第11話 斧の持ち主

「さて、ラル殿、今日の散策はいかがでしたか?」



 そう領主が話しかけてきた。


 禁令の穴に気付き、若干呆然としていた剣士であったが、領主の呼びかけで思考の海から飛び出した。



「ええ、まあ、程々と言ったところでして。ああ、手にしたものは申告しないといけないんでしたね。うっかりあの老人の斧を持ってきてしまいました」



 そう言って、剣士は持っていた斧を領主に差し出した。


 禁令の三つ目、“試練についての情報を外部に漏らしてはならない”と守るため、領域内で手にしたものは領主に申告しなくてはならないのだ。


 そして、その斧を見るなり、領主は苦笑いをした。



「やれやれ、またあの御老人のお節介焼きだな。わざとらしく振る舞って、脅して追い返す。まあ、いつもの事だ」



 この言葉を聞き、剣士は安堵した。


 少し視線を外したすきに、煙のように消えてしまったので、幽霊の類か何かと疑ったが、どうやら本当にこの領内の住人のようだと言う事が確認を取れた。


 ただ、領主からは意味深な言葉が出てきたが。



「なあ、領主さん、あの爺さんは何者なんだ? 元冒険者だとは言っていたが、相当な腕前だぞ、あの人」



「まあ、現役時代はかなりあちこちで武名を轟かせていたからな。と言っても、もう五十年以上も昔の話だ」



「現役が五十年以上前!? 領主さんの生まれる前じゃないか!」



「そうなる。聞いた話だと、先々代の時代に『勇者の試練』を乗り越えた、“本物”だと言う事だ」



 ここでまたしても、意外な言葉が飛び出した。


 剣士が受けようと言う『勇者の試練』、それを突破したと言うのだ。


 つまり、あの老人は“元”勇者というわけだ。


 途端、剣士の中で様々な情報が氷解し、一つに集約され始めた。


 自分を上回る武芸者、五十年は昔の冒険者、そして、象徴的な“斧”。


 バラバラだった情報が集まり、そして、一つの答えが導き出された。



「……あの爺さん、もしかして、名前は“ディーヴィッド”って言わねえか?」



「おお、正解だ。若いのによく知っているな」



「知っているも何も、伝説の大英雄じゃないか!」



 剣士の吐き出す言葉にはこれ以上に無い程の興奮が込められており、熱を噴き出していた。


 なにしろ、その伝説は“憧れ”そのものだからだ。



「かつて古代文明時代に封印されたと言う、邪悪なる巨人王ジャールート。その封印が解けて、巨人族が大暴れした。その際、敢然と立ち向かったのが『剛腕の勇者』と呼ばれた戦士ディーヴィッド。鍛え抜かれた戦士がようやく両手で扱えるかどうかという巨大戦斧グレートアックスを片手で軽々と振り回し、両手に握る二本の巨大戦斧グレートアックスは、さながら鋼鉄の旋風のごとし! なんて言われているな」



「うむ。私もそう伝え聞いている。と言っても、現役時代の姿は見た事はないが、気が付いたら森の中で木こりをやっていたからな」



「そうだよな~。言い伝えだと、巨人族や巨人王ジャールートとの壮絶なる戦いの後、討ち取ったジャールートの首を託した後、姿をくらましたって……」



 そこまで口にして、剣士は思い出した。


 自分が老人に対して、あまり触れてほしくない事を言ってしまっていた事に。



「『剛腕の勇者』には『光の盾』と『影法師』と呼ばれた旅仲間がいた。ジャールートとの決戦の際、『光の盾』は亡くなったと伝わっている。……くそ、余計な事を爺さんに言ってしまったな」



 仲間を信頼しているなと言われ、あんたも旅仲間がいただろうと返してしまった。


 だが、それは永遠に失われていたのだ。


 老人が哀愁漂う視線で空を見上げたのも、討死した仲間の事を思い出していたと言う事だ。



「まあ、お前が気に病む事ではない。あの御老人は英雄、勇者として戦い抜いた。だが、勝利を分かち合うべき仲間を失い、栄に浴する事をよしとせず、仲間の遺体を抱えてこの地に来た。かつて自分が勇者の称号を得たこの地にな」



「んで、俺みたいな“後輩”相手に、先輩風を吹かせていると」



「不満か?」



「いいや。むしろ大満足であり、納得と言うもんだ。油断していたとは言え、老人相手に後れを取ったとなったら、もう恥ずかしくて表を歩けねえよ。引退したとはいえ、“元”勇者だってんなら、ある意味で納得ってもんだ」



 かつての英雄、勇者と肩を並べる。それが剣士の目標でもある。


 その目標の“実物”を拝めたのだ。老いたりとは言え、本物の大英雄と言葉を交わし、しかも指南まで受けた。


 試練の前の鍛練としては、これ以上に無い修行と言えた。



「まあ、あの気難しい老人に気に入られたのだ。見込みあり、と思われたのやもしれん。せいぜい励むのだな、少年」



「おう! 絶対に試練を突破してやるぜ」



 雄叫びを上げながら剣士は腕を振り上げ、それを見ていた領主も門番も頼もしそうに頷いた。


 そして、晩餐の席へと向かうのであった。

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