10 聖水、魔方陣、痴話げんか
開かれる扉の向こうには、着替え中の少年がいる。
ルキア──、だ。
ルキアは急いで剣を持ち構え、剣技を繰り出すが次々躱されてしまう。ルキアは前に出ようとしていたが気付くと、後退させられていた。
背後にはベッドがある。
迫るレッドの何らかの意図を汲んだルキアは、大きく剣を振るうが素早かった。
焦る
頬に剣筋を受けたレッドは足が縺れ、腰が引けてしまいルキアの上に転んだ。
ふくよかな布団に二人、沈んでしまう。
「っ、んだよ」
「小僧、ワシはその背中が気に入らん!」
「あ、そんなの知るかっおいっ。何すんだよこの竜王は」
覆い被さる竜王にルキアは、いきなり頭を捕まれるや枕に押し込まれ植物魔法の蔦鎖によって手首を拘束されてしまう。
「くそっ」
「ほお、我が姿を眼力だけで見抜くとは素晴らしい。その洞察力に乾杯」
「俺は聡いんだ、覚えておけ! あとな、自分だけで乾杯すなや、じじい」
ルキアは手首に巻かれる鎖魔法を解こうと解呪を唱えるも、口を塞がれる。
「口の悪さは感心せんがこれの解き方まで知るのはすごいな。知識豊富でなにより」
「……がりっ」と、指を噛む音がする。
レッドは驚き、体を反り起こす。
その隙にルキアは、手の拘束を
「むかつくわお前、ほんといやになる。先ほどの借り。ここで晴らす」
「ほほう?」
「赫竜王だろうが知ったことか!」
飛ばされた男は、天井に逆さに張り付きぶら下がる。下にいるルキアを一眸すると、ニヤリ。天床を足蹴に勢いをつけ、彼の腹を蹴った。
ベッドの上に、転がる二人がいる。
「はん。
「何!?」
ルキアは拳を振るうもそれはあしらわれ、身体はフライパン上のパンケーキのように軽くひっくり返される。
またもや背中を取られたルキアは足掻く。だが、しっかりと腰を押さえつけられ逃げることかなわない。
レッドの鋭い視線が背中に、注がれる。
「この魔法紋よ」
「なにっ?」
ベッドの上で俯すルキアは服を剥がされついでに、胸に巻く晒もむしり取られる。
抵抗しても、腕力に物を言わせられる。
「っんだっもういいだろうよ!!」
「いいや、気に入らないものは気にいらん」
「はあっ?!!!」
「先にも話したが今はお前の一部で在ろうが赦せん、解せん」
ルキアは体を反らせ必死に抗うが、上に乗る男は退きそうもない。
「そんなに方陣が気に入らんなら皮膚ごと持ってけ」
「そうしたくともできんから難儀しておる」
「はっん、その手にあるの
「じゃあ、じっとしておれ」
「やだね。いじられると気分もなにもかもが気持ちわるい!」
ぎゃあぎゃあと
「竜王さま、無体が過ぎます」
「ジャンヌはそこで見てるが良い」
「いやです」
「おまえは錬成のエグさを知らんのじゃ、ルキアに課せられた術の邪道! これは禁忌じゃ、在ってはいかん」
「知っています!」
「なに?!」
「知っているのです。その術の非道もルキアの辛さも。ですから……」
「では、なおのこと離せ!」
ジャンヌは怒られ、壁へと投げ飛ばされる。
「叔父さん、『
ルキアは唱えた。
ジャンヌが少しでも壁の衝撃から免れるようにと、小さな
使用された魔法を赤髪男が「良い腕だ」と誉めれるが、ルキアは気分を良くしない。
「おい、離せよ!」
「それはならん」
更に深く、顔を枕に押し当てられルキアは悔しがる。苦痛に歪む重々しい顔面を、軽やかな枕に埋めるルキアは背中に何かが滴る感触を味わう。
「やめろ! どけ! 頼む」
背中を撫でられ、そこにある手の温みに嗚咽さすが、気に掛けられない。
それどころか、
「綺麗な紋様だ。むかつくほどに古の陣だ」
「やめろ」
「清めの儀式を始めよう」
「なにもするな、年寄りジジイ!」
ルキアの暴言に、目を丸める竜王がいる。
「じじいは許せたが年寄りジジイだと?」
「古代より生きているんだ、竜王よりもジジイがふさわしいだろうが」
「ほう、立場を知らん餓鬼が」
「なんっ、ああああ!」
背をなぞる手の不快さに、ルキアは布を噛み締める。
その様子は冷たく
ルキアの背中にレッドの爪がゆっくり食い込むと、魔方陣が光りだした。
ジャンヌは慌て、ルキアに寄り添う。ルキアに跨がる男を退かそうとして……今度は、違う二人が揉め合い始めた。
ルキアの背の上で。
枕に顔埋めるルキアは、半目で部屋の景色を見据えてやるともういいかと。
諦観し始めた。
目を閉じ、背中にある陣の発動音とジャンヌの叫きも耳にする。
「あなたには薄気味悪いようですが私には美しいルキアの背中です。むやみに弄るなら考えがあります!」
「ほう、たかだかひよっこがワシに指図するのか」
やはり、この錬成陣は争いを招くと。嘆くルキアがいる。
嗚呼、無常だと感じる彼は、『ぴぎゃぁっ』とけたたましい獣の叫声をいきなり耳に拾う。
「は、 竜……が、啼いてる?」
「は? ワシは確かに竜だがないてってイテッ!? お、なんだきさまやめろ。いっ?!!」
布団の上の喧騒がはたっと、止んだ。
ルキアは何事かと薄目を開けると同時に、ドサッバサッと重々しい音を捉える。
そうして、背中が軽くなるのを感じる。
「おい。ジジィ!?」
訊ねると、翼を広げる音が返ってくるだけだった。
それは、竜の羽音。不思議がるルキアが目を開くと、小さな物体が眼前にこちんまりしている。
明々な、赤褐色の竜の仔がきょとんとしているのだ。
「お前!!?」
≪ぴきゃああ≫
それは、城外での出来事最中に産まれ。ただただ、ルキアの錬成陣を覗う為に用意された小さな竜だった。
唖然とするルキアは跳ね起きるや、枕元に居坐る獣を取り上げる。
唾を飲むルキアに、そいつは≪ぴぎゅう≫と
「ジジイはどうした」
≪きゃぁあう?≫
可愛く喚く飛竜を手にしてやると、きょろきょろと首を動かせている。
相槌をするつぶらな金の瞳は、彼の背後に在る壁も部屋の装飾をも映すが肝心の人物を捕らえていない。
「……どこだ」
≪きゃううう?≫
ルキアは飛竜の目を鏡に例え、部屋を窺う。すると……。
「うぅ〜、痛たた……ここだよルキア」
「床下?」
「そう、いきなり現れた竜に落とされたんだ」
「これに」
「そう、それにだ」
ルキアは、手に持つ赤い竜とまじまじ対面してやる。潤んだ瞳に愛くるしい顎門を持つ奴は、あざとく振る舞う。
そんな奴を前に、顔を引き攣らせるルキアとジャンヌがいる。
「ジジイはどうした?」
「赫竜様か?」
「そう」
二人が口を尖らせる最中、いきなり炎の玉が飛んだ。
火を放ったのは……。
赤い熱球はルキアの頬をかすめ真っ直ぐと天上へと伸びた。「こざかしい」と辛口を述べるレッドも、炎を用意してやる。
熱気が、部屋を覆う。
「ワシの一部から産まれた小竜の分際で!」
≪ぴぎゃぁあああ!!≫
あまりのことに、その場が固まる。
「……」水浸しのルキアが顔を上げると、罵声が甲高く上がる。
「おいたをするなら外でおやりなさい!! けが人がいるのですよ!」
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