02 森の中で熊さんに出会った。
僕は街の中心に位置する
「
街のなかに突如として現れる
魔法の込められた
ダンジョン内はひんやりとした空気が充満して、足音ひとつひとつがよく耳に入ってくる。
いよいよ来たんだ。
喉を鳴らし、乾いた唇を舐める。
まだ若苗であるのにも関わらず、すでに巨大な樹のような大きさを誇る〈
太陽光の当たらないダンジョンに生えた、このまだ成長しきっていない樹は未だ多くの謎に包まれている、という話を聞いたことがある。
この街に来るまでに地下迷宮に関する情報をたくさん読み込んできた。故郷の田舎町で読んだ冒険譚は僕の目にとても魅力的に映った。そしていま、本に書いてあったものを実際にこの目で見て、実感が湧いてきた。
ぎゅっと、購入したばかりの剣の柄を握りしめる。
うぅ……。慣れない。
一応、故郷でも木剣で練習をしていたけど、実際に
第一階層は樹々がたくさん生えた森林エリアだ。
通称『
じり、じりと周囲を警戒しながら一歩ずつ進んでいく。
いまの僕にできるお金を稼ぐ方法は
よしっ、まずはモンスターと戦ってみよう。
『グギャ、ゴギャ』
低い呻き声が聞こえてきて、足を止める。
目を凝らすと少し離れた木のそばに〈
小柄な僕よりもひとまわり小さな身体はくすんだ緑色をしている。おでこの両端から生えた短い角。口からは
はじめて見る
(あはは。モンスターのドロップアイテムを期待するのはやめとこうかな……)
そそくさとその場を立ち去ろうと
自分の現在地がわからなくては、せっかく支給された地図を見ても意味がない。
物音に
あとから思えば、初心者が足を踏み入れるには早過ぎる奥地にまで進んでいたのだろう。
樹々に紛れるようにして
「〈
大きな声を出しそうになって慌てて自分の口を塞ぐ。
ジャイアントツリー・ベアーは第一階層における最強モンスターと言われる。滅多にお目にかかることのない
もちろんFランクで初期装備の僕なんかが倒せる相手じゃない。戦いにもならず、一方的に
できるだけ足音も吐息も、音という音を消して今すぐに立ち去るべきだ。
でもただひとつ、僕の目を
寝息に合わせて揺れる
僕はバッグから貰ったばかりの
――――――――――――――――――――
《
【取引価格】二〇〇〇〇〇エルン
《説明》
新月の晩にしか実をつけないため、その存在はほとんど知られていない。
一度にひとつしか実らず、存分に栄養の行き渡った果実は糖度二〇度以上と甘い。
――――――――――――――――――――
二十万エルンが目の前にぶら下がっていた。
レアアイテムに目が
『すうぅ……。すうぅ……』
寝息だけで威圧感が凄まじい。この規則的な呼吸が途切れて、その目が開いたらと思うと頬を冷たい汗が伝う。
もう怪物とは目と鼻の先だ。
ごわごわとした、一本一本が針のような毛も、光沢のある黒曜石のような爪も
「頼むよ、そのまま眠っておいておくれよぉ」
つま先立ちで手を伸ばすけれど、輝く果実には手が届かない。
でも小心者の僕が勇気を振り絞ってここまで接近した以上、引き返すことなんてできない。僕が枝に手をかけて、届く所までよじ登ろうと
『グルルル、ギャオオォォォ』
てらてらと光る赤い眼とばっちり目が合う。
「えっと……ごめんなさい?」
凶暴なモンスター相手にそんな謝ったところで許してくれるはずもなく、
『グウワァァオオォォーーー』
と
「あわわわわ」
空気が震え、至近距離にいた僕の頬っぺたを揺さぶった。熊が起き上がるのを待つことなく、森の中へと逃げ出す。
(やっぱり冒険者が長生きするためには欲をかきすぎちゃいけなかったんだっ!)
泣き出したい気持ちをグッと
他の
樹々を抜けると正面にゴブリンの群れが現れた。が、僕は何を血迷ったか、ゴブリンたちの間を突っ切ることを選択した。不意をつけたからいいものの、下手したらゴブリンたちに捕まっていた。危険過ぎる行為だ。
クララさんに言われた冷静さはどこかに落としてきてしまった。
『グギャ?』
ごめんよ、とゴブリンたちに心の中で謝る。僕としても生きるために逃げるしかないんだ。
暗闇の森は視界が悪く、樹に身体のあちこちをぶつけ、
(どこか、どこかに身を隠せる場所はないか?)
まだ全然冒険をしていない。こんなところで死ぬわけにはいかない。
酸欠で
長い鬼ごっこのなか、森が終わり、
「うわっ! ほっ! おっとっと!!」
これを間一髪で
足場が崩れ、地面に大きな穴が開く。
どうやら下は空洞でそこを踏み抜いたらしい。(落ちる——)と思った時にはもう遅く、浮遊感に襲われていた。爪攻撃を避けた僕までも土や草と一緒に落下していく。
肝心のジャイアントツリー・ベアーはというと、巨体に似合わぬ大跳躍を見せ穴を飛び越えていく。
「嘘でしょ!? そんなのありかよぉぉぉぉ。絶対許さないからなぁぁぁーーーー」
穴を覗き込んだ熊に見下されるようにして落ちていく僕。夜の地下迷宮に捨て台詞だけが反響する。
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