第19話

 とにもかくにも、選ばないことには進展もなし。

 三つの弁当を雷志は改めてマジマジと見やった。

「まず、これはカエデのか。これは、キャラ弁ってやつか?」

「はい! ちなみにこれはカエデです。いやぁ、こう見えてもカエデってば人気アイドルですしぃ?」

「……錦糸卵と鳥そぼろ、海苔で表情もきちんと作れているな。これは、逆に食べるのがもったいないぐらいだ」

「本当ですか!? まぁ当然の結果ですけどねぇ」

「……こいつ」

 さっきの雷志の言葉に、嘘偽りの類は一切なかった。

 すべては彼が心に思った言葉を形として出しただけ。

 それでもう勝ったつもりでいるカエデの尻尾は、忙しなくぶんぶんと揺れていた。

 大変わかりやすすぎる反応はかわいいが、如何せん浮かれすぎだ。

 そんな彼女に呆れを抱きつつも、雷志は次の弁当の精査に映る。

「これは……フウカのか」

「は、はい! こ、今回は雷志さんのことを考えてメニューを考えてみました」

「俺の?」

「はい! ど、どう……です?」

 カエデとは対照的に、おずおずとしたフウカの言動は相変わらず自信なさげだ。

 しかしそれとは裏腹に彼女が持参した弁当は、カエデのそれと負けず劣らずの見事な出来栄えだった。

 一見すると、ごく普通の弁当のようにし見えないろう。

 ただし副食は豊富で食べる者への健康が気遣われていることがよくわかる。

 和食を主としたフウカの弁当は、一言でいうなればとても雅さのある弁当だった。

「これは……もうちょっとした御膳だな。どれもうまそうだ」

「え、えへへ……雷志さんにそう言ってもらえると、ウチもがんばって作った甲斐があったなぁって、なんて……」

「むぅ~! ライちゃん! 今度は某のだ!」

「わかったから、少し落ち着け――それで、アカネのは……」

「ふっふっふ! これぞ某の渾身の弁当! 名付けてアカネスペシャルだ!」

「なんというか……」

 果たしてこの量は、何を基準して作られたものなのか。

 三人の中だけで、アカネのそれだけが一際大きい。

 明らかに数人前が想定されて、量についても多い。

 献立についても、ぎゅうぎゅうと所狭しと詰められたのはほとんとが肉ばかりだった。

 唐揚げ、ローストビーフなどなど……卵焼きなどの定番中の定番メニューは一切見当たらない。

(いくらなんでも不健康すぎるメニューだな……)

 ただし腹持ちはとても良さそうだ、と雷志はどうにかしていい部分を探して褒めた。

 すべての弁当を精査したところで、雷志は重い口をそっと開く。

 許されるのであれば、答えたくない。

 そう思いながらも、三つの羨望の眼差しを前にしては黙秘権を行使することもできず。

 静かに口火を切る彼の言霊だが、わずかばかりに震えていた。

「……まず、見た目に関してならカエデがダントツだった」

「やった!」「は?」「え?」

 各々異なる反応を示す中で、それは二つにきれいに分かれた。

 片や忙しなくぴこぴこと狐耳を動かし年相応に全身を使って喜びを表現する狐娘。

 対する烏と鬼は、そのきれいな瞳から輝きを抹消した。

 深淵の闇を彷彿とする瞳をもって、浮かんだ表情は正しく能面である。

 感情の欠片すらもなく、能面のごとき表情で見やる二人の圧は凄烈なものであった。

 これが一般人ならば耐えられなかっただろう、と雷志がこう思ったのと同時にいつしか食堂には彼らしか残っていない。

 他の面々は、事態がややこしくなると察した時点でそそくさと食堂から出ていった。

 マコトをはじめとする面々の行動は、とても的確で迅速な行動だと言えよう。

 さて、ぽつんと四人だけが残った食堂はより殺伐とした空気で満ちていく。

 もはや近寄ることさえも億劫になるほどの空気の中で、雷志だけは冷静だった。

「だが、栄養価を考えるのならフウカの弁当が一番だな。健康的であるし、バリエーションも豊富だ」

「ら、雷志さん……!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 今カエデの弁当が一番だって……お前が最高だよって、そう言ってくれたばかりじゃないですか!?」

「どんな都合のいい記憶力をしてるんだお前は……。俺は見た目に関してはって言ったはずだが?」

「ねぇ某は? ライちゃんはどうして某のを選んでくれないの? ねぇねぇ教えて? ねぇなんでどうして? どうしてライちゃんは某の弁当だけには何も触れないの?」

「落ち着けアカネ。後、その金棒はしまえ」

 アカネの金棒――金剛羅刹こんごうらせつは彼女の身の竹を優に超える金棒だ。

 突起がいくつもついた鉄塊で、これで殴られようものならばまず命はない。

「――、カエデの弁当のいいところは、そのボリュームだな。二人の弁当は、あくまでも俺を基準とすると少し物足りないぐらいだがアカネの弁当は量も多いし、それに腹持ちがよさそうなものばかりだ。体力をつけるのなら、これが一番だろう」

「ホントか!? いやぁ、やっぱライちゃんは某のことよくわかってるなぁ」

「……アカネ。鬼の力でそう何度も背中を叩くのはやめてくれ。本気じゃないだろうが、結構痛いんだ」

「ちょっとちょっと! それじゃあ結局みんな一番だって言ってるようなもんじゃないですかー!」

「それぞれ個性があるからこそ、だ。見た目、メニュー、量……それぞれの分野で特化しているからこそ、俺はこの判定が最適だと思った。それだけだ」

「むぅぅ……雷志さんはぜーんぜん、乙女心がわかってないですねぇ」

「……ウチも、一番がよかったなぁ。なんて」

「え? でもこれ実質某が一番ってことじゃないの?」

「んなわけあるかい! 雷志さんの言ってたこと聞いてなかったんかこの鬼娘!」

「カエデちゃんもアカネちゃんも落ち着いてってば!」

「……本当に仲がいい面子だな」

 ぎゃあぎゃあと騒がしい食堂にも、いつしか元の穏やかな空気が戻りつつあった。

 その中で雷志は、ようやく本日一口目となる昼食を口にした。

「――、そう言えば。お前達はもう企画は決めているのか?」

 雷志は大型ライブについて、ふと三人に尋ねた。

 今回のライブは歌とダンスはもちろんあるが、それまでに各期生ごとにライブ配信をするように決まっている。

 大まかなもので言えば、天内ギンガがいる第二期生はゲームで対戦をする。

 このように他のメンバーが様々な企画を出している中で、一期生だけが未だその方針が定まっていない状態だった。

 時間は、一応それなりにあると言えばあるが、決められるのであれば早い方が断然いいに決まっている。

 後になればなるほど、修正作業が困難となってしまう。

 雷志がそう尋ねると、三人がその顔に難色を示した。

「それがですねぇ、実はまだなんにも決まってなくて……」

「色々と案は出し合ってはいたんですけど……でも」

「な~んか、新鮮味がないっていうかぁ」

「なるほどな」

 うんうんと唸る三人だが、時間が迫っているのは紛れもない事実である。

 もし、行き詰っているのだとすればそこをフォローするのもスタッフとしての役目だ。

 それはマネージャーの仕事なのではないのか、と雷志がこう思ったのも致し方なく。

 されどどのメンバーにも共通していえるのが、マネージャーと呼べる者がここにはいない。

 つい最近知った、この驚愕的事実に雷志は唖然とする他なかった。

 よくもあまぁ今までメンタルが壊れることなく活動を続けられたものだ、とすこぶる本気で思った。

 それはさておき。

 企画が浮かばないのであれば、スタッフとして雷志は彼女らに助言する責務がある。

 とはいえ、自分如きがいい企画を出せるとも彼は最初から思っていない。

 他人を楽しませるにはどうすればよいか。

 この技量が雷志は壊滅的と言っても過言ではない。

(とりあえず、なにかネタはないか……?)

 うんうんと唸りながら周囲を一瞥する雷志は、ハッとした顔を浮かべた。

 それはネタとしては、さほど強くはない。

 むしろ需要があるかどうかさえも怪しいところである。

 だが、雷志にはもうこれ以上のネタがまったく思いつかなかった。

「――、例えばなんだが。料理対決みたいな、料理を作るような配信をしたらどうだ?」

「料理配信? そう言われてみれば、カエデ達ってそういうのやったことないよね?」

「うん。ウチら、基本ずっとゲームとか雑談メインで活動してきたから……」

「料理かぁ。つまり管狐、風民かざみん、そして某の小鬼に誰が一番上手か決めてもらうのも面白そうかも!」

「よーし、じゃあカエデ達はそれでいっちょ盛り上げていきましょうか!」

 驚くほどあっさりと企画が決まった。

(……俺が提案しておきながら言うのもなんだが、本当にそれでいいのか?)

 いささか安直でありきたりな企画だ、とこう思っていたばかりにカエデ達の反応に雷志は困惑した。

 とはいえ、三人はすっかりもうやる気に満ちているので今更変更を提案するのは無粋というもの。

 当人らが納得しているのであればそれでいい。雷志はそう思った。

 それからの企画は大変スムーズに進行し、完成したものを清書する雷志の口からは深い溜息がもれた。

「俺が審査員役か……。いくらなんでも俺を使いすぎじゃないか?」

 スタッフとタレント、この境界線があやふやになりつつある現状に雷志は呆れていた。

 いっそのこと、上司から苦情の一つでもあれば辞める理由になろうが、生憎と未だにそう言ったものはなし。

 本当にこれでよいのだろうか、と一抹の不安と葛藤を胸に雷志はひたすらキーボードを弾いた。


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