第25話 流星群を観測したい

 日中、天候が荒れたために座学のフライト講座と室内実技を行ったけれど、夕刻には嵐も去り、すっかり晴れていた。


 夕暮れ時は、雨が空気中の埃まで洗い流したように空気が澄み渡り、夕日がとても映えて美しい景観を見せてくれる。


 オレンジ色の光が刻々と変化していくにつれて、美しく様変わりしていく景観を眺めながら、パパは叙情的に語り始めた。


「地面はびしょ濡れでぬかるんでいるけれど、空気が澄んでいるから夕日と映える景観が美しいなぁ? ここまで澄んだ空気はなかなか出会えないからな。気温も下がってかなり冷えそうだけど、こんな夜の星空は格別なんだよなぁ。思い出すなぁ。今日は遅めにお風呂かなぁ?」


 なぜか頬を赤らめながら話すパパ。


「そうねぇ。懐かしいわねぇ、あなた。あのときもこんな夜だったかしら?」


 パパの語りに絶妙な間を空けて、ママも懐かしそうに呼応するように語り返す。夕陽のせい? ママもほんのり頬が赤い気がする。


「なんか意味ありげな雰囲気を醸すお二人さん。さては特別なエピソード絡みなのでは? ぐふふ?」


「え? そそそ、そんなことは、って、あれっ? そう言えば、今日は流星群がたくさん観測できる夜じゃないか?」

「え? それって流れ星がたくさん見えるってこと? パパ」


 なぜかケインが落ち込んでいるような素振り。


「おぉ? そうだけど、マコトは星が好きなのか?」


「うん。詳しくはないんだけど、時間が許すなら星空ずぅーと見てられるよ? 神秘的だよね? 特に流れ星なら、流れの刹那、心をくっと掴まれて息を飲む頃にはもういない、その掴まれたところを持っていかれたかのような空虚感から、悔しくて次の流れ星を探し始めるの。次の流れ星なんていつになるのかさっぱりなのにね? たぶんその日その後はいくら待っても見つけられないのだろうけどね。だけど流星群だったら、たしか一晩に何百、何千もの流れ星が見つけられるんでしょ? もう見ないという選択肢はないよね?」


「あぁ、そうだな。パパも流星群は大好きだからもちろん見るつもりだけどね。でも大丈夫か? 多く観測できる時間帯は23時かららしいから、たくさん流れるのは深夜の1時以降になると思うぞ? 起きてられるの?」


「そ、そうなの!? ううぅーっ、見たいな、見たいなーっ、うぅ。見たいのに、絶対に起きてられない自信だけはある! 見たいよーっ、パパァ。どうしたらいい?」

「イルもです」


「おぉ、イルも好きなのか? 嬉しいね、みんなで星空家族だね? そうだなぁ、子供が深夜に起きてることは推奨できることじゃないけど、星空観測したい、という意志は大切にしたいしな? 流星群自体は年に数回は観測できる機会はあるけど、今日という日、流星群のタイミングはこれっきりだし、今日の空の澄みようは見逃してはいけないくらいの絶好のコンディションなんだよな? ママァ? 子供たちの就寝時間帯、今日だけ変則シフトにしてもいいかな?」


「そうね。ここで星空を眺められる機会もそんなに残されてないし、今夜のお空は見逃してはいけない気がするわ。それにみんなでお風呂に浸かりながら見る流れ星。忘れられない素敵な思い出作りになりそうね? 今から起き続けるのは、マコちゃもイルちゃもきっと無理そうだから、今から軽く食べて、歯を磨いて寝る! それで23時起床。起きたらそのままお風呂に直行! ジンと私は22時。それで良いわね?」

「「「異議なーし!」」」


「あの? 私は何も言ってもないし、聞かれなかったけど、私も参加かしら?」

「あぁ、そう言えば聞いてなかったわね? 別に強制でもないからいいわよ。じゃあ、ケイン抜きで楽しみましょう」


「え? あ、参加しないとは言ってないわよ」

「えぇ? じゃあどっちなの? もう」


「じゃあ、参加で。私だけ参加しないのは寂しいじゃない」

「あぁ、なぁんだ、聞いて欲しかっただけなのかぁ。もぅ、かまってちゃんなのね?」


「ううぅ、だって二人のエピソード聞きたかったのに流星群のせいで流されたじゃない」

「あれっ? そうだったっけ? というか、ただ、拗ねてただけじゃない。もぉ!困ったオトナだねぇ?」

「そ、そんなことは……」


「まぁ、まぁ、今夜話してあげるわよ、たぶん」

「ほんとう? 約束よ!」

「わかったわ。その代わりにあなたも22時よ。起きなかったら置いてくからね?」

「ハーイ」


 ひとまず仮眠することになったけど、手早く小腹を軽く満たすことになった。

 こんなときは、買い置きのカップラーメンが登場するのかな? っと思っていたら、パパが名乗りを上げた。


「小腹対策もそうだけど、手っ取り早く作れてあっさりしてて、消化もいい方が嬉しいよね? それならオレが作ろうか?」

「やったぁ! 嬉しい! ありがとう。まかせるからよろしくね」

「おう! 任された!」


 ジャーッ、ジャカジャカ、キュッキュッ。

 カチャッ、じゅぽっ、しゅぅー…………

 クツクツクツ、ジャラン、ジャカジャカ、クツクツ…………


「え? なになに? パパが作ってくれるの? パパ、料理なんて作れたの?」


 ジャッ、ジャッ、ジャッ。


「あぁ、これでもママと出会う前は自炊してたからな」


 ……………………

 カチャカチャ、ザン。


「できたぞぉ。温かいほうが好みならこの鍋からよそってな?」

「久しぶりね~、パパうどん?」


「早っ。あっという間にできちゃったね。ぁあぁ、パパが作るうどんだから、パパうどんなんだね? わぁー、麺がツルツルピカピカで美味しそう!」


 パパは、ハッと気付く。日本の麺類は箸を使って食べるのが常識だけど、新しく加わった二人はおそらく使えない。しかしフォークでうどんは食べにくいよね?


「ケインとイルはお箸使えたっけ?」

「イルは使ったことないです。箸を使うのって難しいんですか?」


「そう言えば私もないわね。あ! 違う。使う場面はあったけど、うまく使えなくて、イライラしてきたから諦めてフォークに持ち替えたんだった」


 使えないことが確認できたが、ここは是非とも使えるようになって欲しいところだ。たぶん日本に行ったら困るよね?


「あぁ、イルは初めてなんだね。これから日本に行くから今のうちに覚えちゃえ! ケインもね?」


 マコが箸の持ち方、使い方を簡単レクチャー。


「イルぅ、箸はこんな風に親指で挟み込んで、片方はこんな感じに固定、もう片方をこんな感じで器用に動かせればOKだよ?」

「ありがとう、マコちゃん。こんな感じ? うーん、力の入れ加減が慣れないけど、こんな棒がこんなにも器用に動かせるのは驚き?! 発明した人はすごいね?」


 イルは自分が初めて出会う所作の一つ一つに驚きが止まらない。つゆに入れる薬味の粒を摘まんでは、目を丸くしながら感心する呟きが零れ落ちる。


「ただの二つの棒なのに、こんなにもきめ細やかに扱えるなんて驚きよね? もしかして、これが日本を経済大国へと押し上げた秘密の一端なのでは?」


 イルの驚き具合はおもしろいし、呟きもしっかり聞こえたけれど、まぁ、慣れればなんてことはないと気付くだろうからいったん放置。ケインはあたふたしている様子。


「おぉ、イル、なかなか器用? アハハハ、ケインは苦労してるね? 箸の片方は固定する感じだよ。もう片方はほら? こことここで固定した状態のまま動かすんだよ?」

 ケインに箸の扱いを分解解説する。


「箸は使えそうかな? 温かいほうは鍋からよそって、冷たいほうならこのボトルからお椀に注いでね? 好みに合わせて薬味を入れたら、あとは麺を適量掬ってお椀に入れて啜る。わかったかな?」

「「はーい」」


「さあ、食べよう?」

「「「「いただきま~す」」」」


「あぁん、麺が逃げてくぅ。も、もどかしいわ」

「アハハハ、ケインは箸先の長さが揃ってないし。それに箸と箸の可動面がズレてるよ。それじゃあ何も掴めないよ。アハハハ。最初に揃えて、カチカチって、箸の噛み合わせを確認してごらんよ」


「あれっ? ホントだわ? 噛み合ってなかったのね? あぁ、掴めたわ。きゃー、なんかとてつもなく達成感。ありがとう、マコちゃん」


「美味しいね、これ。これをうどんというの?」


 イルの問いにママが答える。

「そうよ。でもふつうは、うどんは丼に入った温かい汁物で、暑い季節に茹でたうどんの水を切ってザルに持ったものがザルうどんね。お店なら一食ずつザルに盛られるの。今は家族まとめてで、面倒だから、大量に盛った状態なのよ。日本に行ったら美味しいうどん食べに行きたいわね?」

「うんうん、楽しみーー!」


「うーん、でもうどんってシンプルで素朴な食べ物だと思うけど、なんとも言えない美味しさがあって、さらに和風のつゆがまたまた何とも言えない風味や味わいを纏って、うーん、表現しづらいわね? これが和テイストというものなのかしら?」


「そうだな。和食は大体そういう感じなのかもしれないな。素朴な素材のそれだけでは目立たない、主張しない旨さを、ダシや醤油といった日本独特の調味料が上手に引き出してくれた結果、独特かもしれないけど、素材を活かした上での調和のとれた料理に昇華させた感じなのかな? 言葉にするのは難しいけど、そこに気付いてくれたのは、日本人としてもちょっと嬉しいな? ケイン」


「あら? 誉められたのかしら?」


「そ、それだ!」

「え? イル? どうしたの突然大きな声を出して」


「あっ、ごめんなさい。今のパパのお話。素材から本来の旨さを引き出そうとする、日本の和食料理人の、たぶん果てしない研鑽の末に導き出す、和の味覚。その在り方はおそらく他の国の料理人とは方向性が少し異なる日本人独特の尊い精神性のうえに成り立つものではないかと思うの」


 イルは続ける。

「今ようやく気が付けた、といえるほど見つけにくい、そんな尊さだけど、イルは実はそれに近しいものを既に知っていたみたい。それは今日、お母さんたちが帰ってくる少し前の話で、私なんかの浅はかな考えなんだけど、耳を傾け理解し、きちんと評価して、さらに発展させてくれようとする。さらにそこからイルの資質を見抜き、イルにとっての最善を考えた上で、新しい選択肢を与えてくれる。パパはイルの中から、どんどん可能性の扉を開いてくれようとするの。物言わぬ料理素材と、言葉にはできるのに自分の殻に捕らわれて身動きができなくなっていた私。そこから、自分でも気付けなかった私らしさを見出してくれたパパ。とても似ていると思ったし、そんな行いの尊さ。とても染み入ります」


 また思い出したようにイルは続ける。

「ああ、そういえば、前に話したマコちゃんの『状況を聞き取り、本質を見定め、解決案の糸口提示から、皆を等しく本質理解させ、現状打破へと思考する土壌へと引きずり込んだ上で、解決策を吐き出さる』という特徴も、根底にあるのは同じもののような気がしてきたわ?」


 イルの脳裏には芋ずる式に次から次へと情景が浮かび、掘り起こされるようだ。

「あぁ、ソフィーもそうよ。いつもは優しい眼をしているのに、事あるときの眼光は鋭くて、状況を見通し整理したプランを説明した上で、必ずどうしたい? って聞いてくれる。あぁ、それを言うなら、お母さんの『頑張った』とパパの『頑張ったね』が同じ大きさという話も、根底は同じかもしれない。もうとっくにそんな尊さに触れていたのだわ。はぁー。なんて鈍いのかしら、私って」


 ひとしきり言い放ったイルは最後に付け加える。

「和。日本人に眠る魂。奥ゆかしくも尊い存在なんだわ。イルは俄然、日本と日本人に興味が沸いてきちゃった!」


「ありがとう、イル。日本人が誉められているようで嬉しいよ。うん。日本は良い国だと思うよ。だけどイル? 今度日本に連れて行くけど、国も人もいろいろあって、多くはイルが思い描くようなものではないと思うから、ガッカリするかもしれないよ? 特に今は平和すぎるからか、いろんな人がいて、嫌なやつも悪いやつもたくさんいるからな。ただ、少数派かもしれないけど、イルの求めるものはどこかで確かに息づいているとは思うけど」


「あー、うん、わかっています。パパみたいな人がたくさんいたら、それはそれで怖いですよ。それに、そういう多様な人間模様があることは、当然想定しているけれど、それでも表面には現れない潜在的な傾向的ななにかはもしかしたら垣間見ることができるのでは? っというような淡い期待があってて、それを検証してみたいなって思っているんです」


「イルちゃ、あなたはすごい子ね? マコちゃがドヤ顔するのもわかる気がしてきたわ。本当にケインの子なのかしら?」


「あら失礼ね? 私も子供の頃はなかなかスゴかったわよ? 神童現る、なんて言われたこともあるしね。結婚してからよ。周りのことに構ってられなくなって、母が亡くなってからはもう日々の生活に追われて、それ以外のことなんて、どうでも良くなったもの」


「あらそう。軽い冗談のつもりだったけど、本当に失礼だったわね。ケイン? 事情も考えずにごめんなさい。今のあなたはとても生き生きしているように見えるから、私もうっかり失念していたわ。本当にごめんなさい。それにこれからは生活の心配は必要ないから、充分に満喫してほしいわね。ただ、お願いしたいお仕事は頭も使うし、かなり忙しいから覚悟しておいてね?」


「わかってるわよ、冗談ってことぐらい。だから、こちらこそごめんなさい。私も冗談のつもりだったから。そもそも、あなたたち大恩人に文句なんてあるはずないし、そんなことを本気で思う人たちじゃないってわかってるもの。それに新しいお仕事、全力で頑張らせて貰うわよ? ソフィアこそ覚悟しておいてね? うふふふ」


 慌ててパパがケインに近寄り耳打ちする。

「ちょ、ちょっと、ケイン? ソフィアはあんまり挑発しないほうがいいよ?」

「え? 私はイルの母親だもの。私だって優秀なことを示さないとね」


「あ、うん、それはそうでいいんだけど。ソフィアはね、優雅そうな佇まいと、時折オッチョコチョイな行動を見せるから、もしかしたら緩そうに映るかもしれないけど、かなりの天才頭脳なんだよ?」

「え?」


「消息不明の扱いになった16歳から学校には行ってないけど、飛び級でとっくに高校卒業してて、大学も卒業手前までいってるんだ。だから舐めてかかると痛い目をみるのはケインのほうだよ?」

「ええぇ! そんなところも規格外なの?」


「うん。果てしなく」

「あちゃー、始める前からしくっちゃったのね? 私」


「うん。まぁ、でも、始まる前に伝えられたから良かったよ。まぁ、ソフィアは勝ち負けみたいなところに固執したりしないから、たぶん大丈夫。そこら辺を踏まえて実力を発揮してくれれば、自然に信頼関係も芽生えるだろうし問題ないよ」


「こらこら、ジン? 何を入れ知恵してるの? せっかく楽しい場面を迎えられるところだったのに」

「いや、まぁ、あははは、あぁ、マコトとイルは食べ終わったのなら、片して歯を磨いて早く寝なさい」


「うん。でも面白そうだからもうちょっと見てる」

「イルも見ていたいな」

「そ、そうか? まぁ、ほどほどにな?」

「うん、わかった」


「あらら、ソフィアってば、余裕綽々な態度。うーん、頭脳勝負でも敵いそうにないか。ジンさんの言ってることは本当みたいね?」


「あら? そんなことはないわよ? ジンが何を言ったのかわからないけど、確かに考えたり記憶したりの基本スペックでは誰にも負ける気はしないけど、私に圧倒的に足りないもの、それは実務経験なの。だからケイン自身のハイスペック×実務には相当期待しているわ? あなたが頼りなのよ」


「あははは、おだてるのもうまいときたか? 心配しなくても私の能力のすべてをあなたに捧げるつもりでいるわ。存分に頼ってね? それに私が生き生きとしているように見えたのなら、それはあなたたち親子のおかげだもの。いくら言っても言い足りないくらい、感謝してる」


「うん。恩を売るつもりは毛頭ないから、もうそれはそんなくらいで良いわよ。それとトゲトゲした言い争いは望んでいないけど、ひりひりとした魂をぶつけ合うような激しい討論なら歓迎よ? 長引くのはしんどいけど、それ以外ならゾクゾクするでしょ? それに互いの主張をぶつけ合った結果なら、信頼に足るものが得られると思うもの。その際どっちが勝ったかなんてのもどうでもいいわ。私が期待する楽しい場面ってそういうことなの。あなたとなら、そんな心の肝からぶつけ合いができそうな気がして楽しみなのよ。だから萎縮も手抜きも要らないわ。本気でぶつかり合いましょう?」


「わかったわ、そういうことなら、改めて覚悟しておいてね? 結婚する前までの仕事では、辛辣な手腕が定評だったのよ?」


 プルプルプル。

 ママは小気味よく身体を震わせる。


「そ、それよぉ! あぁ、ゾクゾクするわぁ。楽しみね。仕事を始めるのが待ち遠しいわ。ジンとは意見を違えることが一度もなかったから、本当に久し振りだわぁ。仕事といえるかわからないけど、王室のときは、頭ガチガチの大臣たちを相手に三日三晩、不眠不休で理論武装で戦ったものよ?」


「あら? もしかして私、またもしくっちゃったかしら? 火に油を注いだ感が強いのだけれど……」

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