あまとう、若奥様と若旦那に呼び出される #ギャグではないもう一つのテーマ 【ガチ回】

「愛璃さん、少しお時間よろしいですか?」



学力テスト配信終了後、片付けを終えて帰ろうとしていると、あたしはマネージャーさんに呼び止められた。



「どうしたんですか?三浦さん」

「あまとう4人に、若奥様からのお呼び出しです」

「…………マジですか?」



その言葉に、あたしは少し驚いてしまう。

何せ若奥様は……この事務所の舵取りをしている、社長なのだから。



「若奥様優しいから大丈夫だと思うけど、もしかしてあたし達が暴走しまくることへの注意ですか?」

「何も考えず、室に行ってください」

「…………社長室じゃなくて、理事長室?」

「はい。つまり、そういうことです」

「ああ……なるほど。、完全に安心して行けますね」



頷いて、あたしは理事長室を目指す。







「4人揃ったね。みんなありがとう」



黒髪ショートの髪を整えながら、あたし達に話しかけてくる女性。

このいかにも仕事ができそうな人こそ、IAP1期生、若奥様こと若村わかむらつぐみさん。

そしてリアルでも、IAP社長の若村つぐみ。

…………そう。この人たち1期生は、VTuberでありながら本名でも活動している、稀有な存在である。



「それで、お話って」



無音のなか先陣を切って、まもりが口を開く。

それに対し、あくまで若奥様は柔らかに、優しい声音で告げた。



「大丈夫。そんなに緊張することじゃないことくらい、分かってるでしょ?」



普段の配信活動で暴走の極致を行く人とは思えない、聖母のような微笑みをする彼女。

窓から差す夕焼けに、純白の肌に、漆黒の髪が映えている。



だが、あたし達は知っている。

その髪が、自分のものではないということを。

その肌が、病室に閉じ込められていた暗示であることを。

それらは長く苦しい、闘病の跡だということを。



「みんなのお陰で、この事務所はさらに発展を遂げてる。

 みんなのお陰で、私も、2期生の3人も、もっと自分を曝け出せるようになった。

 今日はそれへの、感謝を伝えたくてね」



つぐみさんの言葉に、息を呑む。

この人たちが、先輩たちが、「もっとを曝け出す」ということがどれだけ重大か。

それを、あたし達は分かっているから。



「今日みんなに事務所で配信してもらうって決まった日から、この人ずっとうずうずしてたんだよ?早く感謝してぇよ、って」



そう言って、つぐみさんは隣を見やる。

そこに居たのは、つぐみさんの夫。

そして、この事務所の理事長、最高権力者。

あるいは、あたし達IAPメンバー全員のデザインを手掛けた、ママ兼パパ。



「本当に、お前らをスカウトして良かった」



声を発するのは、白髪の男性。

30代前半にして、色素を失った髪。

戦いの日々を感じさせる、細長い腕。

その中でも生気を感じさせる、強い瞳。

聖人という異名に相応しい、柔らかな雰囲気。



「完全に終わった俺の身体じゃあ、先のステージには進めねぇかもだからな」



そして、殆ど動かなくなった、左半身。

高身長を殺し、痛みさえ伝える、車椅子。



「お前ら4人は、俺の、若村希わかむらのぞみにとっての、希望だよ」



彼は―――IAPもう1人の1期生、若村希。

半身不随により引退を決めた、元VTuber。



「若旦那……」



あたし達は、言葉を紡げない。

この人の生きてきた歴史に、この人の開いてくれた扉に、この人が連れてきてくれた世界に、大きな恩があるから。



「だからお前ら」



悲壮感ある声色で言葉を紡ぐ若旦那。

夕焼けに染まる世界は、この世のものと思えないくらい幻想的で―――






「もーーーっとバカになっちゃいな!!!

 いまの10倍楽しく行こうぜ!!!

 新たなステージ楽しんじゃえバカ共!!!」






「「「「………………はい?」」」」



ノルタルジックな雰囲気をぶち壊す大声と高笑いに、呆気にとられるあたし達4人。

そして、陰で大爆笑している、若奥様。



「やー、もっと自分曝け出して狂ってもいいんだぜ?お前らには最強のファンたちがいるんだ、アイツらを信じろ。

 もう、昔のお前らじゃない。

 地の底でうごめいていた、お前らじゃない。

 自分らしく生きる場所は、俺とつぐみが、ファンたちが、与えてやれるんだ。

 あとは、思う存分、好きに生きやがれ」



ニヒルに微笑む若旦那。

それに対し、「やだもう!うちの旦那カッコよすぎるんですけど!?好き!!今すぐ抱いて!!結婚しよ!!いや結婚してたわ!!えへへ」とドチャクソイチャつきだす若奥様。



それに対し、あまとうの4人は…………






思いっきり、文句を垂れた!






「あたしの前でイチャつくな!!恩人だろうが関係ないわ!!爆発しろ!!とりま表出ろ!!」


「自分曝け出していいならなんでわたしに監禁配信の許可出さないんですか?早く愛璃ちゃんを縛らせてください」


「あの、私元気にやってるだけじゃないですか!!それの何が狂ってるんですか!?そもそも若旦那あの約束忘れてないですよね!?」


「…………明日の朝から明後日の昼間で連続病院勤務なの。早く帰しなさいよ」



四者四様の反応に、若旦那は心の底から笑う。



「あーもう最高。お前ら大好き。俺が久しぶりにやる気出しちゃうレベルだわ。てかやる気出すわ。

 お前ら、もう全員で結婚しろ」



そんな冗談に、あたしもおちゃらけて笑う。



「結婚ってそんな〜。だってあたし達女の子同士だし……」



しかし、周りの3人は何やらぶつぶつ言っていた。



「…………メス犬愛璃と一緒に暮らしたいし」

「…………愛璃は運命の相手でコスプレ素材」

「…………配信で公開告白されたもんねぇ?」



はっきりと聞こえた世迷い言、そして集まる視線の中に本能的に感じる、ガチ恋の匂い。



…………これってさぁ。薄々勘づいてはいたけどさぁ。




「(あたし、ファンじゃなくて同期にガチ恋されてんじゃないのぉぉぉぉッ!?)」




どうやら、江戸川愛璃のガチ恋計画は、前途多難なようです。

あたし、どうなっちゃうのー!?

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