第2話 白いカーテン

 僕は全校集会が苦手だ。二か月にごとに開かれる集会は退屈以外の何物でもない。一年生は今回で初めての参加だが決まって第一月曜の朝に体育館に集めさせられ、校長先生のありがたいお話を聞かせられるという。なぜわざわざ全校生徒を集めて話を聞かせたいのか訳が分からない。高校生に聞かせたい話ということはよっぽど自身のあるエピソードトークなのだろうか。そんなはずはあるまい。わが校の生徒は1学年が6組あってそれが三学年だから約六百人の前で話すのだから、校長先生もさぞ緊張するだろう。どちらにとっても得なんてないものをなぜ行うのだろう。学校教育とはわけがわからない。それと全校集会が億劫な理由がもう一つ。集会の並び順はステージに向かって右から二年生、一年生、三年生と我々一年生が上級生に挟まれるように並ばされている。僕は六組の吉崎だから、すぐ左には三年生が並び、すぐ後ろには先生たちが腕を組んで生徒たちを見張っている。横と後ろからの圧に僕は委縮せざるを得ない。こんなことなら高校のレベルを一つ上げて別の高校を受験すればよかったと一瞬だけ後悔した。

 校長先生が壇上に立つ。入学式に顔を見た以来だからこれで2回目になる。相変わらず絵にかいたような禿げ方をしている。その見事なてっぺん禿げに思わず心の中で感嘆の声を上げる。

「えー先日入学いたしました新入生の皆さん、改めましてご入学おめでとうございます。えーわが校は文武両道を教育目標に掲げておりますけれども。えー去年は女子バレー部が良い成績を残しまして。えー私も誇らしいいです。今年も運動部の皆さんには大いに期待しております。前年度の志願者数に関しまして…」

髪の毛が後退するほど年を重ねてきた大人なのだから、何かためになることでもいうのかと最初こそ集中して聞こうとするが、見栄と建前でしか話せない目の前の大人に思わずため息が出る。完全に集中の切れた僕は、斜め前に立つ男子生徒の左右に重心を変える様子をただ見つめて暇をつぶす。校長先生の抑揚のないお経のような話を聞いて、かれこれ10分ほどになるのだろうか。長々と話す校長先生の話を立って聞かなくてはいけないのは苦行以外の何物でもない。ここで何やら体に違和感がある。足には普段は感じない倦怠感。心臓の鼓動が早まる。ふと眩暈がする。どうしたのだろう、昨日は夜更かしもしてないはずなのに。バタン。次の瞬間、視界が遠のくと同時にその場に倒れた。薄っすらと意識が遠のく中で、ふたつの腕が僕を支える。ひとつはガッシリとした太い上腕二頭筋が。もう一つには細い腕の中に引きしまった筋肉が。 

 目を覚ますと白い天井が見えた。いったいどのくらいの時間が経ったのだろうか。周りは白いカーテンに囲まれ、毛布に包まれていることから、僕は保健室のベッドで寝ていることに気が付く。身体は気怠く動かす気力がない。あぁどうせ貧血だろう。自分の身体よりも、大勢の中で倒れたことが恥ずかしくてたまらない。重くふらふらとする頭を何とか横に動かすとベッドの傍らに女子生徒が座っている。いったいいつからそこにいるのだろうか。何か考え事をしているのか、彼女は遠い目をしながら一点を見つめている。その顔は色白で猫目でまっすぐな鼻筋をしていてとても美人だ。思わずその綺麗な彼女の顔に見とれていると、ふいに目線が動きお互いの目が合った。僕は恥ずかしくなり目線をずらす。わずか一瞬だが見つめられたその目はすべてを見通すような吸い込まれそうな目で僕のやわで無知で未熟な心を貫いた。彼女は僕が目を覚ましたことに気が付き心配した様子で聞く。

「大丈夫?気分はどう?」

僕が天井を見つめながら聞こえてくるその声には優しいなかに芯があった。僕は心臓の鼓動が早くなり、それが貧血のものかそれ以外のものか判断ができていないまま重い体を無理やり起こす。大丈夫ですと言いながらチラリと彼女の方へ目線を向けると、彼女はよかったと安堵の表情を浮かべていた。

「びっくりしたよ、隣で急に倒れるんだもん」

そう言う彼女はショートカットがよく似合う。顔を直視するのが恥ずかしくなり顔から視線を下にずらすと赤い上履きを履いていた。うちの学校は上履きの色で学年が分かれている。三年生が赤、二年生が黄色、一年生が緑。彼女の話から集会の時に僕の隣にいて上履きが赤ということは、彼女が三年生であることは間違いない。先輩は最初こそ心配した様子だったが、僕の挙動がおかしいのは倒れたからではなく元からだと感づくとだんだんと安心していく。

「大丈夫?倒れたとき何処か打ってない?倒れた君の顔真っ青だったから、先生たちが貧血だろうって。私も貧血持ちだからわかるの。私隣にいたし、体育の神村先生と一緒に保健室まで運んできたんだよ。まぁ集会も抜け出せたしありがとね」

「あ、はい、いえいえ」

「とりあえず先生は一旦戻って、いまは私が看病を任されてるけど。今日は一日安静にしろって神村先生が」

「え、あ、ありがとうごじゃいまひた」

なぜだろう上手く呂律が回らない。目の前の先輩に緊張しているのだろうか。いや、貧血のせいだ絶対に貧血のせい。

先輩は僕の反応がおかしかったのか、手で口をおさえながら笑う。その仕草からは綺麗な顔とは違って幼さが見える。

「フフ。君が倒れたとき、みんな君を見てたよ。人気者ね。校長先生も驚いてたわ。だいじょうぶぅ?だって。意外とチャーミングなところあるのね校長先生」

小ばかにして笑いながら話す先輩に少々腹が立つが、ここまで運んできてくれたことに感謝している。それに、笑っている先輩はやはり美人だ。それにつられて笑ってしまう。

「なんで、笑ってるんですかぁ。こっちは病人なんですけど」

「だって、不幸な時こそ誰かが笑ってあげないと。ほんとに不幸になっちゃうでしょ」

たしかに僕は今、目の前にいる先輩と2人きりで笑いあうこの空間を幸せだと感じた。

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