第30話 ネームド


 一週間が経過し、今日は二度目の食料納品日。

 この一週間の間で無事にイノシシを狩ることができ、今回もまた生の肉で百キロの食料に到達させることができた。


 イチ、ニコ、サブも交えて焼肉パーティもできたし、この一週間は順調そのものだったと言っていい。 

 難癖をつけられたとしても、俺とバエルが狩りを行っている間に採取してくれた野草があるし、ジャーキーもかなり残っている。

 今回も絶対にクリアできるため、何の心配もなくいつもの広場へと向かった。


 ちなみに今日は食料を納めるだけでなく、広場で行いたいことがある。

 それは前回目をつけていたゴブリン達と接触すること。


 会話ができるのか分からないが、何かしらのコミュニケーションは取れるはず。

 今は唾をつけておくイメージで、いずれゴブリン達の長を任せられるようになった時に備えて、円滑に進められるようにしておきたいのだ。


 長に任命されたら、間を空けることなくオーガに下克上を仕掛けたいからな。

 使えそうなゴブリンは今の内から囲っておきたい。


 そんなことを考えながら広場に向かい、前回と同じような流れで百キロの食料をオーガに渡した。

 今回も特に難癖をつけてくることもなく、褒められただけですぐに解放してくれた。

 

 バエル、イチ、ニコ、サブは先に巣へ戻らせ、俺はノルマに達することができなかったゴブリン達が痛めつけられているのを横目に見ながら、前回目をつけていた三匹のゴブリンを探す。

 三匹とも見た目に特徴があったからすぐに探せると思うが――おっ、やっぱりすぐに見つけることができた。


 一番最初に視界に捉えたのは、黄色味がかった体をしたホブゴブリン。

 従えている部下たちは全員普通のゴブリンのため、あのホブゴブリンだけが突然変異で生まれてきた個体なのだろう。

 俺はそんなホブゴブリンの道を塞ぐように立ち、話しかけた。

 

「話があるんだがちょっといいか? というよりも、言葉は話せるか?」


 俺を見下ろすように立っているホブゴブリンは、言葉が通じなかったからか首を横に傾げた。

 その仕草を見て言葉が理解できないのだと思ったのだが、どうやらそれは俺の勘違いだった。


「んー、見覚えのない顔ですね。言葉を話せるゴブリンなら忘れるはずがないのですが」

「あんた、言葉を喋れるのか」

「あんたというのは止めてください。私はホブゴブリンです。どうぞホブゴブリンと呼んで頂けたら幸いです」


 そういうと深々と頭を下げてきたホブゴブリン。

 オーガと比べても流暢に話せているし、人間と会話しているかと思うほどスムーズに会話ができている。


「ホブゴブリン? 名前はないのか?」

「名前? そこまでの格はございませんよ」

「格っていうのがよく分からないな。とりあえずこっちも自己紹介をさせてもらう。俺はシルヴァというものだ。シルヴァと呼んでくれ」

「見た目は普通のゴブリンだと思っていましたが、あなたはネームドの魔物でしたか。道理で言葉をしっかりと話せている訳ですね」


 会話は成り立っているのだが、次から次へと聞き馴染のない単語を使ってくるため微妙に会話がずれている感じがする。

 長い間冒険者をやっていたが、ネームドの魔物なんて聞いたことがないしな。


「ネームドってどういう意味だ?」

「名前を持っている魔物のことですよ? ……あなたも名前を頂いたのではないのですか?」

「いや、自分で名乗っているだけだ」

「いやはや、それはそれは……。どうやら関わってはいけなかったようですね」


 急に腫れ物を見るような蔑んだ目で俺を睨んだ後、特に説明することなく去っていってしまった。

 正直何を言っていたのか分からないが、もしかするとこれも魔物の本能と関係があることなのかもしれない。


 統率を取るために名前を名乗ることを禁じ、個性を出せないようにする――とかはあり得そうな話。

 ホブゴブリンの顔からして俺を軽蔑していたし、格上の魔物を食べてはいけないと組み込まれているように、魔物は名前を名乗ってはいけないというのがありそうだ。


 とにかく去って行ってしまったホブゴブリンのことは置いておき、他の二匹を探そう。

 それから広場を一通り探したのだが、アルビノの白いゴブリンもゴブリンソルジャーもいなかった。


 出会えたのはホブゴブリンだけだったが、新たな知識も得たし関係は作れなかったものの悪くはない成果。

 先に巣に戻らせたバエル達の下に戻るべく、広場を後にしようとしたその時。


 前方からゴブリンソルジャーの班が、広場に向かって歩いてきているのが見えた。

 危うくニアミスするところだっただけに、このタイミングで現れたのは運が良い。


 広場に行ってしまう前に、話しかけるとしよう。

 俺はさっきのホブゴブリンにしたのと同じように、進路を塞ぐように立った。


 急に目の前に立った小さな体をした俺に、少し苛立った様子を見せたのは後ろに控えていたゴブリンビレッジャー達。

 だが、リーダーであろう鎧を着込んだゴブリンソルジャーが制すると、上から見下ろす形で俺の目の前まで歩いてきた。


「話があるんだがちょっと――」


 そこまで話した瞬間、片手で思い切り突き飛ばされた。

 あまりにも急なことだったため、踏ん張りが効かずにコケてしまう。


 そんな転んだ俺を見て、指をさして笑い始めたのは後ろに控えているゴブリンビレッジャー。

 突き飛ばしてきたゴブリンソルジャーも大したことがない的なジェスチャーを取っており、その所作がいちいちムカつくな。


 向こうから手を出してきた訳だし、俺が手を出しても問題はないよな?

 喧嘩はご法度だろうが、ここならオーガ達からギリギリ見えない位置だし大丈夫なはず。


 【毒針】をぶっ刺すのだけは流石に止めておき、俺は立ち上がって拳を構えた。

 そんな俺を見て、馬鹿にするように笑いだしたのは、俺を突き飛ばしてきたリーダーのゴブリンソルジャーだ。


「あっひゃっヒャ! オレサマとヤロうってイウのかヨ! タダのゴブリんがチョウシにノッテいるナ!」


 さっきのホブゴブリンと違い、冷静に話してくれそうにない。

 完全に普通のゴブリンを下に見ているし、自分の方が格上だと思っているようだ。


 まぁゴブリンなんてこんなのばっかりだと思っていたし、イチ達も最初はこんな感じだった。

 今後舐められないためにも、ぶっ飛ばしておかないといけない。


「お前から手を出して来たんだからな。後悔しても知らないぞ」

「コウカいなんてスルわケないだロ! てメぇのホウこそ、オレさマにはむカッテきたことコウカいさせてヤル!」


 ゴブリンソルジャーはまさかの剣を引き抜くと、そのままの勢いで斬りかかってきた。

 ここで殺して大丈夫なのかと問い掛けたくなるが、ゴブリンソルジャーにそこまでの考えはないだろう。


 あまりにも短絡的な考えだし、そんな怒りに任せて斬りかかってきた相手に負ける訳がない。

 抜いた剣を大きく振りかぶると、何のフェイントもなくそのまま振り下ろしてきた。


 斬る方向どころか、斬りかかってくるタイミングもバレバレで、逆にフェイントなのかと疑ってしまうほど。

 ただフェイントなんかでは一切なく、素直に斬りかかってきたゴブリンソルジャーの一撃を躱し、鎧で守れていない左脇腹を狙って抉り取るようにボディブローを放つ。

 そして体が折れたところに合わせ、右ストレートを顔面に叩き込んだ。

 

 剣で斬りかかったのにも関わらず、あっさりと敗れたリーダーを見下ろし、驚きの感情が隠せていないゴブリンビレッジャー達。

 それも相手は通常種のゴブリンで、サイズも一回り小さい訳だからな。

 絶対に負けないと高を括っていたから挑発的な態度を取っていた訳だし、こうなってからどういう反応を示すのか非常に見もの。


「次は誰が来るんだ? ……お前か?」


 そう告げながら、俺はゴブリンビレッジャーの一人を指さすと怯えたような声をあげた。

 この時点で俺を上と認めてしまった訳で、俺の推測が正しいのであればゴブリンビレッジャー達はもう俺に手出しすることができないはず。

 

 プルプルと震えていたゴブリンビレッジャー達はゴブリンソルジャーを担ぐと、持ってきていた食料を置いて逃げていってしまった。

 追いかけてとことん追い込んでも良かったが、恨みを買いすぎるのもよくないしこの程度でいいだろう。


 そして食料についてだが……解体の仕方が雑な獣の生肉。

 俺が貰っても仕方がないし、半分以上は腐りかけている。


 こんなものを貰っても仕方がないし、あいつらの代わりに届けてあげるとしよう。

 これは親切でやっているのではなく、少しでも恩を売っておくため。


 要は飴と鞭だな。

 俺に殴られて倒れたゴブリンソルジャーも、これで多少の怒りは収まってくれるはず。


 まぁ向こうから手を出してきた訳だし、俺に対して怒りがあるのだとしたら不当もいいところなのだが。

 俺はそんなことを考えながら、食料の入った袋をオーガのところに持っていったのだった。


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