【脚本】混迷の海外ロケ


 はじめに。


 明日より映画『フォレスト』の撮影が開始される。知っての通り映画撮影には膨大な人数が関わり、並行して様々な作業が行われる。全員が包括的に進行状況を把握できるようにするため、監督である私が日誌を記すこととなった。全体への連絡事項を含む場合があるため、キャスト・スタッフともに毎日欠かさず確認されたし。


 この地域での撮影期間は約二週間。クルー全体で海外まで足を運んだ大掛かりなもので、予算的・スケジュール的に延長は許されない。旅行気分で浮き足立つ気持ちも分かるが、皆で協力して確実に乗り越えよう。では、明日の7時に。監督・辻本。



 撮影初日。


 まずは皆に言っておきたいことがある。7時とは朝の7時だ。普通に考えたら当たり前だろう。誰もいない荒野で待ちぼうけを喰らうのは苦痛を極めた。こっちは監督が早く来過ぎたら周りが気を使うかもしれないと、ちょうど五分前に登場できるように二十分前に現地について岩陰に隠れていたというのに。チラチラ集合場所を覗き見てもついぞ誰もやってこなかった。子供の頃かくれんぼをしていたら気付かぬ内にみんな帰っていたときのことを思い出したぞ。


 どうやら昨夜遅くまで酒を飲んでいたらしいな。そして飲みながら集合時間の話になった際に、誰かが適当に発した夜七時という言葉を皆が魔に受けたというのが真相のようだ。昨日も書いたが、あまり浮かれ過ぎないように。以上。



 撮影二日目。


 本日になってようやく撮影を開始できた。すでに一日遅れていることを意識し、速やかに手を進めることが求められた。結果昨日撮るはずだった分は消化し、本日分も半分録り終えた。この調子で明日も頑張ってもらいたい。


 一点トラブルが発生した。我々が貸し切っているホテルでのことだ。誰だか知らないが夜中にchoo choo trainを熱唱するのはやめなさい。他のクルーから苦情が出ている。昨日も書いたが、あまり浮かれ過ぎないように。以上。



 撮影三日目。


 本日も遅刻者が続出した。昨日だけで1.5日分の撮影ができたことから、本気を出せば全スケジュールを予定の三分の二の時間で消化できるはずというガバガバな理論で朝まで飲んでいたらしい。現地の料理と酒が美味しいのは分かるが、私は再三浮かれるなと言っている。見直したら今のところ毎日書いていたぞ。いい加減監督である私の言葉に耳を傾けていただきたい。


 遅刻者の影響もあり、撮影は大幅に遅れた。天候に恵まれず一部のシーンを撮影できなかったことも大きい。スケジュール担当者との会議で、効率化のため明日からは晴天の場合と雨天の場合の2パターンのスケジュールを組むこととなった。皆臨機応変に対応してほしい。以下、スケジュール担当の坂上から連絡事項を伝える。


 ────坂上です。明日は晴天ならシーン68から73を、雨降ったらまたリカルドさんが教えてくれた店で飲もうぜ!



 撮影四日目。


 坂上をスケジュール担当から下ろした。また荒野で一人ぼっちになった時は愕然としたぞ。後任の者は雨なら雨でも撮れるシーンでスケジュールを組みように。昨日も書いたが、あまり浮かれないように。誰なんだリカルドさんって。早速現地の飲み友達ができたのか? 撮影はすでに遅れに遅れている。どうか真剣に取り組んでほしい。


 また、choo choo train問題も解決していない。多少音量は小さくなったが依然として聞こえる。あのホテルは壁が薄い。昨日通路を歩いている際にどこかの部屋から「日誌の文体が偉そうでキモい」という声も聞こえた。


 あれだな? 要はお前らナメてるんだな? この現場で一番偉いのは私だ。私の指示に従わない者は即刻帰国してもらう。肝に銘じるように。以上。



 撮影五日目。


 みんな元気?☆ 今日もお疲れ〜。めっちゃ頑張ったじゃん俺ら! 今日だけですげー進んだよ! 明日も気合入れてやってこうぜ!☆



 撮影六日目。


 昨日のは忘れてくれ。今日皆から浴びせられた冷たい視線で重々理解した。私は私の思うままに書くこととする。そして偉そうだとか批判する奴らは帰国させる覚悟も決めた。皆、口に気をつけるように。


 明日からはジャングル地帯での撮影となる。危険な生物はいないそうだが、随行してくれる現地ガイドの指示に従って慎重に行動するように。以上。



 撮影七日目。


 撮影はある程度順調に進んだ。だが一部トラブルもあった。撮影の半ばで何名かがいなくなった。そして現地ガイドもだ。まさかあのガイドがお前らの飲み友達のリカルドだったとはな。リカルドの「めんどくさいからもう飲みに行こうぜ」との提案に乗った数名は本日付でクビとする。クビになった以上帰国便の交通費も出ない。どれだけ浮かれているのか知らないが、リスクを考慮して謹んだ行動を求める。以上。



 撮影八日目。


 緊急事態発生。ディレクターの山本が行方不明となった。


 てっきり昨日クビになった組と行動を共にしていたと思っていたが、そうではなかったらしい。どうやらジャングル地帯での撮影中にどこかに消えてしまったようだ。現地警察には連絡しすでに捜索を開始している。皆心配だろうが冷静さを失わないように。


 また、山本がいなくなった途端にあれだけ鳴り止まなかったchoo choo trainがピタリと止まったことは皆も気づいていると思う。彼が帰ってきてもあまりいじらないように。以上。



 撮影九日目。


 山本の安否が気がかりだが、今我々にできるのは撮影を進めることだけだ。皆がそう感じ、真剣に取り組んでいるのを感じた。おかげで我々は遅れを大幅に取り戻し、ほぼ予定通りのスケジュールにまで戻すことができた。この調子で進めれば丸2日を残して全肯定を終了することも夢ではない。そうなれば気兼ねなく酒も楽しめよう。願わくばその席に山本の姿もあればいいが……。以上。



 撮影十日目。


 現地警察より連絡。ジャングル奥深くに済む原住民と接触した際に、アジア人らしき人物が見えたとのこと。


 原住民たちは何やら縦一列になり、先頭の人間がゆっくり回る動きに少し遅れて後ろの人間も回ったとのことだ。山本が原住民にchoo choo trainの文化を伝えた可能性が高い。状況は計りかねるが、手荒な扱いを受けているわけではなさそうだ。明日改めて警察に捜索してもらう。


 皆は引き続き撮影に集中してくれ。以上。



 撮影十一日目。

 まず、皆怪我がなくて何よりだ。まさか撮影中に原住民たちの襲撃を受けるとは。どうやらあのジャングルは原住民たちにとって聖なる土地であり、我々がズカズカと踏み込んでいることが気に食わないらしい。


 彼らの言葉を知らない我々がそれを理解できたのは、原住民たちに紛れた山本が日本語でそう言っていたからに他ならない。スタッフの数名が聞いたところによれば、山本は原住民の女性と結婚し、すっかりあちら側の人間になったらしい。彼がそれで幸せならばいいのだが、撮影を妨害されるのは困る。


 皆気を引き締めて残りの撮影に取り組もう。我々の想像以上に山本の順応は早い。明日には弓を打ってくる可能性もある。充分警戒されたし。以上。



 撮影十二日目。


 まず伝えておく。リカルドは軽症だ。山本が放った弓はわずかに足をかすっただけだった。だが、山本は矢に毒を塗っており、安静のため明日以降リカルドは我々に随行できない。


 山本は順応だけではなく成長も早い。おそらく奴は心臓を狙おうと思ったら狙えただろう。足を狙ったのは我々に対する最終警告であり、これ以上踏み込むなというメッセージと受け取れる。


 その上奴は我々の撮影スケジュールを把握しており、正確に待ち伏せが可能だ。リカルドのサポートがない以上、相手が悪すぎる。スケジュールを入れ替え、ジャングル地帯での撮影は最終日の十四日目に回す。明日十三日目は他の場所で撮れるシーンを全て完了させよう。


 忙しくはなるが、皆で力を合わせれば乗り越えられる。あともう一踏ん張りだ。以上。



 撮影十三日目。


 皆よく頑張ってくれた。予定通り撮影を終え、残すはジャングル地帯での撮影のみとなる。つまり、山本との最終決戦だ。皆も友人のリカルドに怪我をさせられて怒りが募っていることだろう。我々にできる反撃はこの映画を無事撮り終えることのみだ。一丸となって立ち向かっていこう。


 とはいえ山本は危険だ。スケジュールを組み替えて撹乱したとはいえ、今のやつなら木々や動物の行動の変化から我々の侵入を察する程度のことくらいやってのけるだろう。調合できる毒も格段に強力となり、かすっただけで死ぬ可能性もある。現在我々が撮影している映画より山本の映画を撮った方がいっそ面白いのではないかと思うほど、山本は不可思議でエキセントリックだ。


 よって、皆に伝えておく。奴の狙いはこのチームのトップである私だ。もしも撮影中に奴が現れたら、皆私を囮にして逃げてくれ。


 なぜだか知らないがナメられているのは分かっている。不甲斐ない監督だったかもしれない。だが、監督として君達を守らせてほしい。


 明日で全てを終わらせることができれば、予備日として残しておいた十五日目が丸々空く。何を気にすることなく酒を楽しむといい。私はまだ一度も誘われていないが、最後に日くらいは混ぜてほしい。


 皆無事で。以上。



 撮影十四日目。


 助監督の滝山です。監督は毒で泡を吹いてますが死ぬほどじゃないそうです。あいつなりに頑張ったみたいだし今後は優しくしてあげましょう。一応明日の打ち上げは誘っときました。まあ泡吹いてて聞こえてないと思うけど(笑)。リカルドはもう元気になったらしいから一番いい店に連れて行ってもらいましょう! 以上!



--------作者より--------

王様ジャングルの浅沼晋太郎さん出演回にて「映画監督」をテーマに書かせていただいたものです。昼・夜二回公演のイベントだったため、同テーマで二本書いたパターンが多いです。

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