第32話 NPC、社畜の極み(ギルド制覇)

 俺は職員と別の部屋に行くと、分厚い本を渡された。


「これは何ですか?」


「鑑定士として必要になる知識です」


 本のページをペラペラと捲ってみると、中には魔物の情報や職業別のスキル、様々な武器や防具などの情報が載っていた。


「これを全て覚えなくても良いですが、情報として知っておかないと魔法が発動しないんです」


「鑑定士が使うスキルって魔法なんですか?」


「一応魔法の分類になりますね」


 どうやら鑑定魔法という魔法を覚えることで、覚えた情報とリンクして見えるようになるらしい。


 そのためにもたくさんの情報を知識として覚える必要があった。


 INTが重要になると言われる鑑定士の理由を改めて本を見て理解した。


 突然、有名な辞書を渡されたような気分だ。


「ヴァイトくん……笑ってどうしたんですか?」


「いや、勉強できるって良いですね」


 俺は学校に通えなかったため、今まで勉強をする機会がなかった。


 そもそも長時間座ることも辛かったからな。


 座って本を読むことすら懐かしい。


「その本を貸してあげるから、ある程度覚えたら返してね」


「わかりました」


 俺は本を鞄の中に入れて、他のギルドに向かった。


「やることが増えたのにニコニコしてるって……」


 部屋に残された職員が何かを言っていたが、俺には聞こえなかった。



 まず向かったのは生産ギルドだ。


 今まで入ったことのない、生産ギルドに少し緊張していたが、冒険者ギルドと違って静かだった。


「ああ、ひょっとして君がヴァイトくんかな?」


「あっ、そうです!」


「ブギーとボギーから変わった子がいるって聞いてるよ」


 小人族の女性に声をかけられた。


 どうやらブギーとボギーが俺の話をしていたらしい。


 それにしても変わった子って思われているのだろうか。


 どちらかといえば、ブギーやボギーの方が変わっている。


 最近は無くなったが、一時期ブギーはずっと小声で何かを言っていたからな。


 身長が高くなってからは、それも少なくなった。


「生産ギルドの登録だよね。特に決まりはないけど、得意なものは何かな?」


「一応作っているのは武器、防具、アクセサリー、服、陶芸品、あとはポーションですね」


 一つずつ作っているものを伝えると、職員は顔を引き攣らせていた。


「やっぱり変わり者なんだね」


 どうやら幅広く作っているのは俺ぐらいらしい。ただ、そんな俺と師匠であるブギーやボギーと比べたら、作っているのは劣化品のようなものだからな。


 俺は言われた通りにサインをすると、ここでもギルドカードをもらった。


 生産時に必要な道具や材料が欲しい時は、ギルドカードを提示すると少し安くなる特典があるらしい。


 今後のデイリークエストに役立ちそうだ。


 いや、ひょっとしてギルドに登録したら、工房を借りた時の材料費は自分持ちなのかもしれない。


 今までブギーやボギーが材料を分けてくれたからな。


 ちゃんとお金を稼がないといけなくなるのだろう。


 話を終えた俺は次に商業ギルドに向かう。



「おっ、バビットの弟子か!」


 商業ギルドに入った瞬間に声をかけられた。


 どうやら商業ギルド内でバビットの存在が、結構大きいのだろう。


「そうですね!」


 誰の弟子かと言われたら一番はバビットだろう。


 一番デイリークエストをクリアしているのは料理人だ。


 実際にバビットの家にもお世話になっているしな。ただ、料理人って生産職だけど、商業ギルドの登録で合っているのだろうか。


「料理人って商業ギルドで合ってますか……?」


「ああ、その辺はどうやって売るかによって登録に違いがあるぞ」


 店を出すには商業ギルドのギルドカードが必要になる。ただ、売っている物に関しては自分で作ったやつであれば、生産ギルドに登録が必要らしい。


 一般的に生産ギルドは商標登録みたいに、誰が何を作ったのか登録するためにある機関という認識で良いのだろう。


 武器屋なら商業ギルド、武器職人なら生産ギルド、武器職人が直接売る武器屋は両方って感じだ。


 確かに飲食店だと自分で作って、自分のお店で出しているかな。しかし、料理に関しては生産ギルド登録はできないが、レシピは登録できるらしい。


 どこか複雑だが、わからなくなったら直接ギルドに聞いてもらえば良いと言っていた。


 ちなみに商業ギルドに登録した特典があるのか聞いたら、特に何もなかった。


 やはり商業ギルドだから、お金にケチくさいのは仕方ない。



 登録を全て終えた俺は再び冒険者ギルドの訓練場に戻ったが、あまりの人の多さに驚いた。


 訓練する隙間もないぐらい勇者達で埋まっていた。


 アルやユーマが勇者の中では、一人前になるのが早い方って聞いていたが、今頃弟子になった勇者が多いのだろう。


 そりゃー、ジェイドやエリックが毎日疲れているわけだ。


「ヴァイトくん、お店の営業が始まるまで魔物を倒してきなよ!」


 声をかけてきたのは鑑定士であるギルド職員だ。


 その手には魔物の絵が描かれていた紙を持っていた。


 この世界では紙が高級品なのか、何かの皮のような物で作られている。


 解体師の職業体験の時にも、よく皮は毛を抜いたら綺麗に剥がせと言われていたからな。


 きっと角が生えているうさぎとかの皮を使っているのだろう。


「これはゴブリンですか?」


「そうそう! この辺では低級ランクの魔物だから初めてでも大丈夫だと思うよ」


 魔物と追いかけっこをしたことはあっても、直接戦ったことはない。ただ、本当に魔物の命を刈り取るだけの精神力が俺にあるのだろうか。


 提案した理由もそういう意味も含まれている気がする。


「わかりました。最悪何かあれば逃げてきても大丈夫ですか?」


「命が第一優先ですからね! 気をつけていってらしゃい!」


「行ってきます!」


 俺は冒険者としての初めての魔物討伐に向かった。


「あっ、バビットさんには魔物討伐に行くことをちゃんと伝えるんだよ!」


「わかりました!」


 急に魔物を倒してきたって言ったら、バビットも驚いちゃうからな。

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