第二十一話 二丁拳銃

 そして、ドクター・フールは講義室にいた生徒たちを連れて、大学内にある訓練場の前までやってきた。

 魔法使いの戦闘訓練というのは、常に命の危険を伴う。


 そのため、一対一の個人戦を行うとなれば本来は長い手順が必要になるのだ。

 流れとしてはまず、戦闘訓練を行うための施設である『模擬戦場』を使用するための許可を申請する。


 大学側は申請の内容に正当性があるかどうかを調査し、模擬戦の可否を判断する。

 正当性というのはこの場合、対戦者同士の実力差や、その戦闘に私利私欲が混在しているかどうかのことを指す。


 もし、私怨や復讐などの目的で模擬戦が利用されれば、けが人が出る可能性が高まるからだ。

 その調査が終わり、問題なしと判断されれば、申請が受理され、ようやく模擬戦を行うことが可能となる。


 最短でも一週間はかかるこの制度だが、生徒からは一種のエンターテイメントとして人気を博している。

 技術交流や能力向上が本来の目的ではあるが、模擬戦の「楽しさ」に惹かれる生徒が多いのも確かだ。


 ゆえに大学内に十個ある模擬戦場にはすべて観客席が設置されているし、その中でも最大級の広さを誇る『第一模擬戦場』では、年に一度『皇帝杯』というトーナメント戦が行われている。


 ――そして、今回フールが選んだ戦場も、その第一模擬戦場だ。

「さてアルマ主席、君は選手の控え室に行ってくれ。模擬戦場の準備が整ったら、部屋にあるベルが鳴る仕組みになっている。そうしたら控え室を出てすぐのところにある昇降台に乗ってくれたまえ」


 つまり、模擬戦場の地下から選手が登場する演出というわけだ。

「でも、わざわざ第一模擬戦場を選ぶ理由はなんだ?」

「どこからか話を聞きつけた生徒や『第二皇女』がこの戦いを見たいと言い出してね。模擬戦場を変更せざるを得なくなった。それに、祭りは派手な方がいい」


 フールは観客席に生徒たちを先導し、俺は控え室に向かった。

『関係者以外立入禁止』の扉をくぐり、地下への階段を進むと、控え室が見える。

 その中はそれなりに広く、飲料水やタオル、銃や剣のメンテナンス用品が用意されていた。


「さすが、豪華な設備だ……と」

 部屋の壁に少し大きめの鏡が設置されていたので、それをなんとなく見つめる。

「あいつを殺さないようにするには、どうすればいいんだ?」

 別に、罪人扱いされたことに怒りは無い。


 彼の言っていたことに、大きな間違いは無いのだから。

「なぁ、どう思う? 『賢者の逆徒』ども」

 俺の呼びかけに応じ、兵士たちが鏡に映し出された。


 これは独り言だ。彼らは定型文を発するだけだし、何かの反応を期待していたわけではない。

 だが、先頭にいた一人の兵士が、鏡の向こうから俺に近づいてきたのだ。


 その兵士は俺の近くまで来たかと思えば、急に跪いて、俺に向かってを献上した。

「……これを使えってことか?」


 確かに、魔弾なら威力を調整できるうえに、敵の魔法を撃ち抜くことが出来る。

 しかし、これまで動かなかった鏡の向こうにいる兵士が、いきなり俺に武器を授ける理由はなんだ?


 ――間もなく、試合開始です!

 俺の悩みを断ち切るかのようにベルが鳴り響き、上から歓声が聞こえてきた。

 フールは一体、どれだけの観客をこの会場に集めたのだろうか。


 そして、司会の声が第二皇女だった気がするのは気のせいだと思いたい。

「まぁ、自分を信用しないわけにもいかないか」

 よく分からない状況ではあったが、愛刀を使って相手を細切れにするわけにもいかない。


 俺はその銃を手に取り、摸擬戦場に入るための昇降台に乗った。


「これは、凄い人だな」

 俺は二丁拳銃を両手でクルクルと回しながら、人で埋め尽くされた観客席を見回していた。


『【皇国最強】の戦う姿を皇国内で見られるのはここだけ――って言ってたら、もう満席の知らせが届いたよ!』

 そして司会の席には、なぜか第二皇女――フィリア・アルテマとフールが座っていた。


 フィリアは声高らかに満員御礼を告知し、観客をいっそう盛り上げた。

『そして今回、アルマと戦う相手は……フール教授、分かる?』

『やれやれ、第二皇女様にも選手情報を渡しただろう。アルマ主席と戦う女生徒の名は――獅子野ミヤ。獅子野家の第三子であり、長女だ。戦闘面の成績もそれなりに優秀。だそうだよ』


 フールがため息を吐きながら、簡潔な説明をしてくれた。

 だが、まさかそんな偶然があろうとは。

「お前、アズサの妹だったのか」


「――を、知ってるの?」

 獅子野ミヤは、憎々しい声でアズサのことを『アイツ』と呼んだ。

 この様子だと、本当にアズサのことを恨んでいるらしい。


「良かったよ。女性と戦うのは好きじゃないんだが、お前を倒す理由が出来た」

 俺は、二丁拳銃の銃口を二つともミヤに向けた。

「あ、アンタ、刀を使うんじゃ」


「よく知ってるな。でも、刀しか使えないわけじゃ無い。本職の射手には劣るだろうが」

 嘘だ。刀以外、ろくに使ったことが無い。

「な、何よそのふざけた拳銃」


 ミヤは持っていた全長一・二メートルほどの西洋銃を抱きしめて、身体を震わせた。

 どうやら、遠距離から一方的に俺を撃つ算段だったらしい。


 怯えた様子で、俺が持つ銀色の回転式拳銃に目を向けた。

「全長四十五センチ。重量七キロ。十五ミリ拳銃【ツインズ】」

 なぜか、俺はすらすらと説明できた。


「そ、そんなもの、拳銃ですらないじゃない」

 俺もそう思う。

 重量七キロというのは、もはや狙撃銃と変わらない。


「さて、やろうか。大丈夫、殺しはしない。ただ、死にそうな思いをするだけだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る