長い休暇の終わらせ方
楸
第1話
◇
目を閉じることが億劫になることがある。
どうしてそんなことになるのか、と問われれば、単純に眠ることが嫌いというのが挙げられるかも知れない。というか、そもそも眠ることが苦手であるという表現が適切かもしれない。
寝付くことは難しい。寝るときにはどうしてもいろんなことを思索してしまうし、無音の状態でいればモスキート音のような雑音が刺激して、余計に眠れなくなる。
だから、私はいつもラジオをタブレットから流して、どうにか意識をそらそうとするんだけれど、ラジオが面白い話題をしていると結局興味を惹かれてしまって、眠ることが困難になる。音楽を聞いても同じ感じ。
どうしたものだろう、とか眠気は確かに孕んでいる意識の中で自分に問いかけるけれど、昔からこんな具合なので仕方がない。結局、意識もしない間に私は眠りにつくことができていて、いつもどおりに朝を起床する。それでなんの不足もないのだから、別にそれでいいのかもしれない。
過去を思い出せば、家族と一緒に寝ていた記憶。それから、少しだけ大人に近づいてからは一人で眠るようになった。
家族と一緒にいるときはどうだっただろうか。私は眠ることができていただろうか。
些細な記憶も残っていない。唯一残っているとすれば、コンセントに貼り付けられていた、淡い光を放つ豆電球くらいであった。
◇
「眠れないんだよねぇ」
教室での休み時間、私は彼女にとりあえず話題をふることにした。
彼女と話す機会は今までそんなになかった。隣にいる彼女と話す事柄としては『次の授業は移動教室だよね?』、とか、『今日の体育は外だっけ?』、とか、そんなくらいしかない。
それほどまでに希薄としか言いようがなく、壁の存在する彼女に、私はなんとなく言葉を吐いていた。
クラスの立ち位置、グループは違う。私は少し控えめに自己主張をするようなグループ、彼女は大声でよく騒いでいるグループの、大声を上げている人に対して注意をするようなタイプ。
どこか似ているような雰囲気を覚えるけれど、きちんと人に注意をすることができたり、人と関わることを選択しようとしている彼女と私では正反対。だから、義務的な挨拶とか、そういった事務的なことしか会話をしたことがなかった。
だから、話題を振った後で、まずったかなぁ、とか考えてしまう。
どうしようもなく唐突すぎる。唐突すぎる話題を振られた人間は、それに対して気まずさを覚えるだろう。自分で振っておいてなんだけれど、私だったら「はい?」とか返すような気がする。だから、彼女の反応が返ってくるまでの数瞬、どこか不安で仕方がなかった。
結局、返ってきた答えは「そうなんだ」だけだった。
それで会話は終わるものだと思っていた。でも、付け足すように彼女は言葉を吐く。
「私は別に眠れるけれど、人それぞれだもんね」
なんとなく、彼女の優しさが垣間見れた気がした。
◇
それから、彼女と話す機会は増えてきた。
そうは言っても、授業準備をする短めの休み時間くらいに、本当に暇つぶしに会話をするようなもので、特に盛り上がることはない静かな話題だけで彼女との会話は終わっていく。
睡眠時間についての話題は最初だけで、それ以外は昨日食べた夕飯の話だとか、もしくは最近買ったコスメについてだったり。私もそういった話題に食いつけばよかったな、とか思うけれど、結局よくわからなくて、曖昧な笑いを浮かべるしかない。
私から話題を振れば、彼女は適切な返答をくれる。そんな報いに対して答えを返すことができればよかったけれど、彼女と私の世界では見えている範囲が違うらしい。噛み合わないと思うことがたくさんあった。
だから、唯一噛み合う事柄を探すように、私は彼女と話題の模索を続けていた。
「カナは世界が滅ぶ一日前になったらどうする?」
そんなことを繰り返している毎日の中で、彼女は突拍子もなく声をかけてくる。
そもそも、私たちの会話自体が突拍子のない出来事、もしくは事柄だ。だから、今更それに戸惑っても仕方ないし、別に戸惑っているわけでもない。
「うーん、お金をめっちゃ使うかな」
「ほう、そのお金のあて先は?」
「……美味しいものをいっぱい食べる、とか」
「まあ、そんなもんだよね」
彼女は、はは、と乾いた笑いを浮かべながら返してくる。
高校生という身分で、世界が滅んでしまう一日前があったとしても、特別に何かができるというわけでもないと思う。
きっと、お金がいっぱいあったとしても同じようなもの。おとなになったからと言って、私の行動はそこまで変わらないような気もする。
「ショウコはなにするの?」
「うーん、そう言われると難しいよね」
彼女も困ったように声を上げた。
「結局さ、こういったときに出るのは欲望の解放の仕方だと思うんだけど、そこまで欲がないっていうかさ」
「わかる、なんも思いつかない」
「そうなんだよね。結局、私もカナと同じ感じで美味しいものをいっぱい食べると思う。で、それからはいつもどおりの日常を過ごして、まあ、楽しかった人生だなぁ、とか振り返って滅んでいく世界を見つめるかなぁ」
そんな会話が、なんとなく彼女と噛み合ったと感じた一つの行先だと思った。
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