第12話 チュートリアル

「ねぇ、シン。これ見てよ」

「……太陽石じゃん」

 

 僕の手には小さな虹色の石が握られている。


「ふふ、ともーじゃん?」

「なんか違うのか?」

 

 

 この村に来てはや五日。僕は魂の色が見えることを村長に話した。すると村長から、村周辺のパトロールを頼まれたんだ。

 

 自然発生する影鬼かげおにの数は多くはないけど、ゼロではない。日光を浴びたり時間が経てば勝手に消滅するらしいんだけど、近くに脅威があるのは気持ちのいいものじゃない。

 僕が偵察し、見つけた影鬼をシンが討伐する────そういった仕事だ。

 

 この五日間で見つけた影鬼の数は僅か二体のみ。数も少ない上に、シンが一撃で倒しちゃうから時間がかなり余っていた。シンは鉱夫の手伝いもしていたけど、大神おおみかみさまのいる都へ太陽石の献上に向かっているから、今は鉱夫の仕事もお休みだ。

 

 なので余った時間にお互いの能力を確認し、それを使えるように修行していた。まぁチュートリアルってやつだね!


 

 五日前の宴の日、子供達と外に出た僕はある遊びを教えてもらった。子供達はそれを 【色遊び】 と呼んでいた。遊び方は簡単で、力を使い果たした太陽石に魔力を込めるだけ。そして太陽石が何色に輝くのかを楽しみつつ、最も光り輝かせた者が勝ちといった遊びだった。


 実はこの太陽石、再利用できるらしいんだ。力を使い果たして輝きを失った太陽石は、その魔力を込めた者の魂の色へと変化する。

 何にでも使える万能の石……でも、再充填した太陽石にその万能の力は無い。魔力を込めた本人にしか使えない専用魔石となってしまう。


 そして今! 僕が手に持つこの虹色に輝く石。そう、これこそが僕が魔力を込めた太陽石なのだ!!

 

「これ、僕が魔力を込めたんだよ」

「へぇ。そういや虹色の変わり方がぎこちないっていうか、なんか変だな」


 そうなんだよね。僕が色遊びに参加した時、ちょっとした騒動になった。僕が太陽石を虹色に変化させた事に子供達は大盛り上がり。コウタが慌てて村長を呼びに行った。

 変幻自在の魂を持つというA・Sオールシフター────そのA・Sですら、石を虹色にすることはできないらしい。絶対に何かしらの色で固定されてしまうのだという。そんな事情もあって、僕は少し得意げになっていた。

 

 でも村長の鑑定結果は、『よく似ているが太陽石ではない』という結果だった。実際にその石からは誰も力を受け取れず、燃料に使うこともできなかった。


「よく似てるし、本物と混じったら困るから色遊び禁止されちゃったよ」

「まぁややこしいしな。で、これがどうかしたのか?」


 

 ふふふ。そう、ここからが本題なのだよ!


「これ、シンなら使えるんじゃないかな?」

「俺?」


 この五日間で、シンは随分力の使い方が上手くなった。低出力で最大の効果を発揮しているって感じだね。そのおかげか腰痛も最近は起きていない。

 岩山で見つかった新たな太陽石。かなりの魔力を秘めた魔石だけど、正直言って即効性に欠けるんだよね。だからこそ僕は 【太陽のかりんとう】を思いついたのだけど……まあ今はその話は置いておこう。


 

「これ持ってちょっと力を使ってくれる?」

「あぁ」

 

 そう言ってシンは僕からエセ太陽石を受け取る。


 エセ太陽石を持ったまま、シンは手足に力を集中し始める。以前のように大雑把で大ぶりな力ではなく、よくコントロールされた繊細な力だ。無駄がなく、霧散していく感じが微塵も感じられない。芸術的とも言えるほど美しく、金色の魔力がシンの五体を纏っている。

 

 シンはまるで演舞のように攻撃を放ち始めた。目にも止まらぬ連続攻撃……金色の輝きが空中に光の弧を描く。普段ならそろそろくたびれて来るはずだけど……シンの攻撃は止まない。次々に攻撃を繰り出していく。


 

「お、おぉぉ……すげぇ。全然疲れない」

「やった! やっぱりシンには使えたんだ!!」

 

 何にも役に立たない石ころだと思っていたエセ太陽石にも使い道があった。やっぱり僕の魔力はシンには有効なんだ。そして僕が魔力を込めた石は、シンにとって即効性があるということも分かった。これは重要な検証結果だぞ!

 シンが持つエセ太陽石を見ると、先程までの輝きは失われていた。即効性がある分、力が無くなるのも早いのかもしれない。


「今ぐらいの動きで魔力切れかぁ」

「ビー玉くらいの大きさだしな」

 

「たくさん持っておけばポーション代わりにはなりそうだね」

「石だし、あんまりかさばるのはな。せめて豆くらいならいいんだけど、それだと容量がなぁ」


 ボヤくシンに皮袋を差し出す。

 

「はいこれ。これを腰にぶら下げとけばいつでも使えるでしょ?」

「……まぁ、あのかりんとうよりはマシか。ありがとよ」

 

 そう言ってシンが皮袋を受け取る。マシとはなんだマシとは!



「最後に見とくか?」

「そうだね、ちょっと見てくる」

 

 日没までにはまだまだ時間がありそうだけど、都に献上に行った村人達が今日帰ってくるらしいので、村ではまた宴の準備が行われている。帰って僕達も手伝うことにしよう。


 僕は地面を軽く蹴り、空に向けて飛び上がった。背中から自身の体以上に大きな翼が生え、僕の小さな身体を空へと押し上げてくれる。



 ────そう! 僕は翼を手に入れたのだ!!

 火を吹いた時点で自覚はしていたけど、やっぱり僕は普通の人間ではなかった。


 流石にこの事は村の人達には言っていない。今彼らに拒否反応を示されたら、正直ショックがデカすぎる。もっとも、大神おおみかみ様には全て見られているのだろうけど……。

 

 高度を上げ、空から辺りを見回す。シンの姿は豆粒ほどになっていて、村も鉱山街も、森と山々の全容も見て取れる。周囲に影鬼かげおには存在しない。その代わり、遠方からこちらに向かってくるが確認できた。

 

 最近ではこの魂を見る能力の精度も上がっていて、魂を宿す者の身体の輪郭まで確認することできた。それもかなり遠方まで視認できる。自分で言うのもなんだけど、障害物すら無視するこの能力はかなり使えると思っている。


 異変がないことを確認した僕は、高度を下げシンに異常がないことを告げた。

 

「下から見てるとコウモリが飛んでるみたいだな」

「こ、コウモリ……」


「じゃ、帰ろうぜ」

「うん」

 

 ここ最近ではシンの背中に乗ることがなくなってしまった。

 というのも、僕も力の使い方を覚えてきたからだ。シン程ではないにしろ、僕もこの小さな身体にしては驚くほどの身体能力を発揮することができた。

 力でも岩程度なら拳で砕くことができたし、足もシンに付いて行く位ならできる。自分で動けるのなら、シンにばかり負担させるわけにはいかないしね。

 

 まぁ……少し寂しい気もするけど。


 僕達が村に戻ると、女性達が宴の準備に奔走していた。僕たちも準備を手伝おうとしたのだけれど、僕は子供達に捕まって、シンはダイコク村長に捕まっていた。



 酒の席ってすごいよね。会ったばかりなのに、まるで親友のように打ち解けることができるのだから。この五日間で変わったのは僕達の能力だけじゃない。村の人達との関係も大きく進展していた。

 

 僕はコウタを含めた子供達と、シンはダイコク村長を含めた大人達と仲良くやっている。特にシンは、名前を呼び捨てで呼び合うほどに打ち解けていた。今も互いの名を呼びながら肩を組み、酒を飲んでいる。

 皆が帰って来るまでに二時間はかかると思う。シンの様子に安心した僕は、子供達と一緒に集会所から出て遊ぶことにした。


 ☆


 ────約二時間後、予想通り都に行っていた連中が帰ってきた。かくれんぼで無双した僕は、敗北を知った子供達と一緒にお出迎えに向かう。皆の表情は明るく、子供達は一様に父親に向かっていく。その光景は家族愛に溢れており、どんな金銀財宝にも変え難いものだった。


 そこから宴が始まるのはすぐだった。僕達がこの村に来た時のように盛大な宴だった。大人達が何度目になるか分からない話をし始めたところで、コウタが数人の子供と一緒に僕のところにやって来た。



「タツ! 天文台に行こうぜ!」

「天文台?」

「あぁ、鉱山街にあるんだ。小さいけど望遠鏡もあるんだぜ」

 

 そういえばカイさんに鉱山街に連れてってもらった時、そんな説明を受けた気がする。まだまだ宴は終わりそうにないし、僕はこの提案を受けることにした。

 

「シン、コウタと一緒に天文台に行ってくるよ」

「おぉ、暗いけど大丈夫か?」

「ガッハッハ! タツがいりゃ大丈夫だろ!」

 

 ダイコク村長が逃すまいとシンの肩に手を回す。


「ふふ、大丈夫だよ。じゃ、ちょっと行って来るね!」

「気をつけてな」

 

 シンに見送られ集会所を後にする。折角シンが村長達と打ち解けているんだ、ここは僕だけで行くことにしよう。


 ……ただ、一つだけ気になったことがある。みんなと楽しそうに飲んでいたシン。でも僕が来た瞬間、素面しらふに戻ったような気がする。酔ったフリをしているのかな……だとするなら、まだみんなに気を許してないのかもしれない。あんなに打ち解けてそうなのに────。

 

 そんなことをモヤモヤと考えながら、鉱山街に向けて子供達と歩く。ふと空を見上げると、この世界に来た時と同じような満月が僕達を照らしていた。そういえばこの世界に来てから見える月は、ずっと満月な気がする。やはり元いた世界とは何かが違うのかもしれない。


 月明かりに照らされながら、僕達は鉱山街にある天文台へとやってきた。天文台とは言っても、第一印象としては大きな櫓といった感じだ。天辺に登ると、まさしく物見台のような感じだった。結構な広さがあり、古びた望遠鏡がまるで忘れられたかのようにポツンと置かれていた。子供達が奪い合うようにその望遠鏡に群がっている。

 

「順番だぞ順番! タツはこの台に乗ってくれ、落ちないようにな。ここから見える景色も綺麗だぞ。特にあそこは木々が途切れていて、光る舞台みたいなんだ」 


 昼間に空から見た景色とはまるで違う。夜の暗さと静けさが、視界に広がる魂の輝きを一層引き立てていた。


 

「綺麗だなぁ」

 

 数え切れない程の輝きを目にして、まるで酔っ払ってしまったかのような陶酔感に襲われる。

 でも、せっかく高台に登っているのだから影鬼がいないか警戒しておこう。


(夜の方が発生しやすいって村長も言ってたしね)

 

 そう思い、周囲を見渡すことにした。



 ────村から少し離れた森の中に少し開けた場所がある。コウタが言っていたその場所は、まるで月明かりに照らされたステージのようだった。そんな月光のステージの中心で、黒いモヤが蠢いている。


(あ……)

 

 見つけてしまった……杞憂で済めばよかったのに。


(……あれ?)


 さっきまで見えていたモヤは一つだった。でも今は二つ……いや、三つ、四つ────まるで間欠泉のように黒いモヤが湧き出てくる。瞬く間に、月明かりのステージは黒いモヤで満たされていった。


 明らかな異常事態────子供達と楽しげに話すコウタに異常を告げ、僕達はシン達のいる集会所へと駆け出した。



 これが僕とシンの、地獄のチュートリアルの始まりだった。

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