13 エルフ(F級)が仲間に加わった!

 てくてくてく。


 ちらっ。


 てくてくてくてくてくてく。


 ちらっ。


「あの、どうしてついて来てるんです?」


 先ほどダンジョンで出会った耳長族エルフの少女ハルカが大盾に隠れながらコソコソと僕らの後ろを追ってきていた。


「な、なんのことですの。ちっともわからないですわ」


 ぐるぐると激しく目が泳いでいる。


「さっきからハルカが近くにいると僕らも寄ってきたモンスターに襲われるんだけど」


「あっちいってーー」


 倒しても倒しても押し寄せるモンスターに嫌気がさしたムゥが手でばつ印を作って拒絶する。


 ぷるぷるぷる。ぶわあっ!


 な、泣いたっ!?


「うわあああぁぁぁん。冷たくしないでよおぉ。ちょっとくらい助けてくれたっていいじゃないですのおぉぉ」


「ああっ、わかった。わかったから、そんなに泣かないでよ」


 ただでさえ『子連れ探索者』なんて陰で呼ばれていることが判明したのに、女の子を泣かしているところを見られたら何て言われるか。


「ぐすん。私、このモンスターをおびき寄せてしまうスキルのせいでずっとひとりぼっちなんですの……。こんな危ない人間とパーティーを組んでくれるような人もいないですし。それでも、私はひとりでもダンジョンに潜らなくちゃいけないんですの」


 涙を拭いてハルカが言う。


「お試しで私とパーティーを組んでくれませんか?」



   ***



「あーっ! またハルカがおそわれてるー」


「またぁ?」


 ムゥの言葉にアイテムを採取していた手を止めて立ち上がる。


「ちょっと、ロイ。助けるなら、早く助けてもらえるとありがたいのですけど! うひゃあっ」


 おお。すごい。


 ちょっと目を離した隙に、数匹の空泳蛇スカイサーペントが空中からハルカの盾に噛みついていた。

 スカイサーペントは真っ白な体表をした蛇だ。ただし、小さな羽が生えており、細い身体をくねらすようにして空を泳ぐ。


 モンスターの意識は完全にハルカに向いているので、僕は戦いやすい。


「こんな調子でよく今まで冒険者としてやって来たね」


「ふっ。隙を見て逃げ出してましたわ」


 全然威張れることじゃないよ……。逃走こればっかりは僕も他人のことは言えないけど。


「ハルカはよわい! パパはつよい!」


 理解しましたとばかりに指を突きつける。


「そ、そんなことないですわっ! ロイの冒険者ランクはいくつですの?」


「Fランクだけど」


「ムゥも! パパといっしょのえふらんく」


「わざわざ訊いてくるってことは、ハルカはもしかして……」


「ええ! Fランクですわぁっ!」


 お前もFランクかい。

 

「な、なんですの、その目はっ」


「やっぱりハルカはさいじゃくのえふらんく!」


「うぅ。あなたたちだって同じランクじゃないですのっ」


「チッ、チッ、チッ。ムゥたち、すらいむにかてるえふらんく。でもハルカ、すらいむにかてない」


「ふふっ。どうやらムゥちゃんは私を舐めているみたいですわね。見てなさい」


「あそこにすらいむいる。たたかう?」


「もちろんですわ。見ててくださいましーー」


 勇んでスライムに戦いを挑むハルカ。


 飛び跳ねて移動するだけのスライムにハルカの剣はちっとも命中しない。スライムの反撃に遭い、盾を構える。うだうだしていると他のモンスターが集まってきて、いつもの見慣れた光景になる。


「あっ。あっ。あ痛。数が多い、多いですわ。そこのスライムと一対一の決闘をさせなさい! ああ〜〜」


 なるほど。ああなっていたんだ。


 モンスターの塊の中からハルカを救出する。


「うっ、うぅ……。一対一の正々堂々とした戦いを……」


「うー。ムゥがわるかったの。なかないで」


「ぐすっ。もうひとりで戦わないでもいいんですの」


「すらいむはムゥがたおしてあげるのね」


「ありがとですの」


 これじゃどちらが年上かわからない。




 木の幹全体に寄り添うようにくっついた大きくて丸い物体オブジェクト


「ねえ、ハルカ。あれは何?」


「ああ、あれは〈母なる堅牢巣マザー・ハニカム〉という蜂の巣ですわね」


「あれが……。実際に見るのは初めてだよ」


「あんまり好んで近づく人はいませんわ。蜂蜜の甘い香りに誘われてジャイアントツリー・ベアーが寄ってくるとも言いますし、なにしろ、あのモンスターの中には危険な蜂型モンスターがたくさんいて……」


 ハルカの言葉が途中で聞こえなくなるほどの大音量で不快な音が耳を犯す。


 ブンブンブンブン。


「ハチがいっぱいでてきたぁ〜」


 一枚が畳ほどもある大きさの大蜜蜂ハーニー・ビーはね同士が擦り合わされると、身の毛も弥立よだつような、危機感を覚えずにはいられない不吉な音を奏でる。


 その間にも巣からは次から次へと蜂が出陣しており、ますます大合唱となっていた。


「もしかしてだけど、僕たち巣に近づきすぎちゃったんじゃ……?」


「パパ、もしかしてピンチ?」


「ここはもう彼らの領域テリトリーだったのですわぁ!? ロイ、とにかく逃げるのが先決なのですよ」


「まさかとは思うけど、ハルカのスキルのせいってことはないよねぇ!?」


「そんなことはないと思いたいのですわぁ〜!!」


「がーどまほー! がーどまほーをムゥに!」


『ピュイィ〜』


 黒雲のように一団を形成したハーニー・ビー様御一行に敵意がないことを示すため、僕らは一目散に逃げ出した。

 やっぱり、僕って走ってばっかりだよね!?


 これまでの自分の逃走歴を思い出して愕然がくぜんとする。


 それでもしぶとく追ってきた何匹か、いや何十匹かの大蜜蜂ハーニー・ビーの毒針を必死に避けながら、反撃して数を減らしていく。


「ここは私に任せてくださいましっ! 今の今まで良いところがなかったですから、私ができるということを見せて差し上げてますわぁっ」


 信用がならないハルカが先頭に立つ。


「はあぁぁぁっ! 《窮鼠衝撃ラット・インパクト》!!」


 ハルカが大盾ごとモンスターに突撃したかと思うと地面を抉るほどの衝撃が弾ける。こんな大技を喰らえば、ハーニー・ビーは見る影もない。というか、ドロップアイテムすら消滅している。


 ハルカは爆心地でうつ伏せになって倒れていた。顔だけこちらを向けて喋る。


「どうです? 見たでしょう。この威力!」


「たしかにすごい攻撃だったけど……。早く上がって来なよ。またモンスターが集まって来ちゃうよ」


「それでは引き上げてくださいます? この技は『自らの残り体力を消費して攻撃する』という技なのです。使用したあとは体力が残り1になってしまうんですわ。もうまったく動けませんの」


「おいっ! そんな捨て身の技をいま使わないでよ」


 だんだんハルカが単独ソロでダンジョン攻略している理由がわかってきた気がする。彼女は問題児トラブルメイカーだ。


「はぁ。私、しばらくはあの羽音がトラウマになりそうですわ。今も耳元で鳴っているような気がしますもの。逃げ切ったんですわよね?」


「僕もあの黄色と黒の縞模様が夢に出てきそうだよ」


「ハチこわい。ハチこわい」

『ピュイィ……』


 初めてのパーティーでの冒険は最悪の船出だった。


(僕たち大丈夫かな……)


 これからの行く末に不安しかない。




「どうです? 私とパーティーを組んでくださいます?」


 上目遣いで祈るように訊く。


「ハルカ、なかまになる?」


「そうだね。僕にはハルカが必要だ」


「ええっ!? それって……つまりそういうことですの?」


「うん。僕にはハルカのスキル、、、が必要なんだ!」


「…………」


 溢れんばかりの笑顔が一転、ハルカの顔から表情が失われる。スキルにはあんまりいい思いがしないのかな?


「モンスターを引き寄せて注意を向けてもらえるとダンジョンでの効率がちがうよね。やっぱりスキルっていうのはすごいんだな」


「こ、このぉ〜。すこしでも期待した自分が馬鹿でしたわ」


 どすっ。どすどすっ。


「痛いっ。なんで叩くのさ」


「ふんっ! 自分の胸に聞いてごらんなさい」


 そう言ってハルカは立ち上がって先に進んでいく。


「あんまり離れるとまたモンスターに襲われるよー」


「…………」


 怒っていても、大人しく引き返してくる。物分かりのいい子だ。

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