第35話 NPC、勇者と訓練する

 昼の営業を終えると俺は急いで冒険者ギルドに向かった。


 職員にゴブリンの魔法石を渡し、依頼の達成報告と報酬をもらった。ただ、冒険者ギルドにきた目的はこれだけではない。


「逃げずに来たようだな」


「お前はラスボスか!」


 冒険者ギルドの訓練場に呼んだのは、さっきまでゴブリンに襲われていたユーマ達だ。


 助けてもらったお礼と自分達の考えがいけなかったと、謝りに来たのだ。


 俺もバビットの話を聞いて、改めて自分の命が自分だけのものではないことに気づいた。


 そんな俺達は一緒に訓練場で特訓をすることにした。


 ほぼ俺が強制的に呼びつけたようなものだけどな。


「さぁ、特訓しようか?」


「おいおい、本当にやるのかよ。しかも、俺達は三人だぞ?」


 ナコはゴブリンに襲われてからは、しばらく戦うのを控えるらしい。


 そのため、目の前にいるのはアル、ユーマ、ラブたんの三人だ。


 それにしても、女性勇者だけ名前がおかしいが気にしないでおこう。


【依頼クエスト】


 依頼者:ヴァイト

 内容:模擬戦で修行

 報酬:職業経験値の大幅獲得


「ユーマ、これ見て!」


 勇者達はお互いに何かを見せ合っているようだ。


 きっとHUDシステムに何か表示されたのだろう。


 俺の方には全く表示されていないのは、そういう仕様なんだろう。


「よし、ヴァイト修行しようぜ!」


「ああ」


 俺達は訓練場の中でも邪魔にならないように、縁の方で向き合う。


「おっ、俺も気になるから審判するぜ!」


「なら僕も何かあった時に止めに入りますね」


 ジェイドやエリックも気になったのか、審判をしてくれるらしい。ただ、二人が弟子達を見ないと自然と俺達に視線が集まってくる。


「おっ、俺達人気者かー」


「ユーマって本当……」


「バカだね」


 俺とラブの声が重なる。


 やはりユーマはバカという認識で間違いないようだ。


「じゃあ、始めるぞ!」


 俺達は訓練場にある武器を手に取る。


 ちなみに俺は木剣と弓を持った。


 向こうはアルが木剣、ユーマは素手、ラブは杖を持っている。


 構成的には剣士、拳闘士、魔法使いだ。


「始め!」


 ジェイドの声とともにユーマが突っ込んできた。


 相変わらず突っ込んで来るのは変わらないし、一番模擬戦をしているのはユーマだ。


 あいつの動きは単調でわかりやすい。


 俺はそのまま横に避けると、目の前には木剣を構えたアルがいた。


 一対一で戦うわけではないため、ユーマのカバーをアルがしているのだろう。


 アルの頭の良さに感謝だな。


 それでも俺の方が動くのが速い。


 そのままアルの腕を掴むと、ユーマのところに放り投げる。


「うわぁ!?」


 お互いにぶつかってびっくりしているのだろう。


 そのまま姿勢を崩して、地面に倒れている。


 俺はそのままラブの方に向かった。


「消えた!?」


「残念、後ろにいますよ」


 俺は斥候のデイリークエストのように、見つからないようにラブの背後に回っていた。


「おいおい、一瞬かよ」


「ヴァイトさんは強いですね」


「これって私達の修行になるのかな?」


 確かにラブの言う通り、あっさりと終わってしまった。


 ジェイドやエリックも呆気に取られている。


「コンビネーションは良さそうだけど、無駄も多いしそもそも遅いな」


「ああ、ユーマ以外はAGI低いかな。僕はタンクよりだからVITの方が高いし」


「私はそもそも魔法職だから、INT重視だね」


 勇者達は全体的にステータスが高いわけではなく、特化しているらしい。


「ステータスポイントが足りないからね」


 それに俺みたいにステータスをいじられるようだ。


「おい、それ以上は言わない方が……」


 ユーマは二人を止めようとしていた。


 俺がニヤリと笑うと、ユーマはビクッとしていた。


 強くなれるのはステータスポイントだけではない。


「それならみんなで走ろうか!」


「はぁー」


「えっ……」


 ユーマはため息をついているが、アルとラブは呆然としている。


 すでにユーマで実験して経験済みだからな。


 その結果、AGIが高いユーマができている。


「お前ら速く走らねーとやられるぞ?」


「えっ……どういうこと?」


 俺は拳を地面に叩きつけた。

 

 これが開始の合図だ。


 今日もしっかり力が入ると確認しているだけだけどな。


 大きく開いた穴は俺の魔法で塞げば問題ない。


「じゃあ、鬼ごっこスタート!」


「やっと一人前になったのにいー、いやだああああああ!」


 ユーマを先頭に勇者達が訓練場を駆け回る。


 やっぱり数値だけに頼っていたら、強くはなれないからな。


 別に己の体を鍛えたら、ステータスに反映されるなんてこの世界の人みんなが知っている。


 その日の訓練場は悲鳴がずっと鳴り響いていた。

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