子ども連れだけどダンジョンに入場できますか?

森ノ宮イロホ

最弱冒険者と怪物娘

プロローグ THIS IS MY LIFE

拝啓 故郷のお母さん。


 いかがお過ごしでしょうか?

 僕が故郷を旅立ってから、もう一か月になりますね。

 迷宮都市ルーナップは大都会です。モンスターと戦いながら、なんとか冒険者としてやっています。

 そして今日はひとつ報告があります。



「僕に……娘ができました」



――――――――――――――――――


――――――――――――


――――――



——ダンジョン。


 突如として現れた地下に広がる底なしの迷宮。

 それは日夜産み出される異形の怪物モンスターたちがうごめく魔境。


 命知らずの冒険者たちが誰も見たことのない、辿り着いたことのない最果てを臨むべく、鍛え上げられた肉体と磨かれた剣技・魔法を駆使くししてその最下層いただきに至らんと身を投じる、死と隣り合わせの世界。


 強力な怪物モンスターを倒して貴重なドロップアイテムを持ち帰れば一攫千金いっかくせんきん。敗れれば、道半ばでたおれていった幾多いくたしかばねのひとつに成り果てる。


 そんなハイリスク・ハイリターンなひりつく緊張感に満ちた場所であるはずなのだ。このダンジョンという場所は。



   ***



「はあ。こんなはずじゃなかったんだけどなあ」


 僕はもう今日何度目かわからないため息をついた。


 数メートル先の草はらでは幼女が〈打擲蝶ウィップ・バタフライ〉を追いかけている。真っ白いスカートが彼女の走るリズムに合わせてはためく。


「ぱぱ、ちょうちょ〜。つかまえるっ。つかまえるのっ」


 藤色に輝く長髪を揺らしたした幼子おさなごがそよ風吹く草原を駆けるさまだけを見れば、誰もここがダンジョンの中だとは思うまい。


 しかし彼女が走るすぐ近くには危険なダンジョンらしく地面を跳ねる粘液玉スライム一角鼠アルミラージといった小型モンスターが跋扈ばっこしている。


 ウィップ・バタフライと言えば、ストロー状の口をむちのようにしならせて襲い掛かってくる蝶のモンスターだ。その苛烈かれつな攻撃を恐れて、屈強な冒険者たちも容易には接近しない。

 けど、彼女はそんなことちっとも気にしていない。

 追いかけ回しては優雅に空を舞うモンスターに触れようと小さな手を伸ばしてジャンプしては、また走り出す。


「あんまり 遠くに行ったら、、、、、、、駄目だからねーー」


 その様子を少し離れた場所から微笑ましいと思いながら見守る僕。


 なんだろう。


 ダンジョンにあるはずの緊張感がちっともない。


 剣と剣がぶつかって奏でられる甲高い音やそれによって飛び散る火花も存在しなければ、ギラついた目つきで襲い掛かってくるような怪物モンスターもいない。


 ぽて。ぽて。


 まだ短い脚を懸命に動かして走っている。


 ぽて。ぽて。ぽて。


——ズシャアァァッ。


 あっ。転んだ。


 小さな身体が背の高い草むらの中に消える。


「うわあぁぁん。ぱぱぁ〜」


 再び姿を現した彼女は大粒の涙をこぼしながら駆け寄ってくる。そんなに走るとまた転びやしなかと見ているこちらがハラハラしてしまう。

 ダイナミックに転倒したものだから、純白のワンピースの胸のあたりにまでべったりと湿った土が付いている。


「うんうん。痛かったね」


「いたぁいの」


 泣きじゃくる彼女を膝の上に乗せてハンカチで鼻を拭いてあげる。


 握っていた手をゆっくり開いて、擦りむいた手のひらの具合を確認している彼女はムゥ・アスタリスク。僕、ロイ・アスタリスクの娘、ということになっている。


 僕はまだ冒険者になって日の浅い、新人冒険者ルーキーだ。


 田舎町から出稼ぎを目的としてこの迷宮都市ルーナップにやってきた。故郷では母と五人の兄弟と暮らしていたが、生活が苦しいので僕が冒険者になってお金をことにしたのだ。のだが……。


 ステータス欄を開いて見る。


 筋力、耐久、魔法、敏捷とある能力値ステータスの項目は軒並のきなみ低数値。素人に毛が生えた程度の最弱冒険者。ギルドの定めた等級は最低の『F』ランク。


 おまけに小さな子どもであるムゥとダンジョンに潜っているせいか、他の冒険者に陰で【子連れ探索者シーカー】と嘲笑あざわらわれている。


「まだ幼い娘を連れてダンジョンに潜り、モンスターの一匹も倒さないでアイテム採取ばかりする腰抜け」と。



 けど、彼女ムゥは僕の本当の娘じゃない。

 というか、僕は娘がいる年でもない。


 僕はまだ十八歳になったばかりだし、女の子と手を繋いだことだって……。ゴニョゴニョ……。



 ムゥとはこのダンジョンの中で出会った。


 その話をするには僕が冒険者になった日まで遡らなくちゃいけない。



——ずぼっ。(ムゥが何かする音)


「ん?」


「パパー、これなぁに?」


 ムゥの手に握られたカブのような植物。ただし、その植物には不気味なしわがれた顔がある。


「ちょっ! それ、マンドラゴラぁぁぁ!」


 自分でも驚くべきスピードでムゥの手からマンドラゴラをひったくると、宙へ向けてぶん投げた。


 奴が泣き出す前にムゥの耳を塞ぎながら、できるだけ遠くへとダッシュする。


「ああ! やっぱりこれは、僕が想像していたような冒険者生活ダンジョン・ライフじゃないっっ!!!!」

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