第七話 懊悩

「さて、問題が山積みだ」

 早朝、俺は訓練場で体を動かしながら独り言を呟いていた。

 まず、ナヤメが母から受け継いだという神造武器。


 あれは認めた相手にしか己を使わせない厄介な代物。その認められる条件というのも、武器によって違うためなんとも言えない。


 だが、この問題はアズサと比べれば緊急性が低く、時間が解決してくれる可能性もあるだろう。

「そして、アズサに掛けられた呪法じゅほう


 俺は呪法についての知識は浅い。

 だが、貴族の子供を魔力欠乏症に見せかけて殺す手法は、王国にいた頃、聞いたことがあった。


「王国が絡んでるとしたら、厄介だな」

 解呪するには呪法の使用者本人を見つけ出し、そいつ自身に解かせるか、もしくは殺さなければならない。


 こちらの問題は緊急性が高く、時間を掛けるほど面倒になる。

「……その道の専門家に頼るか」

 呪法に詳しい男が、皇国にも一人だけいる。


 その男の名は安達あだち 明次あきつぐ

 自らを陰陽師おんみょうじと名乗り、皇国内ではよく当たる占い師として評判だ。


 ――式神を使い、星を詠んで人を占い、しゅという名の魔法とは違う力を使う。

 それが陰陽師だと明次は言っていた。


 あいつなら、アズサの呪法を解決できる可能性がある。

「だが、報酬が問題だ」


 金品を求めるのなら分かりやすいのだが、明次は金ではどうにもならない物を求めることが多い。

「まぁ、それで命が助かるならやってみるさ」


 腹をくくり、明次の家へ行くことに決めた。

「なら、アズサを連れていくか……」

「アルマ隊長、おはようございます」


 俺が屋敷に戻ると、玄関でリディと鉢合わせた。

 どうやら、彼女は出かけようとしているらしい。今日は防衛軍としての仕事はないはずだが。


「おはよう。その様子だと、どこか行くのか?」

「はい、武器のメンテナンスに行こうかと思いまして」

「一週間前にしたばかりだろう」


 相変わらず、リディには自分の生活というものがない。

「他にすることがないので」


「……ナヤメと買い物にでも出かけるといい。最近は俺に付きっきりだったろうし、隊員とのいい交流にもなる」

 たまには息抜きをするべきだと思ってそう提案したのだが、リディは不思議そうな顔をしている。


「それを言うなら隊長だって働きづめだったじゃないですか」

「俺もちょうど、アズサと出かけるつもりだったんだ」

 俺の予定を伝えると、リディはかなり驚いていた。


「あ、アルマ隊長も私以外の誰かと出かけたりするんですね」

「これでも第零部隊の隊長なんだ。隊員との絆は必要だろう?」

「じゃあ、また私とも出かけてください」


「リディとはよく出かけるだろう」

「仕事以外で、です」

 どうもリディの語気が強いので、俺は「分かったよ」と軽く頷いた。


「また商業区にでも出かけよう」

「……約束ですからね」

 そう念を押して、リディはナヤメを呼びに部屋へ戻っていった。


 俺もまた、アズサがいる部屋へ向かい、扉を叩く。

「アズサ、起きてるか?」

「は、はい。いま開けますね」


 扉が開くと、そこには私服姿のアズサがいた。

「これから予定はあるか?」

「い、いえ、特に無いですけど……」


「ちょっと俺と来てほしいところがあるんだが、良いか?」

「わ、分かりました。けど、どこへ行くんですか?」

「知り合いの占い師に会いに行く」


 俺は本当の目的をはぐらかす。そうしないと、呪法のことを話さなければならないからだ。

「た、隊長は、占いを信じるんですか?」


「いいや、全く」

 その返答にアズサは困惑する。それも当然だ。占いを信じない人間が占い師に会う意味など、本来はない。


 だが、あいつの本業は占い師ではない。金稼ぎのためにやっているだけだ。むろん、手を抜いているわけではないらしいが。

「まぁ、あいつの占いはどこか違う。会ってみれば分かるさ」


「隊長、だ、騙されてないですよね?」

 確かに、今の言い方だとそう捉えられても仕方ない。

「そうだな。もし騙されてるんなら、アズサが何とかしてくれ」


「は、はい」

 冗談のつもりだったが、アズサは俺の言葉を正直に受け取った。純粋な子だ。

「とにかく行こう。会ってみて、話してから判断するといい」

 俺たちは明次のもとへ向かった。


 ◇◇◇◇◇


「こ、ここが隊長の知り合いの?」

「ああ。相変わらず、古臭い屋敷だがな」


 皇帝たちが住む『八重やえ城』から南西に位置する、いわゆる下町と呼ばれる地域に、明次は屋敷を建てている。

 庭はろくに手入れもされておらず、草原の一部をそのまま持ってきたかのようだ。


 そして何より気になるのは、庭にある池のそばに生えている一本のしだれ桜。

「今は夏だっていうのに、どうして花が咲いてるんだ?」

『その桜にはしゅが掛かっているからだ』


「……た、隊長。いま、あの桜から声がしませんでしたか?」

 アズサが声を震わせ、俺の後ろに隠れた。

『万物には意思が宿り、神が宿る』


「ひいっ!?」

 今度は、アズサの足元にいたネズミが喋った。

「その桜が夏を見たいと言ったから、俺はそいつに呪をかけてやったのさ」


「ひゃあああああ!?」

 俺たちの背後から声を掛けられ、アズサが悲鳴を上げて倒れこみ、目を回してしまった。


「……あまり驚かせてやるなよ。いちおう重病人なんだぞ」

「面白かったものでな。つい、やりすぎてしまった」

 俺が振り向くと、着流しを着た男がくつくつと笑っていた。


「それで、その子の『呪法』について、聞きに来たんだろう?」

「……どうして分かった?」

「風が教えてくれるのさ――ま、とりあえず上がれ、軽くもてなすくらいはできる」


 俺の問いは、はぐらかされてしまった。

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