第9話 教えてコウタ先生
コウタとお風呂を堪能し居間に戻ると、先にお風呂を済ましたシンが上機嫌で盃を傾けている。ご飯に味噌汁に漬物、それに焼き魚。これはカマボコの刺身かな? カイおじさんが持ってきてくれた食事は僕たちにとって馴染み深いものだった。
「お酒もあったんだ」
「あぁ、悪いと思ったが酒だけ先にやらせてもらってるぜ」
「はは、いいよいいよ」
そう言って僕も盃を手にとる。お風呂の後の一杯は美味しいに違いない。
「って、何飲もうとしてるんだよ!? タツはこっち!!」
コウタがお茶の入った湯呑みを差し出してくる。
やっぱりダメですか!? シンもうっかり注ごうとしていたのか、徳利が宙をフラついている。
「夕飯にはちょっと早いけど、二人ともお腹空いてるみたいだし食べちゃおっか!それじゃあ……いただきます」
「「いただきます!!」」
この世界に来てから約二日……口にしたのはお酒にかりんとうのみ。決して餓死するような状況ではなかったけど、目の前の温かい食べ物を口にするたびに、例えようのない幸福感が押し寄せてくる。
どれほど我慢すればこのような感動を味わえるのだろう。おかしな話だよね。ついこの前まで母さんの手料理を食べていたのに────
「……」
「どうした? タツ」
母さん。母さん? 僕には母さんがいた。それは間違いない。でも────
母さんの顔を全く思い出せない。
(な、なんで……)
「タツ? 何かまずかった?」
「え……ううん、違うんだ。ねぇシン……」
「どうした?」
この事をシンに尋ねようと思った。でも、僕の中の何かが……それを全力で阻止しようとしてくる。
そう告げていた。
「こ、これ。醤油だよね?」
「おわ!? 本当だ!!」
ここに醤油を作って大儲けというシンの計画は崩れ去った。
「味噌もあるよ」
「な……なんてこった」
「はは、まぁ僕たちが考えることなんて、もう誰かがやってるよ」
「ま、それもそうか」
シンが愉快そうに笑う。
「も〜何だよ。深刻そうな顔してるから何かと思ったら……」
僕たちの茶番を見たコウタが眉をひそめている。
「ごめんごめん、シンが醤油を作って大儲けするって言ってたもんだから」
「儚い夢だったな」
なんだか悪い予感がする……ひとまずさっきのことは忘れて、食事を堪能することにしよう────。
────食事を済ませ片付けも終わらせた。でも外はまだ明るいし、寝るには早いのでコウタに色々と聞いておこうと思う。
「そういやタツ、ライヴィア王国ってのがあるらしいぜ」
「へぇ、近くなの?」
「そうだねー、パラディオンまでイワミから船で一日あれば着くと思うよ」
「パラディオン?」
「王国の都市の一つだってさ。イワミってのは?」
「イワミはここから南東にある港町だよ。山越えもあるから徒歩で二日くらいだね」
「じゃあイズモ村からは三日あれば行けるのか」
「まぁ、船があるかによるけど……大体三、四日じゃないかな」
海を渡れる船は存在しているみたいだ。というかイズモ村が特殊なだけで、意外と世界の文明は発展しているのかもしれない。
「シロガネっていう美人の女傑族がいるらしいんだが、そこからライヴィアの王様に嫁いだ人がいるらしくて、両国の仲はいいらしいぜ」
シンの言葉にコウタの表情が少し曇る。
「どうしたの?」
「え、いや……ライヴィアの王様と
「何かあったのか?」
「俺も詳しく知らないし、父ちゃん達が酒の席で話してるの聞いた程度なんだけど……そのお嫁に行ったシロガネ族の人がお城のゴタゴタに巻き込まれて死んじゃったらしいんだ」
「ゴタゴタって……後継争いとか?」
「さぁ? でもその時に子供の王子様も死んだらしいから、そうなんじゃないかなぁ。何にせよ同族が殺されたんだもん。シロガネ族はライヴィアのことは良く思ってないと思う。あと、ライヴィアの人たちもアマツクニのことは良く思ってないんじゃないかな」
「そうなのか?」
「ライヴィアはどこの国の人間でも受け入れてくれる国だったんだけど、やっぱり反対する人もいたみたいだよ」
「純血派ってやつなのかね。でも、一目惚れしたんじゃあしょうがないよな」
シンが酒をあおりながら相槌を打つ。
「一目惚れ?」
「王様がその女性に一目惚れして、求婚したらしいぜ」
僕は今まで異性を好きになったことはない。だから王様の気持ちは分からない。でも、もし好きな人ができたら僕はどうするのだろう。
「トップ同士が仲が良くても、国民同士も仲がいいわけじゃない……か」
みんなが仲良くするなんて難しいのは分かっているけど、シンの言葉に少し悲しい気持ちになる。
「あっ、でもパラディオンとはすごく仲がいいから!」
「船が行き来してる都市だっけ?」
「うん。パラディオンは自立都市で、アマツクニの人間も結構住んでるんだ。ライヴィアは戦争中で、その時に独立したらしいんだ」
コウタがさっきまでとは打って変わって、とても嬉しそうだ。
「元々は港町同士での繋がり程度だったんだけど、それから両国の関係が深まっていったらしくてね。パラディオンはアマツクニとの唯一の同盟相手なんだ」
「王国とじゃなくて、都市の一つと同盟を結んでるのか?」
「パラディオン自体が独立した国みたいなものだけどね」
「戦争中って言ってたけど……戦況はどうなってるんだ?」
「内乱もすごいし、【ライザール】っていう隣国にも攻められてるしでボロボロみたいだね」
「パラディオンは大丈夫なのか?」
「パラディオンは滅茶苦茶強い傭兵団を雇ってるんだ。それに、独立の際に都市長に就いたのがすごい人らしいんだよ。ちなみに、すっごい美人らしいよ」
コウタがシンにコソッと言う。
「す、すっごい美人……」
「シンって、一応そういうの興味あったんだ」
「当たり前だろ! 俺だって男だ!! 都市のトップですごくて美人かぁ、一度お目にかかってみたいもんだぜ。シロガネ族とどっちが美人かな?」
「さぁー? 俺も見たことないから噂しか……カイおじさんも見たことないって言ってたし」
「ちなみに名前は?」
「え〜と、何だっけかな。らぶ……らく……ごめん、忘れちゃった」
何の話をしていたんだっけ。いつの間にか美人をめぐる話になっている。でも、シンも僕と一緒で好きな異性がいるって話は聞いたことがなかったから、そういうことに興味があることに少し驚いている。いや、むしろ健全だし安心したかも。
「それにしてもコウタ、色々知ってるね」
「夜は村のみんなで酒盛りばっかしてるからね。酔っ払いが同じ話ばっかするんで覚えちゃったよ」
コウタが照れくさそうに笑いながら視線を外に向ける。
「父ちゃん、大丈夫かなぁ」
やっぱり父親のことが心配みたいだ。
コウタの父親がいるであろう場所を見てみると、光の集団が忙しなく動いている。でも、何かが起きている様子は感じられない。野営の準備でもしているのだと思う。一応周りを見回してみるけど、あの
「大丈夫だよ」
コウタにとっては何の根拠もない言葉だ。でもコウタは────
「うん。タツにそう言われるとそんな気がしてきた!」
ニッコリと笑って僕の言葉を受け入れてくれた。
☆
その後も情報収集の為に色々なことを話した。聞きたいことはまだまだあったのだけれど、大きな欠伸をしているシンを見てコウタが気を利かせてくれる。
「おじいちゃんもお疲れみたいだし、今日はもう寝ようか」
正直寝るには早い時間だけど、シンも眠そうだし今日は早めの就寝だね。
「俺は自分の部屋で寝るけど、二人はここでいいかな?」
「あぁ、すまないな。助かるよ」
「ありがとうコウタ」
「それじゃあまた明日。朝飯はまたカイおじさんが持ってきてくれるらしいから! おやすみー」
「「おやすみー」」
布団も敷き終わり、コウタが自分の部屋へと帰っていく。太陽石の照明を消し、それぞれ布団に潜り込む。布団が心地良すぎて、目を瞑ればすぐに眠っちゃいそうだ。
でも……目を瞑るのが怖い。次に目覚めた時、また別の世界に飛んでいたら。シンと離れ離れになっていたら……そんな不安が脳裏を過ぎる。
────僕が不安に思っていると、シンが僕の手を握ってきた。シンも不安だったのかもしれない……手を握る力が少し強く感じられる。
(シン?)
(安心しろ、俺は女が好きだ)
シンの冗談に吹き出してしまう。
(コウタに見られたら勘違いされちゃうよぅ)
(気持ちわりぃこと抜かすな! そもそもジジイが孫を寝かしつけてる光景にしか見えねぇよ!)
念話で冗談を言い合う。でも、お互いに手を離そうとはしない。
(ったく……さっさと寝ようぜ。酒飲んだせいか眠くてたまんねぇよ)
(うん、おやすみ)
(あぁ、おやすみ)
────手に確かに感じる熱に安心し、目を閉じる。もう抗うものは何もなく、すぐに深い眠りへと落ちていく。
まだほんの僅かではあるけど、少しずつ視え始めた世界のカタチ。
何かが動き始めている。
薄れていく意識の中で、僕はそう感じていた。
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