11 膝枕と泣き虫
ノックする音が聞こえ、ノートさんが入ってくる。鍛治師として長く火のそばにいるせいか、彼女はいつでも薄着なので年頃の僕は目のやり場に困ってしまう。
「おかえりなさい。ロイさん。今日の冒険はどうでした?」
「すらいむをたおした!」
「ぼちぼちです」
嘘だ。
ブラッディ・コングとの戦闘という大事件があったはずだ。何を隠しているんだ。
「ぼちぼち……うーん。あー。えーっと……」
意を決してノートさんの目を見て言う。
「聞いて欲しい話があるんですけど、聞いてもらえますか?」
たぶん変な顔をして唸っていただろう僕をノートさんはいつも通りの優しい微笑みを崩さぬまま、話し出すのを待っていてくれた。
もやもやした気持ちを誰かに話すことで楽になりたいという思いがあったのかもしれない。
そして僕が話せるのはこの街に彼女しかいない。
「はい。聞かせてもらえますか?」
にっこり笑った彼女はそう言って僕のベッドに座る。
「僕、ステータスが上がって、今日とうとうスキルを獲得しました」
「おめでとうございます! とってもいいニュースじゃないですか」
「ええ。スキルにはずっと憧れていましたから」
「うにーくスキル!」
ムゥがまるで自分のことように自慢げに言う。
「ユニークスキルなんですか!? あの日、ロイさんとムゥちゃんに声をかけた私の直感は間違っていなかったんですね」
ノートさんが自分のことを自慢げに言う。
「ただ今日、
「ブラッディ・コング!? 危険なモンスターじゃないですかっ。怪我はありませんでした?」
オロオロとして僕の身体を眺めてまわる。彼女は鍛治師見習いなだけあってモンスターのことに詳しい。本人曰く、持ち込まれる
「はい、なんとかなりました。危ない場面は何度かありましたけど。でもはじめて格上のモンスターと真剣勝負をして、僕は冒険者を続けていけるのか、ちょっぴり不安になっちゃいました」
(弱音を吐き過ぎかな……)
彼女は僕が優秀な冒険者になって、この家の鍛治屋のためにダンジョンから素材を持ち帰ることを期待しているのだ。
そういう条件で居候させてもらっている。
「でも、安心してくださいっ。希少な素材を集めるためにこれからもどんどんダンジョンに潜っていきますから! 任せてくださいっ。約束は果たしますよーー。頑張ってこのお店を有名にしましょうね」
不安な気持ちを胸の底に押し込めて、無理矢理笑顔をつくる。でも、そんな僕の虚勢はノートさんにはバレバレだったみたいだ。
彼女の白い腕にガシッと両頬を掴まれて、彼女と向き合わせられる。翡翠色の瞳が僕の心の内を見透かすように見つめていた。
「ロイさん。もっと自分に正直に生きてください!」
どうしてノートさんが泣きそうなんですか。
僕を見つめる彼女の目には光るものがある。
あぁ……。今、ノートさんのことを見ちゃだめだ。
押し込めていた気持ちが決壊しそうになる。なんだか今の姿をムゥに見られたくなくて咄嗟に両手で目を覆う。
「うわー。なにぃ。なんでぇ?」
噛み締めた唇が震える。
「そうじゃないとあっという間に潰れてしまいます……。悲しい時は悲しい。怖い時は怖いでいいじゃないですか。ロイさんは小さなムゥちゃんを育てながらダンジョン攻略もして、帰ってきてからもアイテムを錬金して。頑張りすぎなぐらいです。そばで見ていて……少し心配になってしまいます。逃げ出したい時は逃げ出してもいいじゃないですか。私はずっとこの家で待っていますから」
もう今日はダンジョンでも充分に泣いたはずなのに、まだ溢れてくる。本当に僕は泣き虫だ。
「うっ……。うぅ。ノートさん、僕は冒険者でいられるでしょうか? 強くてカッコいい冒険者になれますかね?」
それは初めてダンジョンに潜った日からずっと抱えていた思い。散々なステータスだと判明したギルドで大きく膨らんだ思い。
僕は冒険者でいられるのだろうか。
ゴブリンやスライムをちまちま狩るんじゃなく、すぐに逃げ出すんじゃなく、強大な
がむしゃらに頑張った先が成長のない行き止まりだったら、逃げるしかなかったら、と思うと怖い。
勇者になるには余計なことを考えずに直向きに努力するしかないと
「私に冒険者のことはわかりませんが、ロイさんならきっと大丈夫です。私が保証します。ですから、もう少し自分のことを信じてあげてください。未知の世界に飛び込んでいくのが冒険者、なんでしょう?」
「はい……。はい……。ありがとうございます」
僕はもうしっかり泣いていた。
頬を伝っていく涙を拭う。
「今日だけ特別に私が膝枕をしてあげます。ほらっ、こっちに来てください」
「ええ!? いやいやっ、大丈夫ですっ! 僕、もう十分元気出ましたから。ほらっ、この通り!」
涙でくしゃくしゃになった顔に笑顔を作ってみせる。
「もうっ! なんですか、その反応。傷ついちゃうなぁ。ほらほら、遠慮せずに」
ベッドに腰掛けたノートさんに無理やり倒されてしまう。意外に力が強い。
「うう……。恥ずかしいです」
「このまま寝ちゃってもいいんですよ?」
僕が無抵抗なのをいいことにノートさんは僕の髪に指を入れてわさわさと触れてくる。
「この状況じゃ、寝れませんよ……」
そう言っていた僕だけど、ノートさんの太ももを枕にいつのまにか眠ってしまった。
しばらくして目を覚まし、そのことに気がつくと顔から火が出るほど赤面して、まともにノートさんの顔を見ることができなかった。
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