第十一話 本心
明次が招いた屋敷の奥にある茶室は、少し狭いが窮屈さを感じさせず、むしろ安心感を俺に与えた。
「不思議な場所だな」
「この茶室という空間には歴史がある。歴史があれば神性が宿り、神性が宿れば『
「しゅ? なんだそれ」
全く聞いたことのない単語だ。
「そういえば言ってなかったな。おれは陰陽師だ」
呪というのは分からないが、陰陽師という言葉には心当たりがある。
「……
海を渡った向こうの大陸にある『玉国』には、魔力とは違う力を操る一族がいるというのを、聞いたことがあった。
「ほう、知っているのか」
「陰陽師の一族は秘密主義で、外界に出ようとする奴は殺されると聞いていたんだが」
「その情報に間違いはない。事実、おれも殺されそうになったから、海を渡ってこの国まで逃げてきたんだ」
「そしてまた殺されようとしてる。ってわけか」
俺の返しに、明次は「全く数奇な運命だ」と笑った。
「ほら、おまえがくると思って、茶を淹れておいた」
明次が俺の前に置いた湯吞みからは、確かに湯気が立ち上っている。
「毒は盛ってないから、安心して飲め」
「……抹茶は苦手だ」
「そう言うな、一口だけでも構わん」
俺は嫌々ながら抹茶を少しだけ飲んで、その口当たりのよさに驚いた。
「何年か前に玉国から輸入した抹茶を飲んだことがあったが、あれは不味くて飲めたもんじゃなかったぞ」
「そいつは恐らく保存方法が悪かったんだろう。放置しているとすぐ劣化するからな」
気づけば俺は、ここに来た目的も忘れてくつろいでしまっていた。
「――さっさと本題に入るぞ。お前は、俺と何の話がしたいんだ?」
「団子もあるぞ、話しながら食おう」
本当に、何をしているんだろうか。
だが、なぜか俺はその団子を受け取ってしまっている。
「おまえと話したかったのは、単純な興味もあるが、これから起こる大事件を、おまえに教えておきたかったからだ」
明次は、初めて真面目な顔を見せた。
「大事件?」
「王国と皇国の国境にほど近いところにある『大都市フィガリオ』のことは知っているな」
「知らない奴の方が少ないだろ」
――大都市フィガリオ。
国境付近の海岸沿いに存在するその都市は、海外との貿易港でもあるため、非常に栄えている場所だ。
「単刀直入に言おう。皇国が、大都市フィガリオを攻撃しようとしている」
「……それは、皇国がフィガリオを奪取しようとしてる。ってことでいいのか?」
「いいや、皇国は都市を奪取するつもりなどない」
奪取するつもりが無いにも関わらず攻撃するとは、何のつもりなのだろうか。
「皇国が、正確には現皇帝が『プラトーン』を使ってフィガリオを破壊し尽くすつもりだ」
「……何のために?」
「実験だ。転移魔法のな」
「それは不可能だろ」
皇国と王国の国境には、両国が建設した防壁が平行に並んでいる。
幅、高さともにそこまで大きいわけではないが異常なまでに距離が長く、その壁があるおかげで装甲車や魔法使いが容易に近づけないようになっているのだ。
その二つの壁を飛び越えられるほど、転移魔法の移動距離は長くないはず。
「おそらくだが、今の皇帝は『賢者の石』を使っている」
俺の疑問に対する答えも、明次は持っていた。だが、それは耳を疑う発言だった。
「……賢者の石を使った人間の末路を、知らないわけじゃ無いだろうに」
賢者の石を使った人間は、絶対に周囲を巻き込んで悲劇的な結末を迎える。
だから、バルカン王国の王族は、そうなる前に自害するのだ。
「捨て身なのか、それとも愚鈍なだけなのか。少なくとも、現皇帝はプラトーンをフィガリオに送る。そうなれば、あそこは地獄になり、大量の人間が死ぬことになる」
「……正直言って、これまでの話は到底信じられるものじゃない。どうせ、証拠もないんだろ?」
「ない。おれの操る『式神』が教えてくれただけだ。おまえに見せられる証拠は何一つない」
嘘をついているような雰囲気ではなかった。あるいは、狂人が幻覚を見て、それを信じ込んでいるのかもしれなかったが、それでも、俺は明次の言うことが本当な気がした。
「……俺は、何をすればいい」
「ちょうど一か月後、フィガリオにいろ。それだけでいい。それだけでいいが、覚悟を決めろ」
「覚悟?」
「そうだ。おまえも分かるはずだ。賢者の石を使って、狂い始めた人間と間接的にでも関われば、最悪の事態が起こる。それに巻き込まれる覚悟を、おまえはしなければならないぞ」
明次の声は、どこか俺を脅すような口調でもあった。俺を試していたのかもしれない。
その時の俺は、自分でも意外なくらい、冷静に答えていた。
「俺は『円卓騎士団第二席』だ。なら、王国の民を守るのが仕事だろ。それを放棄するんじゃ、それこそ心無い化物と変わりないさ」
その返答に、明次は少しだけ驚いた顔をした。
「底抜けのお人好しだったか、おまえは」
「そんなことはない」
お人好しの化物なんて、とんだ笑い話だ。
「だが、おれの新たな友人に、重荷を背負わせることになってしまうな」
「……そんなこと気にするな」
こいつに友人と呼ばれると、どうも調子が狂う。
俺はもう、こいつを殺せない。
そう、直感してしまった。
「明次」
「お、初めておれを名前で呼んだな」
明次が子供っぽい笑顔を見せた。
「お前、皇国に逃げろ」
「……円卓騎士団第二席として、王命は絶対じゃないのか?」
「ああ、絶対だ。だから、俺は『嘘の占いで臣民から金をだまし取る詐欺師』を殺す。それが、俺の王命だからな」
そんな奴は、掃いて捨てるほどいる。
「魔法ではない不思議な力を使う、が文章から抜けているぞ?」
「まぁ『臣民の勘違い』にでもしておけばいいさ」
「――アルマ、おまえようやく、自分の感情を見せたな」
明次が心から喜んでいるのが、俺にも分かった。
◇◇◇◇◇
「そうして明次が皇国に来た。そしてその二年後、俺も皇国に拾われた」
アズサはこの長話を、とても興味深そうに聞いていた。
「な、なんで隊長は王国から皇国に来たんですか?」
「……捨てられたのさ。王国に」
あまり、楽しい話ではない。
それを察したのか、アズサもそれ以上深くは聞いてこなかった。
「じゃあ、次はアズサのことを教えてくれるか?」
「さ、さっきも言いましたけど、僕、昔のことはあまり覚えてないんです」
「覚えている範囲でいいさ。嫌なら、話さなくて良いんだぞ?」
あまり無理強いはしたくない。
だがアズサは首をぶんぶんと振って「は、話します!」と言ってくれた。
「た、隊長がこんな正直に話してくれたのに、僕だけ隠すのは、ずるいと、思うので」
「そうか……いい奴なんだな、アズサは」
横に座っているアズサの頭を、軽く撫でた。
「え、えへへ」
こうしていると、小型犬のようにも感じる。
だが、ずっとこうしているわけにもいかないので、俺は手を離した。
「じゃあ、教えてくれるか?」
「は、はい。じゃあ、僕の覚えている一番古い記憶から話しますね」
アズサは気を取り直して、昔のことを語り始めた――。
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