第十三話 隊員育成

 俺はアズサとナヤメを連れて、皇帝が住む『八重城やえじょう』の北東方向に位置する『皇都訓練基地』に来ていた。


 ここは皇国で最も設備の整った軍事訓練施設であり、主に入隊一年目の新米が利用する場所だ。


 そもそも、軍人は入隊していきなり部隊へ配属されるわけではない。

『教育部隊』という場所で三か月間の基礎教育を受け、その後に『術科学校』でまた三か月、それぞれの適性に合った専門分野の教育を受けるのだ。


 ごくまれにこの『教育部隊』への入隊を飛ばして戦場へ配属される隊員もいるが、それが出来るのは大抵、幼少期から軍人としての教育を受けている者ばかり。


 なら、どうしてアズサとナヤメは一年目にして既に配属先が決まっているのか。

 それは彼らが『不要な人材』と判断されたからだろう。


 悪目立ちする存在というのは、それだけで仲間の結束を乱す場合がある。

 そういう不要な人材のほとんどは、自主退職するかクビになるかの二択なのだが、アズサとナヤメは、グラン・ニコラスが第零部隊へ配属させた。


『プラトーン』を作るためだとは思うが、なぜその役割を第零部隊に担わせたのだろう。

 優秀な人材と有能な隊長がいる『第一部隊』が、プラトーンに最も適任だと思うのだが。


「人事部長が頭に思い描く盤面は、何だ?」

「ど、どうしたんですか? 隊長」

 口について出た独り言がアズサに聞こえてしまっていたようで、彼は不思議そうな顔をしている。

 俺は「何でもない」と答えて、この思案を脳の隅へ追いやった。


 今はともかく、アズサたちを強くすることに集中するべきだ。

「アズサ。虎口こぐちシンラと会うのは、何年ぶりになるんだ?」

 俺は二人に体力を付けさせるため、ある女性のもとへ向かっていた。


「えっと……ちょうど一年ぐらい、だと思います」

『武道場』と彫られた看板が、ぼろい扉の横に立てかけられていた。

 そこで俺たちは立ち止まり、その扉を軽くノックする。


「昨日連絡したアルマだ。いるだろ、シンラ」

 だが、反応がない。


 そこで、今度は少し強めに扉を叩く。

「おーい」


千爪せんそう


 扉の向こうから、膨れ上がる魔力を感じた。

「ちっ、扉から離れろ!」

 俺の緊迫感を察し、両隣にいたアズサとナヤメは後方へ跳ぶ。


 その直後、扉を貫いた貫手ぬきてが俺の顔面を狙った。

 俺は腰に差していた刀――山茶花七式さざんかななしきを抜き、扉ごとその手を斬ろうとした、が。


「つ、爪!?」

 アズサが声に出した通り、長く伸びた爪が俺の刀を食い止めていた。

「斬るぞ」


 刀の柄に付いた小さいボタンを押す。

『山茶花七式、起動』

 バチッ、と火花が弾ける音がした。


雷切らいきり

 魔力を込めた刀が純白の光を帯びる。

 バキッ、と、爪の割れる音がした。


 そのまま刀は進み、右腕を扉ごと真っ二つに切った。

 そして、ようやく扉の向こうにいた人間と目が合う。

 ボサボサの赤い長髪。


 血より濃い真っ赤な瞳は、狂喜が見え隠れしていた。

 皇国軍の制服を着て、ベレー帽を被った長身の女。

「し、シンラ先生!?」


「お、久しぶりじゃねえかアズサ。隣の子は……初めましてだな」

「……」

 ナヤメは声を掛けられたが、顔面蒼白で声も出せなくなっている。


 腕を斬り飛ばされても平気で笑っているこいつは、虎闘流創始者――虎口シンラだ。

「だから会いたくなかったんだよ、俺は」


「アタシはずっと会いたかった。そして待ち焦がれてた」

 かみ合わない会話をしている俺たちの横で、アズサがどうすれば良いのか分からずにあたふたとしている。


「どうしたアズサ」

「だ、だって隊長! し、シンラ先生の腕が!」

 なるほど、アズサは知らないのか。


「心配すんなよ、ほら」

 シンラは無くなった肘から先をアズサに見せる。

 すると、おびただしく流れていた『血』が、無くなった肘から先を補完した。


 それは段々と肌色を帯び、ついには完全な腕になってしまった。

「――隊長、この人」

 ナヤメが震えた手でシンラを指差す。


「こいつは吸血鬼だ。ドラキュリーナと言ってもいいし、ノスフェラトゥなんて呼び方もある。人の血を吸い、暗がりを歩き、日差しを嫌う。そんな奴だ」

「でも、吸血鬼なんて想像上の、空想上の存在なんじゃ」


 ナヤメは、どうも気が動転しているらしい。

 いや、平常心でいられる俺の方がおかしいというべきか。

「シンラ自身が言うには、自分が『最後の生き残り』なんだと」


「そういうこと……で、アルマ」

 シンラは俺の眼前に来て、ニッコリと笑って俺に尖った犬歯を見せてきた。


「血ぃ、吸わせてくれ。アルマを見てから、腹が減って仕方ない」

「だったら、もっと平和的に扉を開けろ。俺だって、お前を斬りたくなんかない」

 俺の魔法は殺傷力が高すぎて、手加減ができないのだから。


「アタシはアルマに斬られたい。アルマだけが、アタシに『痛み』を思い出させてくれる。アルマが与える『痛み』だけが、長生ちょうせいの苦痛を和らげてくれる」


 そうやって恍惚な笑みを浮かべるこいつは、化物に違いない。

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