第40話 レガリアの型

 広場で行われたラヴニールとカザンの決闘は、ラヴニールの圧勝という形で幕を閉じた。決着を見届けたファーレンは天津国訪問の準備の為に部屋を後にし、ドアが閉まると同時にオウガは愉快そうに笑い声を上げるのであった。


「ははは! 圧倒的じゃないか。これは少し予想外だったな」

『正直私も驚いている。ラヴニールは血を共鳴魔力に持つ強化常態オリジンだ。肉体も魔力も常人離れしている。だが、それにしてもこの力は……』


 笑うオウガとは対称的に、ディアは何かを考え込んでいる。



(ラヴニールは王によって見出された賢者。それ故に幼少の頃から特権を得ていても不思議では無い。だが、十二歳の子供が都市長となることに誰も反感を抱かなかったのか? いや……動揺はあったが、すぐに受け入れられた。しかしそれはラヴニールが誰よりも優れた知能を持っており、培ってきた名声とファーレンの補佐があったから。そう、別におかしいところは無い……はずだ)


(しかし、今のカザンとの攻防はどうだ? いくらラヴニールが強化常態で強大な魔力を持っているとはいえ、あのカザンを一方的に封じるなんて事が可能なのか? しかも動きを封じているとはいえ、子供たちがカザンに向かっていくなど正気とは思えない。だが、二人はそもそも本気ではなかった。場も祭りのような雰囲気だ。子供たちもその空気を感じ取っただけかもしれない。そうだ……そう考えれば何も不思議なことはない)


 何もおかしいところなど無い。そう考えようとするディアだが、胸に感じる違和感に顔が強ばっていく。


(辻褄は合っている。だが、この違和感は一体……私の考え過ぎなのか?)

 

「ディア、お前がそんな顔をするなんて……どうしたんだ?」

『……いや、何でもない。あまりに強い力は己を滅ぼしかねない。そう思っただけだ』


「確かにな。だがラヴィは頭もいいし常に冷静だ。力に溺れるなんてことはないだろう」

『お前の事になるとよく取り乱すがな』


「なら俺がずっと一緒にいてやるさ」

『お前がずっと一緒にいてやることはできないだろう?』


 ディアの言葉にオウガは目を丸くし、やがて自嘲気味な笑みを浮かべた。



「……そうだったな。だからこそ、この街が……仲間が必要なんだ」



 窓から見える光景────未だに動けないカザンを子供たちが取り囲み、それを見てカシューたちも野次馬も笑い声をあげている。その喜劇の中心にいるのは最愛の親友。いつも無表情な親友もどことなく笑っているように見える。

 オウガはその光景を見て、ただ微笑みながら窓から離れるのであった。


「まぁ少し私怨は混じってたみたいだけど、無事終わってよかったよ」

『私怨?』

「あぁ。ほら、この前のアレだよ」


 

 それは先日、オウガとカザンが稽古中に起きた出来事だった。オウガの剣のあまりの重さにカザンが興味を持ち、「貸してくれ」と言ってきたのだ。


 他者の魂であるレガリアを持つ事などできない。それが可能なのは千変の魔力を持つA・Sオールシフターのみ。一卵性双生児でも無い限り、他者の魂が適合することはほぼ無いと言える。

 弾かれるか重さに耐えきれず落としてしまうか……悪戯心が芽生えたオウガは、カザンの慌てる反応が見たくてレガリアを差し出した。


 差し出された剣を掴むカザン────だが、カザンはこともなげに剣を振り回したのだ。そのことにオウガとラヴニールは目を見合わせた。


 導き出された結論はただ一つ……オウガとカザンは互いの魔力に適合性があるということ。それは天文学的な確率、まさに運命の出会いと言っても差し支えはなかった。


 これによってオウガは、大きな存在が自分たちを導いていることを再認識し、「世界は変わろうとしている」と度々仲間に呟くようになった。そして、自分がオウガの一番の側近だと自負していたラヴニールは……カザンに少し嫉妬したのであった。



「ふふふ。嫉妬なんかしなくても、の一番はずっとラヴィなのに……ラヴィったらホントに可愛いんだから」 

『女になってるぞ』

  

「おっと……ゴホン。しかし、レガリアを纏ったカザンを封じるとはな。もうラヴィに敵はいないんじゃないか?」

『レガリアは魔力の結晶。そうである以上、龍脈の力が及ぶ場所ならラヴニールは無敵だ。だが、A・Sには通用しないだろうな』


「A・Sなら難なくあの縛を破れると?」

『千変の魔力を持つA・Sに魔力の阻害など何の意味も成さない。A・S同士なら魔力練度の差によって優劣は決まるだろうが、A・Sとラヴニールでは勝負にならないだろう』


「そこまでなのか……A・Sの玉璽保持者レガリアホルダーと戦う時は気を付けなければならないな」

『あぁ。だが、この考えは杞憂だろう』


「どういうことだ?」

『A・Sに玉璽保持者は存在しないからだ』


 このディアの言葉にオウガは首を傾げた。なぜなら、自分の母であるツキナギはA・Sであり玉璽保持者だったからだ。


「俺が纏う鎧は母のレガリアだ。そして母はA・Sだったぞ?」

『少し簡略化して言い過ぎたな。正確には、この先お前たちがA・Sの玉璽保持者と戦うことはない、ということだ』


 なぜそう言い切れるのか分からないオウガは、腕を組みまた首を傾げた。



『玉璽保持者には大きく分けて三つのタイプがいる。神の導きによって目覚める【神導型】。レガリアを物質化したアーティファクトを受け継ぎ目覚める【継承型】。そして、自らの精神力でレガリアに目覚める【覚醒型】。この三つだ』



「【神導型】・【継承型】・【覚醒型】か。それで、その三つで一番強いのはどの型なんだ?」

『間違いなく【覚醒型】だ。レガリアの強さは魂の強さで決まる。己の殺意を律することで目覚めた覚醒型は、他の二つとは比較にならないだろう』


「なら俺の母は?」

 

『ツキナギは【神導型】だ。天津国には八百万の神が存在しており、多くの力ある人間が玉璽保持者になっているという。だが天津国とは同盟を結ぶのだろう? 天津国の玉璽保持者を心配する必要はない。私たちが危惧すべきは 〈軍事国家ライザール〉、そして〈天蓬国〉だ』


「それが何故A・Sの玉璽保持者と戦うことはない事に繋がるんだ?」

 

『まず【神導型】だが、ライザールの守護神テクノスは既に正気を失っており、殺意を律することで目覚めるレガリアに導く事など出来ない。相手の魂を闇に堕とすのが関の山だ。そして天蓬国だが、この国には既に守護神がいない。神導型が生まれる可能性はゼロだ』


「【継承型】は?」

『問題はそこだ。結論から言って、A・Sに【継承型】と【覚醒型】は存在しない』


「分からないな。何故そう言い切れるんだ?」


『A・Sは他者に魔力を与えることができるが、奪うことはできない。正確にはできるのだが、本能がそれを拒否してしまう。他者の魔力結晶であるレガリアを受け継ぐことを、魂が拒否してしまうのだ。もし無理に受け継げば、魂が壊れてしまう可能性もある。与える事を主とするA・S同士なら、魔力のやり取りは可能だろうがな』

 

「なら【覚醒型】は?」


『A・Sという存在は総じて 【母性】が強い。子供を慈しみ、誰かの世話を焼きたがる。それは見返りを求めない無償の愛、セルミアが唱える慈愛の精神というものだ。それ故に、殺意を旨とするレガリアとの相性は最悪。A・Sが覚醒型に目覚めようとしても、その精神が邪魔をするのだ。沈静化するか、怪物に成り果てるだろう』


「なるほどな。つまりライザールと天蓬国には、A・Sが玉璽保持者に目覚める要素がないということか」

『そういうことだ』



 ディアの説明に納得したオウガは、うんうんと頷きながらソファーに腰掛ける。だがすぐに天井を見上げ、何かを考え込むかのように腕を組んだ。



「なぁディア。レガリアの強さは魂の強さで決まる。それは感情の強さ……言うなれば感情の起伏が強ければその力を増すということだ」

『そうだ。端的に言えば、優しい心を持つ者がレガリアに目覚めるほど強い、ということだな』


「なら……もしA・Sから【覚醒型】の玉璽保持者が生まれたらどうなる?」

『さっきも言ったように、A・Sの魂は慈愛という分厚い殻で保護されている。だがもし、その殻を突き破るほどの殺意が生じ、それを律する精神力でレガリアに目覚めたならば────』



 言葉を区切り、ディアは窓から空を見上げた。一見すると無表情……だが、窓枠の影がディアの表情を暗いものへと変化させ、それは星の行末を案じるかのように不安気だった。そしてまるで諦めたかのように目を閉じ、オウガへと振り返りこう言った。





『────誰も勝てないだろうな』

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