第2話 嫌な予感


 ダンジョンは十階層ごとに転移することができ、勇者のパーティは既に六十階層を攻略していたことからスタートがいきなり六十階層。

 俺達はついこの間十階層を攻略したばかりの実力なため、道中の魔物と出くわせば一瞬で殺されるだろう。


 そんな異常なまでの緊張感の中、俺達に気をかけることなくズンズンとダンジョンの奥を目指して進んで行く勇者。

 決して走ってはいないのだがペースが早く、緊張のせいでついていくだけで息が切れるほど。

 索敵している余裕なんてなく、全方向から襲われてもおかしくない状況の中、俺達三人は必死に勇者の後を追った。

 

 ダンジョンに潜って約二十分。

 ここまで一切の戦闘がなかったのだが、ようやく六十階層に入って初めての魔物が前に立ち塞がった。


 魔物にはあまり詳しくない俺でも知っている青い一つ目の巨人——サイクロプス。

 身長は五メートルほどあり、かなり広いはずのダンジョンが狭く見えるほどの巨体。


 十階層のボスよりも明らかに強そうな魔物の出現に、俺は息を呑んで立ち尽くして戦況を見守っていると……まず動いたのは勇者だった。

 散歩をするような軽い足取りで近づくと、振り下ろされたこん棒を楽々と受け止めてから軽く剣を振った。


 力をほとんど入れていないのは分かったし、動きも遅い手抜きの一撃。

 ただ――正面にいたサイクロプスは下半身から綺麗に両断され、あっという間に灰となって消え去った。


「……凄い。凄すぎるだろ!」

「か、かっこいい……!」


 勇者の瞬殺劇を目の当たりにした二人は、口々に言葉を漏らした。

 目をキラキラと輝かせ、勇者を見つめる二人の視線に――俺は言い様のない嫌悪感を覚えてしまった。


 嫉妬と言われたらそれまでなのだが、俺には何が凄いのか一切理解ができなかったのだ。

 勇者が振り下ろした剣に技術なんてものはなく、一から百まで全てが生まれ持っての才能だけで行われた一連の攻撃。


 凡人の俺が真似できることなんて一つもなく、参考にすらならない戦い方。

 横柄な態度やサポーターを雑に扱って死なせたことなども含め、戦闘面でも学ぶ面がないと分かった今、勇者から得られることなど何一つないとすぐに理解した。


「おい。さっさと拾ってこい」

「は、はい! すぐに拾ってきます!」


 ジークは勇者の声に即座に反応し、四人の前に落ちたサイクロプスのドロップアイテムを急いで拾いに行った。

 ティアも勇者の戦いっぷりに心酔し切ったようで、雑用を自ら進んで行っている。


 そんな二人と気持ちが乖離している俺は、仕事の一環としてドロップアイテムを拾ってはいるものの、とにかく命を大事に警戒しながら動いている。

 反面教師として学ぶことはあったし、なんとしてでも今回は生きて戻りたい――そんな俺の小さな欲を見透かされたのか、勇者の視線は何故か俺だけに向けられた。


「お前だけ動きが悪いな」

「……そんなことはないと思います」

「まぁいいや。次からは全部お前が拾え」


 そんな言葉を投げ捨てるように言われ、そこからはひたすらに俺がドロップアイテムの回収をさせられた。

 かなり大きなリュックを持ってきたのだが、そのリュックは二時間ほどでパンパンに膨れ上がった。


 進むペースは速いままなのに、背負っているリュックは戦闘が行われる度に重くなっていく。

 俺は全身から滝のような汗が流しながら必死についていったのだが、そんな俺を見て勇者はわざと敵を近くまで誘き寄せては、俺が疲労困憊の中必死に逃げるのを楽しむという行為をしてきた。

 勇者のパーティの女三人も俺を見て笑っており、ジークとティアは流石に苦笑いといった感じだが……全員から嘲笑されるのは中々心にくるものがある。


 こんな扱いをされていたらサポーターが全員死んでも不思議ではないし、ダンジョンの攻略に失敗して死んだと言われれば聞こえはいいが、勇者が殺しているようなもの。

 俺は倒れそうになりながらも必死に踏ん張り、生きるためになんとか食らいついてサポーターとしての仕事を全うする。


 俺の今の気持ちは無事にダンジョンから帰還し、速攻でサポーターを辞めること。

 一回限りのことと思えば、この仕打ちもギリギリではあるが耐えることができる。


「うーしっ。そろそろ休憩にするとしようぜ」

「今回は攻略速度が遅いのでもう少し進んでからかと思いましたけど、確かに疲れてきました」

「良い玩具が出来たからな。ついつい遊んじまったわ。これくらいの娯楽がねぇと、つまらないダンジョン攻略なんてやってられねぇよ」

「確かにそうだネ! 風景が代わり映えしないし魔物も弱っちい! そんな中、雑魚が走り回ってるのを見るのだけは面白いヨ!」

「だろ? 今回のは意外と丈夫だから、俺がもっと鍛えてやってんだわ」


 やっとの休憩に岩の上に腰を下ろし、勇者たちの会話を他所に俺は必死に体力の回復を図る。

 既に両足は攣る寸前まで疲労が溜まっており、このままでは倒れてしまうため少しでも休ませなくてはいけない――そう考えて体を縮こませていたのだが。

 

「……って、おい! 何座ってんだよ! 俺がいつ休憩していいって許可を出した?」

「すいません。ですが、休憩を取らないと仕事に影響がでて」

「黙れ。――おい、全員でレトリーブ遊びでもしようか。お前ら二人もやるよな?」

「ぼ、僕達は……いえ、やります!」


 体力が一切回復していない中、勇者の提案で行われたのはドロップアイテムを使ってのボール投げのようなもの。

 勇者パーティの四人に加え、ティアとジークがアイテムを投げて俺が拾うといったな単純すぎる遊びなのだが……。


 俺をとことんまで追い込むらしく、回収が遅いと思いきり背中を叩かれた。

 ヘトヘトになりながらアイテムを拾ってくる俺を見ながら、全員はご飯を取りながら体を休めており、対する俺は一切体を休めることができずに休憩が終わってしまった。


 殺したくなるほどの憎しみの感情も一瞬芽生えたが、そんな感情すらもすぐに吹き飛んでしまったほどに体の疲労が激しい。

 気を抜けば涙が零れそうになるのを必死に堪え、なんとか勇者たちの後を追った。

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