっていう力がなくなったとしても、王女として立派に責務を果たしていけると思うんだ」


 アディは部屋の白い天井を見つめながら、優しい声色でア、隣のベットで横になっているシェラにそう告げる。


「そうね。アディ、私、貴方に救われてばかりね。ありがとう。アディ」


 シェラはそう言い残し、意識を手放した。シェラの寝息が聞こえ始め、アディは暗い部屋の中、ベットに横になりながら、ぽつりと呟く。

 

「寝ちゃったか。おやすみ、シェラ」


 夜暗い静かな部屋の中に、夜の月明かりが差し込みシェラとアディの姿を見守るように照らしていた。

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