第48話 勇気の形

「ふひぃ~、やっと終わったぜ。何だってんだよ、あの石板。嫌がらせにも程があるぜ、ったく」



 ようやく砂山と化した石板の後片付けが終わり、席に戻ってきた。


 なお、石板を破壊したのは魔術師なのだが、その当人は座したまま、他三名が掃除しているのを眺めているだけであった。



「まあ、そう不貞腐れるな、未来の勇者よ。これも試練じゃ、試練!」



「軽く言ってくれるな~。てか、掃除サボって、偉そうによう」



「石板砕いたのは、そっちの小娘だからじゃのう。保護者の務めを果たせ」



「おいおい。こいつの保護者になったつもりはないぜ」



 二人の会話に異議があるらしく、武闘家はムス~ッと膨れており、周囲から笑い声が起こった。



「時に勇者(仮)よ、試練を受けて、何か学んだ事はあるか?」



「それは言えんな」



「どうしてじゃ?」



「試練の内容は部外秘だと、固く口止めされているんだ。もし違反すれば、たちまち“天の咎”を受けることになる」



「なるほど。それは難儀な事じゃ」



 脅しの部分もあるだろうが、随分とまあ凝った仕掛けにしたものだと、魔術師はかつての仲間二人の顔を思い浮かべながらニヤついた。



「では、質問を変えよう。“勇者”にとって最強の武器とは何だ?」



「もちろん、“勇気”だ」



「ならば、続けて問う。“勇気”とはなんぞや?」



「……知らんし、分からん!」



 最強の武器だと宣いながら、それについては語る言葉を持たない。


 なんとも無茶苦茶な回答に、武闘家も、神官も、魔術師も、噴き出してしまった。



「そりゃないでしょ~、いくらなんでも! こりゃ落第で間違いないわね」



「自身の武器すら弁えていないのですから、再試験を認められただけでも御の字ではないでしょうか」



「なんとも締まらぬ回答じゃ。じゃが、それでいい」



 なんとなく、魔術師だけは納得しているようで、うんうんと頷いた。


 なにしろ、この顔触れの中では、かつて本物の勇者、それも全盛期の勇者と肩を並べていたのであるから、その答えにも理由があるのは知っていた。


 そして、目の前の少年剣士もまた、元・勇者に見えて、色々と学んだと言う事も掴む事が出来た。


 それゆえの納得だ。



「そう、その答えでいいのじゃ。そもそも、“勇気”などと言うものは、一つとして形が定まったものではない。十人十色、千差万別、一人一人に違う色があり、形があり、なにより理由がある」



「“勇気”とは誰かに与えられるものではなく、自分自身が絞り出し、奮い立たせてこそ、だろ?」



「そうじゃ。だから、今は分からなくてもよい。己自身を見つめ直し、削いで、見つめて、鍛えて、見つめて、そして、研ぎ澄ませて行け。かつての勇者が旋風のごとき斧を得物としていたように、お前は電光ほとばしる剣を得物としている。そこに優劣はない。己自身を見つめた結果としての形であるのじゃからな」



「つまり、自分だけの武器を鍛え上げろ、と?」



「勇者の武器とは、すなわち“勇気”であろう? 何者にもひるまず立ち向かえ。皆を引っ張っていけ。そして、振り返って笑顔を見せろ。それが勇者の有様だと、ワシの勝手な私見を述べさせてもらおう」



「フフフ……、笑う門には福来る、か。回りくどい、本当に回りくどい」



 どこまでもお節介な元・勇者だと、剣士は今更ながらに強く感じた。


 自分の形を見つけ、それを鍛え上げよ。


 ひたすら前へ、前へ、皆を引っ張って突き進め。


 単純ではあるが、それだけに難しい。


 なにしろ、皆が自分の背中をいつも見ているからだ。



(ああ、本当に重いんだな、“勇者”の肩書ってやつは!)



 だからこそ、それを担えるだけの男になりたい。


 なってみせると、剣士は改めて誓いを立てた。



「さて、小難しい話はここまでにしようではないか。こうした再び顔を合わせたのじゃ。パァ~ッと飲み明かすとしよう。もちろん、勇者殿(笑)のおごり・・・でな」



「おい!」



「店員~、取りあえず、メニューの上から下まで、全部持ってきてくれ!」



「このクソエルフが! 体の割に胃袋が相変わらずおかしい奴め!」



「あ~、なら、あたしはコレと、コレと、コレと、あとコレを五人前ずつで!」



「てめえもか! 昔っから、アホみたいに食いやがるな!」



「あ、私はこの『ロマンスコンティ』の三十年物をボトルごと」



「優しい顔して、一番えぐいな、この生臭神官め!」



 すでに自身の財布は、三人の仲間の猛攻に晒され、壊滅する事が決定した。


 とはいえ、落第して勇者には“まだ”なれなかったと言う後ろめたさもあり、仲間達の攻撃を甘んじて受けなくてはならなかった。


 それでも、この食事は今まで食べた物の中でも最高の味がした。


 仲間と卓を囲い、ワイワイ賑やかに酒と食事を楽しむ事の、なんと素晴らしい事か。


 それもまた、あの試練は剣士に教えてくれていた。



「自分にはできなかった仲間達との明るい未来、それを築いていけ」



 肩を組んでこちらを見てくるあの二人から、そう言われたように剣士は感じられた。


 空っぽになった財布と同じく、剣士の気分もまた軽やかになるのであった。



           ~ 終 ~

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