第54話 NPC、祝★社畜爆誕!

 トイレから戻ってきたバビットは、お腹をさすっていた。まだ、お腹が痛いのだろう。


 俺達は同じものを食べているが、バビットだけ別の違うものを食べたのか。


 一人でお酒を飲んでいるため、つまみが原因なのかもしれない。


 俺はともかくVITが低いチェリーも健康だ。


「お前達は何をやっているんだ?」


「営業の準備です」


「今日はもう休み――」


「いや、大丈夫ですよ!」


 俺の言葉にバビットは首を傾げていた。


 いつもウェイターでしか働いていなかったが、ある程度のメニューは見て学んでいる。


「掃除は終わりました! メニューもいくつかに絞れば良いですよね?」


「ああ、それで大丈夫!」


 それに俺達は事前にメニューを決めて、それ以外は出せないと待っている客に伝えた。


 並んでいるのは今のところほとんどが冒険者だからな。


 それなら俺達ならできる気がした。


「本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ! よっぽどダメだと思ったら助けてください」


「ああ、わかった」


 お腹が痛いはずのバビットは、どこか嬉しそうに笑っていた。


 気にせずトイレにいけると思ったのだろう。


 再びトイレに駆け込んで行った。



「お兄ちゃん、肉焼きプレート入りました」


「了解!」


 チェリーはその場で注文が入ったやつを伝える。


 何かにメモをする習慣もないため、頼んだ料理はウェイターである俺が覚えていた。


 それにチェリーのINTでは、何の料理があるのか記憶するだけで精一杯だろう。


 そこにプラスして、どのテーブルの誰が頼んだかを記憶しないといけない。


 きっと頭が混乱してしまうだろう。


 そこで注文されたテーブルの前で料理名を伝えることで、俺が作るメニューと席を覚えることにした。


「はい、これを3番目のテーブルにお願いします。あとはお客さんに確認して」


「わかりました」


 それを何回か繰り返していくと、ウェイターのデイリークエストがクリアしたようだ。


 そして、満席になり全員に料理が届くと、料理人の仕事は新しい客が入ってくるまでなくなる。


 その期間にチェリーがサラダの準備をして、俺が客の相手をすることにした。


「なぁ、あの子とは本当に兄妹みたいな感じなのか?」


「そうだけど?」


 ここ最近、やけにジェイドはこういう話ばかりしてくる。


 俺達の関係が気になるのだろうか。


「まぁ、まだヴァイトは子どもだからね」


「そうだよ。子どもだから仕方ない」


「中身がまだまだ幼いもんなー」


 実際の年齢はわからないが、体だけ大きくなっている気がする。


 それはジェイドやエリックも感じているのだろう。


「そんな子どもより弱い俺達って……また鬼ごっこするか?」


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」


「ちょっとジェイドさん! エリックさんを狂わすのやめてくださいよ」


「楽しいから良いじゃないか。それにやっと呪術師になったらしいからな」


 その言葉を聞いて、俺は早速弟子に入りをお願いすることにした。


「よかったら弟子に――」


「ん? 何かあったのかな?」


 きっと俺の目があまりにもキラキラしていたのだろう。


 普段のエリックに戻ってしまった。


 ジェイドの話では、呪術師として魔法を使う時は正反対の性格に変わるらしい。


 普段の時は全く呪術は使えないと言っていた。


 そのことをエリックは知らないらしい。


 輝かしい人や明るい人といると、元に戻るという呪術師は謎の職業だ。


 きっと俺の狂戦士と似たような職業なんだろう。


 穏やかなエリックと闇の部分を持ったエリック。


 どちらのエリックも俺は好きだが、弟子になるなら、ずっとエリックを追いかけ回さないといけないのだろう。


「あっ……お兄ちゃん!」


 チェリーが調理場から声をかけてきた。


 何かあったのかと思い、急いで駆け寄るとチェリーの周囲から文字が円形に描かれたものが現れた。


 まるで勇者が召喚された、祠にあったやつに似ている。


「あれは魔法陣って言って、勇者達が一人前になった時に出てくるんだ」


「魔法陣?」


「ああ、どうやら俺達と違って勇者は何か一人前になる基準があるのだろう」


 勇者とは違って、俺達は師匠が一人前だと思ったタイミングで見習い期間が終了する。


 しかし、勇者達は足元に魔法陣が現れたタイミングで何かが変わるらしい。


 きっとHUDシステムにあった、転職クエストが終わった時に魔法陣が出る仕組みなんだろう。


「お兄ちゃん、私社畜バイトニストになったよ!」


「ぶふっ!」


 なぜか店内にいた客達が全員吹き出した。


 ああ、これで妹チェリーは立派な社畜になった。


「ちょ、ヴァイト! お前はチェリーちゃんに何をさせたんだ?」


「えっ? 社畜だけど?」


「はぁー、ヴァイトらしいって言ったらそうだけど……」


「一人前の社畜って面白そうじゃないか!」


 呆れた顔をしているジェイドの肩をレックスが宥めるように叩いていた。


 そんなに社畜がおかしいのだろうか。


 たくさんの職業体験ができて、俺としては良い才能だと思うけどな。


「まぁ、今日はチェリーちゃんの一人前の社畜記念だな!」


 店の中でチェリーの一人前社畜記念パーティーが急遽開かれた。


 ここに唯一の社畜バイトニストプレイヤーが誕生した。


──────────

【あとがき】


「なぁなぁ、そこの人ちょっと良いか? 最近あいつらが働きすぎだから止めてくれないか?」


 どうやらNPCのバビットが話しかけてきたようだ。


 そこには有名なヴァイトと謎の女性プレイヤー。


「あのままだとあいつら死んじまうからさ。★★★とコメントレビューをあげるときっと休むはずなんだ」


 二人を止めるようには★評価とコメントレビューが必要なようだ。


「よし、次のデイリークエストに行こうか!」


「じゃあ、競走ね」


 謎NPCと謎プレイヤー競うように走っていった。


「あいつらを止めてくれえェェェェ!」


 バビットの願いは虚しく散り、その場で崩れ落ちていた。


「早くレビューしないとNPCの好感度が下がっちゃうわ……」


 どこまでも超リアルなゲームであった。

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