第23話 フライト講座

「今日は天気が悪いね。雨だけじゃなく風まで強くて外の修練には向かないから、中でできることに切り替えようか? そうだな? 空を飛ぶ、ということに関わる修練のための座学にしよう! さしずめ、『フライト講座』といったところかな?」


 パパはそう言って、おうちで授業のようなことを始めた。今日、ママとケインは忙しいらしく、対象はマコとイルだ。


「うーーんと、そうだなぁ。未就学児や小学生には難しい話になると思うけど、飛ぶなら知っておくべき知識の基礎になるから教えてみるよ。まぁ、難しさはできるだけ排除するつもりだから」


「いーよ、どんとこいだよ、パパ」

「イルもきっと大丈夫。た、たぶん」


「お? 頼もしいね。じゃあ始めるけど、たぶん高校の数学や物理で習うのかな? ベクトル、力の合成や分解で、よく矢印を使って方向と大きさを表現するのだけど、重力とか揚力とかの釣り合いを表す方法について、少々お話しようか。マコトにはうっすらと話した内容だけど憶えてるかな?」


「うん、数式的なことはよくわからないけど、矢印での力の均衡は考慮必須だからなんとなくわかってるつもりだよ? まぁ、図形的理解だけどね」

「まぁ、これはイメージ的な理解で充分だから、そんなものかな? イルはなんとなくわかりそう?」


「たぶんイルの理解とそう違わなそうだと思う」

「そっか、了解。じゃあここからがたぶん初めての領域になると思うけど、進めるよ?」

「「はい」」


「まず正三角形ってわかる? あと角度の360度ってわかる?」

「どっちも知ってるよ。3辺が等しい三角形、3角も等しく各60度の三角形、時計の針が一周する角度が360度」

「イルも同じ理解です」


「OK、2人ともさすがだね。当然イルもまだ習ってないんだろ?」

「一応小学校で習う分の教科書は、入学前に一通り読んだから大丈夫なの」

「やっぱり魔女の血筋はすごいのかもしれないな?」

「そ、そうなんですか? でもイルはお母さんを助けたくて、がむしゃらに頑張ったつもりだったけど、魔女ならふつうのことなんですね?」


「あ、ごめんごめん。そういう見方で言ったわけじゃない。魔女だって何もしなければ、そんなにすごくはなれないよ。イルが相当頑張ったことは前にも聞いてその凄さは知ってる前提だよ。でもね、魔女以外の人はいくら頑張っても、絶対に越えられない壁があるんだ。それは魔女であっても相当に高い壁のはずたよ? それを軽々と越えていったイルの頑張りは賞賛に価する。本当によく頑張ったんだね?」


「あぁ、前にお母さんを労ってくれたときと同じなのね? ジンさん、ううん、パパはたぶんイルの努力の大きさがどれくらいかわかった上で言ってくれているんだね? イルのほうこそパパの理解の深さがわかってなかったみたい。ごめんなさい。」


「アハハハ、パパの知識とか理解力、分析力なんかはもうすごいのが当たり前なんだよ? 思いやりの深さもね? だから、気にすることないよ、イル」

「むぅ。理解したけど、マコちゃん? ちょっと考えるの放棄しすぎじゃない?」


「あー、だって考えても仕方がないし、それよりも今の目の前のことに集中すべきかな? って。それに放棄はしてないよ? 今は心に留めといて、そのうちわかるときが必ず来るから、そのときに、あぁ、なるほど、って思うんだ」

「そういう考え方なのね? うーん、イルは疑問があれば放置できないから、まぁ、今は置いとくけど、パパのそんなこんなを目標にしなきゃ、って思う。がんばるぞぉ」


「まぁまぁ、時間が惜しいから進めるよ? それでね、三角関数というのがあって、ざっくり言えば、直角三角形の直角じゃないある頂点の角度に対する2辺の長さの比率の関係を表すものなんだ」

「「ふーん」」


「アハハハ、やっぱりキョトンとしちゃうよね? じゃあ正三角形を置いて、頂点から真っ二つに等しく分けた三角形、イメージできる?」

「うん、30度、60度、90度の直角三角形」


「そうだな、その頂点をそれぞれ角A、角B、角Cとして、角Aが左下、角Cが右下、角Bが右上になるようにイメージしてみて?」

「うん、イメージできた」

「イルも」


「じゃあ、三角関数の代表的な関数は、サイン、コサイン、タンジェントの3つ。それぞれの頭文字はS、C、T。その小文字の筆記体ってわかる? あぁ、その書き順もね?」


「わかるよ。あぁ、書き順って、もしかして、sは辺ABと辺BC、cは辺ABと辺AC、tは辺ACと辺BCを指してるんじゃない?」

「おぉ、さすがマコは察しが良くて助かるよ。その辺の順番も大事だよ? イルはどう?」


「あぁ、文字の形と書き順と、図形を重ねるのですね? イルも理解しました」

「イルもさすがだね。さっきの書き順の一番目が分母、次が分子になるわけだ。だから、サイン30度は、1/2で0.5になる。わかるかな?」


「うーん。仕組みはわかった。でもそれがどうしたの? って感じ。何が嬉しいの?」


 パパはホワイトボードに描きながら説明を加える。


「うん、まぁ、そうだよね。じゃあ、今度は円を思い描いてみて? それと円の中心oを通るX軸とY軸の線も。……そこにさっきの直角三角形の長辺が半径で角Aが中心点o、辺ACがX軸上になるように。こんな感じ?」


「ん? おぉ? なるほど。円周上の任意の点から下ろした垂線を辺とする直角三角形が出来上がる、ということと、これ、もしかして力の成分もこんな感じになるってことなの? パパ」

「え? え? どういうこと? イルわからない」


「おー、マコトは空飛ぶのに力成分を意識し始めているから、理解が早そうだな。イルは今はまだわからないのが当然なんだから気にすることはないよ。空を飛ぶということは、重力に釣り合うだけの揚力が必要となる。飛行機の場合、翼で生み出すわけだけど、水平直線飛行で釣り合いが保てている状態は、この円の半径分の重力が下向きにかかっているとすると、揚力はこの上向きの力の大きさで釣り合っていることになる。ここまではOK?」


「うん、大丈夫」

「イルも大丈夫です」


「よし、続けるね。この状態から旋回するとき、図のX軸を翼と見立てると、中心点oを中心に左に30度傾けば、この三角形の長辺か重なる。反対側にも線を書いとくね。今、翼に着目していたけど、飛行機の上下方向に重なっていたY軸の直線も同じ様に傾けた線を加えると、さっきの直角三角形と同じ形が90度回転した位置にも描けるよね? ここから何がわかるかな?」


「はい!」

「よし、マコト言ってごらん?」


「はい、重力は常に一定の力が真下に向かっていて、飛行機が傾いて旋回方向への力が生まれると同時に揚力の上方向の力成分が減るから、飛行機はその分沈んでいく」


「うん、正解。バッチリだね。イルはどう?」

「はい、そういう捉え方をするんですね? すごく面白い。力成分かぁ。でもそうなると沈んでいくから、上向きの力を足す必要がありますね? あれっ? そうすると飛行機にとっては斜め上向きに力を加える? あれっ? なんかこんがらがっちゃった?」


「アハハハ、そうだね。上成分だけを補正する、って考えるといろいろと複雑になりそうだね。その前に、順序が逆になったけど、飛行機の操縦系統の説明をしようか」


「やった!面白そうだね?ワクワク」

「イルもよく知らないから楽しみ!」


「そ、そう? そんなたいした話ではないけど、実際には飛行機を制御する装置はいろいろあるよ? でも、戦闘機やヘリコプターの場合、基本的には操縦桿コントロールスティック方向舵ラダーベダルとスロットルの3つを使って操縦するんだ。それ以外の民間機なんかは操縦桿の代わりに操縦輪と呼ばれるハンドルみたいなものになるけど、そっちは詳しくないから割愛するね」


 こういう話は、飛行操縦士パイロットに憧れるマコにとっては、ワクワクドキドキものだ。けど、イルは初めての事柄だからか、まだ興味が薄いようだ。


 パパは本をおもむろに取り出し、操縦席の図解入りページを開いて見せる。


「で、どう操作するかというと、スロットルで推進力となるレシプロまたはジェットエンジンのパワーコントロール、車のアクセルと同じようなものだね」


 近くにあった飛行機の模型を右手にとって、左手のエアスロットルの操作で右手の飛行機が加速するジェスチャーを見せる。『グォーッ』みたいな軽い効果擬音付きだ。


 今度は飛行機を左手に持ち替える。


「スティックの前後操作で水平尾翼を制御して機首の上下ピッチ、ピッチコントロール」


 右手のエアスティックの前後操作に合わせて、左手の飛行機も急降下急上昇。人が乗っていたら激しいブラスマイナスのGで吐いちゃいそう、ハハハ。『ヒューンッ、ゴゴゴッ』だって?


「スティックの左右操作で旋回するための主翼の補助翼エルロンを制御するロールコントロール」


 今度はエアスティックの左右操作に合わせてしなやかに旋回。『シュィーンッ』だって? お? エルロンロールしたぁ? あ? イルの目がちょっぴりキラリ。


「ラダーベダルの左右の踏み込み操作で垂直尾翼を制御するヨーコントロール」


 両足に視線をやる。左右のエアペダルの踏み込みで飛行機はなんともいえない微妙な機動。イルも少し不思議そうな表情だ。


「こんな感じに右手でスティック、左手でスロットル、両足でラダーベダルでそれぞれ操作するんだ」


「構造を考えれば、舵の動き的に車のハンドル操作に近いのはラダーベダルの操作。だけど車ほどの効果はないし、なんとなく気付いたかな? 舵は効くのだけど、飛行機の向きは変化しても、実際の針路が変わるには時間がかかるんだ。それまでは横滑り感がすごくて気持ち悪いよね? だから飛行機では進路を変えるのに機体を傾けて旋回する、という操作が主流になるんだ」


 んーん、なんか違和感が……。


「車は地面に接地しているから飛行機みたいに傾けないけど、接地しているからこそ、タイヤがグリップして機敏に曲がることができる。その代わりに横方向の遠心力による横Gもすごいけどね」


 それはよくわかる。車に乗っていたらよく体験することだから。


「飛行機に乗ったことがあればわかるけど、飛行機では、横滑りの感覚を味わうことはほとんどないはずなんだ。人が気持ち悪いだけじゃなく、いろいろな理由から機体は横方向に強く造られてはいない。飛行機は特殊な場合を除いて進行方向に正対し、進行方向に進むことと、それを軸に回転するモーメント以外で、力が加わるとしたら、それは飛行機の真下方向のみ。これが原則なんだ」


「はい、質問です!」

「違和感が半端ない顔だな? 言ってごらん?」


「飛行機の構造上、横方向の力に強くないことは理解したけど、上下のピッチコントロールと左右のヨーコントロール。どっちも水平と垂直の尾翼を操作するんでしょう? けれど、同じ尾翼なのに上下はダイナミックに制御できるのに、左右は効くんだか効かないんだか微妙な感じがしてならないの。旋回するのに軸回転のロールコントロールを主に使うのなら、そもそも垂直尾翼のヨーコントロールなんて必要ないのかな? って思うの」


「うん、とっても良い質問だね。オレも飛行機を操縦するまでは方向を変えるのはラダーだと思っていた。でも実際は違ってて、だけどそれを的確に説明している文献はたぶんあんまりなくて、経験を元にしたオレ個人の考え方が主体となるから根拠の薄い話になるんだけど、その前提で聞いてくれるか?」

「うん、それでいいよ」


「まず尾翼。どちらも同じように効いて、上下、または左右の方向に影響を与える。まぁ、尾翼は梶を切った反対側に飛行機のお尻を滑らせる。素早く効くけど、そのくらいの効果しかないと思ってくれ」

「え? そんなもんなの?」


「うん。だから、垂直尾翼により機軸の向きが変化するけれども、対抗流となる空気の流れは、ズレた向きのまま流れる。このズレの分、推力が遅れて効き始める。そのうち飛行機の針路にも影響が生まれる事になる。このタイムラグ、時間の遅延はけっこう大きく直ぐには効果は生まれないから、横滑り状態が続くことになる。」

「なるほど、それがなかなか進路変更されない理由ね?」


「一方、水平尾翼の場合は、機軸のズレはそのまま主翼の迎え角の変化となるから、機軸の向きの変化で生まれる対抗流の変化に即、主翼が影響を受けて、機軸ごと上下方向に影響を与えていく。もし主翼がなければ、おそらく水平尾翼も垂直尾翼と効果は変わらなくなると考えている。検証したわけではないけどね」


「なるほど、その考え方なら挙動の違いにも納得がいくね。じゃあ、やっぱり垂直尾翼のヨーコントロールの必要性は……」


「あぁ、そうだったね。必要性でいうと、レシプロ以外の基本的な飛行状態の操縦では、横滑りの補正の他にあまり操舵することがないのは事実だと思う。けれど、地味に重要ではある」


 ほうほう。


「まずレシプロでは、プロペラ後流とトルク効果などの補正が必要なため、設計時からある程度の調整がなされているんだけど、飛行状態による変化には、さらに補正のラダー操舵が必要となる。詳しくは割愛するけど、プロペラ後流はプロペラにより後方に押し出す空気の流れが機体表面を螺旋状に流れて、主に尾翼に与える影響のことで、トルク効果は、エンジンがプロペラを回す力の反作用により機体を反対方向に回転させようとする力のこと。そんな補正のためのラダー操作が必要となる」


 レシプロ、難しそう?


「レシプロに関係ない部分として、空中における通常の飛行操作では意識する必要がないけど、こと地上などの固定物を考慮しなければならない場合、例えば着陸など。そのような状況下では、ラダー操作が重要となる場面が出てくる。それは横風状態の着陸進入の場合で、着陸するために滑走路に合わせる必要があり、対処法としては2種類の方法がある。一つはクラブメソッドと呼ばれ、横風を打ち消すだけ機種方向をズラした横這い飛行みたいに進入して、着陸寸前で機種方向を滑走路に合わせる方法。小型機の場合、クラブのままで接地すると脚が壊れるからね」


 横這い、だからクラブなのね?


「もう一つはウイングローメソッドと呼ばれるもので、横風を打ち消すためにバンク角を入れ、そのままでは旋回してしまうから、しないように敢えて逆方向のラダーペダルを当てる。意図して作り出す横滑り状態になるけど、機軸の向きと滑走路の向きが一致しているから、そのまま片車輪ずつ接地していける利点がある。ただ横風が強すぎてバンクが深すぎると翼を損傷する危険性はあるけど、そんな天気ではそもそもフライトはできないけどね。そんなわけでヨーコントロールは地味に必要な制御装置なんだな」


「なんかウイングローメソッドってカッコいい響きだね?」


「うん、進入の仕方もそうだけど、着陸まで決まるともっとカッコいいと思うよ? まぁ、ウイングローメソッドは着陸まで精緻なコントロールが必要だから、クラブメソッドのほうが気は楽だと思うけどね。エアボードで進入するときも、横風のあるシチュエーションならどちらも応用できる手法だから覚えておいて損はないと思うよ」


「なるほど。今度練習してみたいな」

「そうだな。でも、風が強くないとできないし、そんなときの風は着陸直前でかなり乱れるから危険でもある。だからもっと練度を上げてからだな?」

「はーい」


 パパは飛行機の模型を持って説明を始める。


「で、さっきのイルがこんがらがった話に戻るけど、水平直線飛行ストレートアンドレベルフライトから、30度傾けば旋回を開始するけど、揚力の上成分が減った分だけ沈むことになる。こんな感じかな?」


 旋回しながら降下していく状況を図解と模型で実演してみせる。


「この状態で上向き成分だけを補う操縦とは、こんな感じ? ピッチを少し上げて、右ラダーベダルを少し当てる感じかな? 横滑りが発生して少し歪でしょ? 作図の上でも横滑り状態がわかるよね? ちょうどさっきのウイングローメソッドに近い操舵になるけど、上空でわざわざやる必要はない操舵だよね」


「あぁ、イルはおバカな疑問を持ったわけか。ごめんなさい。余計な時間をかけちゃいましたね?」


「いやいやそうじゃないよ。とっても重要なところに気が付いてくれたから、ちょうど良かったよ。逆に手間が省けたかも?」

「えっ? そうなんですか?」


「普通の飛行形態では横滑りしないように飛ぶ必要があるけど、そのための教育や訓練を受けたわけではないマコトやイルには、スンナリと理解はできないと思ったから、どう違うのかを気付いてもらう必要があった。だから、まぁ、想定通りの結果なんだ」


「アハハハ、パパはこういう人なんだよ。とっくにシナリオはできていて、その上で踊らされるの。その結果、最短距離で習得できるんだから驚きだよね? まぁ、そのうちイルも慣れるよ」

「そ、そうなんだ。よかった。ほっ」


「ちょ、ちょっと待った! なんか悪そうな響きに聞こえるんだが? それに特にシナリオなんて考えてないぞ? 目の前のマコトやイルが何かに躓く様子が手に取るようにわかるから、そこを解きほぐそうと……」

「……あ、いや、そうだな、躓くポイントはある程度予想が立っていて、そのときの解決パターンも多少予測しているから、コレをシナリオと言われるならそうなのかもしれないか?」


「ありゃ? 気付いてなかったの、パパ? 機知に富むくせに、自身の機微に疎い、パパもけっこう天然なんだね、アハハハ」


「アハハハ、って、何? この敗北感? なんかマコト、ママに似てきてない?」

「天然対決ですか? 仲良い親子で羨ましいな」


「イルもケインと仲良いじゃない。それにパパはマコがママに似るのは嬉しいでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「はいはい、脱線はそのくらいで……ね?」


「アハハハ、だよね~?」

「そうだな。イル、ありがとう」

「いえ」


「じゃあ、話を戻して、今度はGの話が加わるよ。まず旋回する前の水平直線飛行ストレートアンドレベルフライトは、直進状態で、重力と揚力が釣り合った状態、これを1Gといって、地上に立っているのと同じ状態になるんだ。地球の重力加速度を基準にするから、それと等しい1倍の重力加速度=1Gってわけさ。ちなみに0Gは無重力、浮き上がるのはマイナスG」


「Gって言葉? 単位? は、エレベーターやジェットコースターで感じるあの感覚を表現するのに、ふつうにみんな使うから、なんとなく理解してたけど、そういう基準の数値だったんだね?」


「その状態から旋回すると揚力の上向き成分が減ることに対しては、飛行機の場合、操縦桿をそのまま後ろに引く操作をするんだ。すると傾いた飛行機の直上方向に向いた揚力のベクトルが重力に釣り合う垂直成分になるまでそのまま伸びるかたちとなる。このときの直角三角形もそのままの形で大きくなった、相似形となる。あっ、相似形はわかる?」


「あ、うん、知識として知ってたけど、こういうのを相似形って言うんだね? 今、知識に中身が入った感じかな?」


「このとき旋回内側への力も強まることになるけど、この状態が30度バンクの横滑りのない水平旋回レベルターンになるんだ。このとき、増加した飛行機直上方向のベクトルと重力との比率がそのままGの大きさとなるから大体1.2Gくらいかな? これは計算でも出せるけど、この作図のほうがたぶん直感的にわかりやすいだろう? ちなみに60度バンクの水平旋回がちょうど2G。そんなに大きいGではないけど、ずっと旋回し続けるとけっこう辛くなるかもしれないな?」


「ちょっとゾクゾクするね?」

「うん」


「ここでさっきの作図をしてみると、60度バンクのときは、ほら、揚力成分がこんな感じ。どれくらいかわかる?」

「あ! 正三角形の半分の形だから、揚力も半分だ」


「そうだね。じゃあ、沈まないために操縦桿を真っ直ぐ後ろに引くと、相似形がちょうど2倍の大きさになるから……」

「あ、あぁー、だから2倍のGになるのか!」


「そう! 最初に話した三角関数を覚えてる? このバンク角の計算で使うのはコサイン。コサイン60度は1/2。だから釣り合うためには2倍のGが必要になるんだ」

「へー、ほー、すごいね。だから計算で出せるって言ったんだね? でもこの形はわかりやすいからいいけど、微妙な角度だとわからないかな?」


「そうだな。オレもわからない。でも三角関数の換算表もあるし、今は関数電卓で計算できるから楽だよ。それに代表的な角度だけ知ってれば、それを基準にだいたいの予測ができるだろ?」

「なるほど! そういうことなんだね。計算ではじき出せるなんて。数学? 物理? スゴいんだね? ちょっと興味が沸いてきちゃった」


「イルも。まだ理解半分だけど、学問の世界ってスゴいんだね?」

「うんうん。いい傾向だな? まぁ、実際にはもっと難しいこともたくさんあるんだけど、今の図形的な理解が重要だし、飛ぶことへの理解が深まっただろうから、今はそれで充分だよ」


 そうやって、マコとイルが航空力学に一歩踏み入れたことを確認したパパは、もう一歩だけ、話を進める。


「それからGがかかるほどの負荷でもあるけど、操縦桿を引くということは上昇するのと同じ状態で、そのままだとどんどん速度も減ってしまうから、飛行機の場合は推力を足す必要がある。だからバンク角の大きい旋回に入れる場合は、操縦桿を少し後方へ圧を加えるとともに同時にスロットルも足す。そういう一連の共同操作が必要になるんだ」

「ふーん。なんか難しそうだね。三次元だから、アッチもコッチも影響が出てくるんだね?」


「そういうことだな。それから旋回に関してもう一つ。旋回するということは円を描くように飛ぶということになることはわかると思うけど、その飛行速度とバンク角でその円の大きさが決まってくるのも想像できると思う。その円の半径を旋回半径といって、求めるための公式というものもある

んだ」


「飛行機で決められた飛行パターンやナビゲーションを飛ぶときは重要になるけど、ただ飛ぶだけならあまり気にしなくても良い情報かもしれないな? ただどこかの上空をぐるぐる旋回待機するような場合、適切な速度とバンク角がわかっていれば、楽な場面もあるかもしれない、っというくらいかな。あ、でも空中停止できるのなら、それも必要ないか? でも飛行するスタイル、まぁ、速度やバンク角が定まってきたら、いくつかのパターンは計算しておいて覚えておくといいよ」

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