第2話 寝取られの真実

『愛しているよ、可奈』

『はい……とうさん。私もです』


 二人は濃厚なキスを交わしていた。

 そして、続きを再開。可奈の喘ぎ声が部屋中に響き渡り、俺は耳を塞いだ。


 ……これは悪夢か。


 強く耳を塞いでも、可奈の艶めかしい声が聞こえる。


 なぜだ。


 こんなことをするはずがない……清楚な君がどうして、そんなに快楽に溺れているんだ。こっちが本当の顔だったのか……。


 俺は静かに広間の前を去っていく。



 ここは俺の邸宅のはずなのに、なんで俺が出ていかなきゃならない。


 ……あぁ、でも、そんなこともどうでもいい。


 俺は今、絶望していた。



 もう無理だ。

 可奈とは婚約を破棄する。



 俺はずっと泣いた。可奈に見つからないよう、永遠と泣き続けた。

 この世の終わりのように思えた。



 事が過ぎ、三日後。

 何食わぬ顔で現れる可奈。



「こんにちは、八一くん」

「可奈……」

「どうしたの、顔色悪いよ?」



 まだ清楚を演じ続けるのか、この女は。

 君の正体はとっくにバレれているというのにな。

 怒りが沸いて出てきて、俺は手が出そうになる。だが、抑えた。

 父上に女は殴るなと言われているからだ。だから暴力は控えた。でも……せめて、これは告げねばならない。



「可奈……婚約を破棄してくれ」

「え……!」



 意外そうに驚く可奈。

 想定外だったのか動揺していた。



「俺たち、上手くいかないよ」

「で、でも……好きだって言ってくれたじゃない」

「すまない……」


「理由を教えてよ」


 ハッキリと言いたいさ。

 あの男は誰なんだと。どうして股を開いたのかとな! 言ったところでケンカになるのは目に見えている。

 無駄な言い争いは避けたい。

 このまま円満に婚約を破棄できるのなら、それに越したことはない。

 それに、俺にはもう絶望しかなかった。


 好きな人を知らない男に寝取られたという……絶望。



「すまない。とにかく君と別れたい」

「な、なんでそんなこと言うの!?」

「なんでって……気持ちにズレがあるからさ」

「どういう意味!」



 なんて白々しい。いっそ、言ってしまおうか。その方がスッキリする。

 そうだ、もう別れるのだから……関係ない。

 傷つけまいと思ったが、もう限界だった。



「……可奈。君はこの前、誰とシていたんだ?」

「え……な、なんのこと?」

「あれは三日前だったと思う。この邸宅で君は、凍夜という男と寝ていた。そうだろう!」


「……ッ! み、見ていたの……!」



 頬を赤くしながら、可奈は事実を認めた。



「たまたまな。よくもまぁ俺の家で知らん男とヤれるな」

「ち、違うの! あれは凍夜さんが無理矢理……」


「ふざけるな。可奈、お前は気持ちよさそうに声を上げていたじゃないか! それに、股を開いた時点で俺の気持ちを裏切ったんだ。婚約破棄しかないだろ!」


「ま……まってよ。私、八一くんと別れたくない。そ、その……ほら、今からでもシよ? ね?」



 なんでそんな必死なんだ。もう俺なんて見限って、凍夜とよろしくやればいいじゃないか。彼だってあの身なりからして金持ちとかなんだろう。


 白い目で可奈を見つめていると、彼女は俺のズボンに手をかけてきた。



「やめろ!」

「……や、八一くん。そんなに、わたしが嫌い?」

「ああ、嫌いだね! もう顔も見たくないよ」


「……そっか。残念ね」

「こっちも残念だよ」



 重苦しい空気の中、広間に凍夜がやってきた。こ、こいつ……堂々と!



「やあ、八一くん。はじめまして」

「おまえ!! 無断で入ってくるなよ!」

「可奈を迎えに来たんだ。なにが悪い」

「悪いに決まっているだろ。さっさと帰りやがれ」

「あぁ、けどね。君にひとつ伝えておきたくてね」

「……?」


 凍夜は、俺に近づいてきて耳元でこう言った。


「君の婚約者は抱き心地が最高だったよ。締まりも極上。柔らかくて白い肌を隅々まで堪能したよ」

「てめぇ!!」



 もう関係ないはずなのに、俺は思わず手が出た。だが、あっさり回避された。



「おいおい。もう可奈とは別れたんだろ。ムキになるなよ」

「大体、お前はなんだ!」

「俺は『天王寺家』の長男だ。てんのう とうさ」



 天王寺家……柴犬家よりは下だが、それでも金持ちだ。大手企業のボンボンだったとは。確かに、ウチとの取引もしているから……父上を頼りにすることもあるというわけか。意外な接点があったわけだ。


 だとしても、これはあまりに酷過ぎる。



「もういい、可奈を連れて帰ってくれ!」

「そうするとも。これからは、俺が彼女を幸せにする」

「ああ、そうかよ!」



 もう何も聞きたくない。

 俺は二人を追い出し、一人になった。



 なにもかもが嫌になった……!



 くそ、くそ、くそ!!



 俺は……もう生きる意味を失った……。

 いっそ、東尋坊に身を投げて……楽になろう。そうだ、少しだけ全国を旅して、それから福井県にある自殺の名所・東尋坊をゴールとしよう。



 ◆



 それから俺は新幹線を使い、各地を巡った。


 グルメツアーをして、満足したところで東尋坊へ。


 昼時に入ってしまい、そこそこ観光客がいた。


 なんだ、これじゃあ飛び降りてもすぐ救出されてしまうな。それに、今は海も穏やか。落ちたところで単に海水浴だ。


 また夜にでも来よう。

 そう思って踵を返した時だった。


 制服の姿の少女が身を投げ出していた。



 え……うそだろ。



 しかも、俺の目の前で飛びやがった。


 な、なんで……!

 なんでだよ。


 スタイル抜群で、とんでもなく可愛いのに……ありえないだろ! 俺より若いのに、どうして……!


 少女はゆっくりと落ちていく。


 俺は気づいたら、体が動いていた。


 彼女を助けないと――!

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