姫様、メイドは、あんなことや、そんなことは致しません。こんなことだって致しません。~暴れん坊メイドは伯爵令嬢⁈~

@tumarun

第1話 災厄はドアをノックしてやってくる。

 第一王子が襲われ、急遽出動した近衛衛士が襲撃犯を辛くも撃退した。と言うのが巷に流布されたお話。

 実際には近衛は間に合わなかったと言うか来なかったと言うか、実は主犯だったりする。

 そう、あの日の夜は風が強かったんだ。木々は警告を発するようにざわついていた。


   ドンドンドン


「アハト男爵のお屋敷に申し上げる。ご助力をお願いしたい。御開門していたけないだろうか」


   ドンドンドン


 扉を叩く音は事態が切迫していることだと伝えてくる。扉を壊されては堪らないということで、私が扉を開けて応対したんだ。


「旅の途中、何者かの襲撃を受けた。いきなりのことで護衛も私たちだけになってしまった。鬼神と名だたる伯爵一門に連なる騎士爵にお取り継ぎを話せないだろうか。頼む」


 男が徐に動く方の手のガントレッドを差し出してきた。ドス黒いものがベッタリだよ。返した手のひらにあるものを見せてくる。


「これは!」


 薄暗い中で手持ちのランタンで照らされたものが光り輝く。ジャボブローチだった。それも王家の紋章が意匠されている。

 

うわ、厄介ごと。それも飛びっきりの奴だ。背筋にピリッとした物が流れる。

予感がビンビンします。

 ランタンが護衛を名乗る男の顔を照らす。血の混じるドス黒い泥に男の顔が塗れていた。額から流れた血が片目を塞いでいる。着ている鎧も胸当てと肩とかがひしゃげてしまっている。どうやら片方の腕は動かないようで、力無くダラんとして動く振りは無さそう。血も滴っている。


「まずは中へ」


 私はランタンを掲げ、間口を開けた。でも、男は振り返り宵闇の中へ叫ぶ。


「ハンス。お連れしろ」


 すると、ローブが暗闇から現れる。背丈から推測するに、成人前の少年といったところか。


「ハンスは来ないよ。動かないし息もしていないよう」


 声変わりをしていない少年の声が聞こえてきた。


「殿下。早すぎます。もうしばらく隠れていただきませんと」

「そんな、のんびりしていられない」


 そう言って、ローブのフードを脱いだ。

 中から扉越しの灯りで輝くブロンドの髪をした少年だ。柔らかい線を描く頬に鮮やかなアイスブルーの瞳と艶やかな唇が美術品のように配置されている。いわゆる美少年が現れる。年は、私の弟のアドルと同じくらいかな。


「お姉さんが僕を助けてくれるのですか?」

「殿下。話は私がします」

「こういうのは僕がしないといけない」


 彼は手で男を制すると、


「貧乏くじ引かせてしまいました。初めに謝らせてください」


 王子というには印象が薄い。目に生気が感じられないんだ。フードを取ったからわかる。猫背になっていて,俯いて上目遣いにこちらを覗いてくる。


「メイドの君に話をしてもしょうがないけど…」


 私に話しかけてきてくれた。しまった。今はこの屋敷のハウスメイドとして,お仕着せを着ているんだっけ。そんな私にも説明してくれるなんて、そんな奴は、


「僕はルイ.フェル………」


 世間知らずのボンボンだね。その' 僕 'が自分の名前を言い切る前に口を閉じるよう人差し指を彼へ差し向けた。そして言葉を紡ごうとした唇を押さえる。


「!」

「それ以上は喋らないでくださいませ。当方は、あくまでも追い剥ぎにあったお客人を匿ったということにしたいので。わかっていただけます?」


 すると、血まみれの男が劉備を立てて、諌めてきたんだね。刀の柄にも手がかかる。


「貴様,この方は、おいそれと触れて良い方ではないぞ。離せ」 

’僕'は、首を振ると私の指先を唇から離すと、

「いいよ。シュミット。大変なことを頼むんだ。地位なんて言ってられないよ」


 うん、いいねえ。四の五言わないっていうのは良いよ。頭が柔らかいっていうんかねえ。まあ、世間知らずの怖いもの知らずってこともあるかな。


「じゃあ、早速……」


 ' 僕 'は、それ以上は言葉を続けることができなかった。なぜって、こいつの腕を取って引き寄せたんだ。そのまま、抱き寄せた、


   ブンッ


 そんな私たちの真横を、塊が通っていった。そのまま、奥の壁にぶち当たり、刺さってしまう。


   ダァンンンンン。


 それが突き刺さって壁ごと,部屋ごと、揺すってくれる。

 見ると棒のようなもの。矢というには太すぎるし長すぎる。槍って言ったって建物を震わせるほどの威力はないはず。銛っていってもおかしくない。こんな極太のなんて、攻城兵器ぐらいしかなかろう。


「すいません。ドアの影に隠れます。あれはバリスタですね。あんなの食らったら、体なんて真っ二つですよ」


 バリスタは、大型の弩。本来なら馬で引かなきゃ動かないぐらいの大きさだけど携帯用のバリスタっていうのもあるらしい。多分、今,打ち込んできたのがそうだろけど。

 玄関から立ち退いて直ぐに、


   ダァンンンンン


 第2射が突き刺さる。刺さった壁の近くに展示してある壺が余波を受けて台座ごと倒れて、砕けてしまった。

 因みに第一射では壁にかかっていた絵画が落ちて額が分解して散らばっている。確か,中の絵画よりも額の方が金額が高かったって聞いてる。いったい、幾ら金払っているか知ってるのか。

 これ以上、損害が増えてはいけないし、絶対に弁償させてる。相手は誰だかしらん。色つけて払わしてやる。

 私は奥に向かって叫ぶ。


「アデル、こっちに来れる?」

「もう、来てるよ」


   おうっ、


 気配消して、すぐ,そばに立つな。驚くじゃないの。まあ、さすがは弟というところかな。


「何気に、来やがって。さっそくだけど、ここにいる' 僕 ’連れて2階に隠れてくれ」

「いきなりだし、人使いが荒いね。後で説明してよね」

「頼むよ」

「で、姉さんはどうするのさ」


 私は、玄関脇に立てかけてあった箒を持った。建物の掃除をしているときに来訪を受けたんた。切迫している雰囲気だったんで片付けずに持ってて、玄関脇に立てかけておいたんだね。


「ちょっと、煩くて邪魔なゴミを片付けるの忘れてた。片してくるよ」


 そう言って,私は玄関から、飛び出る。


   ブンッ

第3射目を撃ってきた。ほとんど勘で箒を振るった。

 

   ガッ

   ダァン


 本当に上手いこと、矢に当たって狙いが逸れた。邸の壁に当たった音が帰ってくる。

 銛みたいな矢を弾いて箒が折れないかって。まあ、色々仕込んでいるのさ。

 これ以上、屋敷の物を壊されたんじゃたまらない。反撃と行こうや。矢を放ったバリスタの場所は、さっき射られた時の弦の音で見当がついているよ。


   さあ、


「インベント! 」


 コンスペング コンスペング コンスペング


我は作り出す。そして魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


練り上げた魔力を打ち出す。


「グレネード<スタン>」


 利き手を向けた方へ魔力塊が飛んでいく。木々の影に飛び込んだところで、


   パシュッ


 木々の向こうで眩い閃光が辺りを照らす。

 いた、

 木の影に隠れて2人いる。私の手から打ち出された閃光弾スタングレネードの圧倒的な光に目をやられたのであろう。奴らは手を目で覆い、しゃがみ込んだ。

 でも、


 ブンッ


 第4射目が射られていた。

 あとは本当に勘だけ、思いっきり顔を背けると、その横を矢がすっ飛んでいく。

 頭の上にあるフリルたっぷりのメイドキャップが矢羽に引っ掛かり飛ばされる。

 現れたのはルビーに見まごう鮮やかな緋色のジンジャーヘヤー。そしてそれが結われたものが緩み広がっていく。


 ばかやろう。乙女の顔を狙いやがって。頭の中で2,3本なんかが切れた。


「インベント! ブリット<フレア>」


 怒りに魔力も全開。魔力を煉る時間なしで、手を上に向けて魔力塊を幾つか打ち上げる。上がった光の玉が瞬き,辺りを照らしていく。

 光に照らされてるなか、2人の騎士が木々の間から現れた。白銀のプレートアーマーのフル装備。ショルダーガードには百合の意匠がなされている。この紋章は、王家後宮の近衛騎士。

 でもな、そんなこと知らん。矢を射かけられた怒りで、私は動いている。


「魔術使いといえど、たかがメイドひとり。どうとでもなる。消せ!」


 1人が愚痴ると双方、腰の剣を抜く。上空の光球の光をギラリと反射した。


 おっ,先に剣を抜いたね。これで私は被害者側だね。やってやろうじゃないか。

 私は片手で持っていた箒を両手に持ち替え、端に近い方の節を一捻り。すると一節がずれていく。残りの柄から現れたのは、透明に近い刃を持つ直刀。

 私はそれを引っ張り出す。仕込み杖ならぬ仕込み箒なんで。だからかな銛みたいな矢を弾けさせても壊れなかったの。


「インベント! インパリウム・プレナス」


 直刀に私の魔力を目一杯詰め込む。すると透明な刃が緋く輝き出す。

 それを私はハスに構えた、そして頭を振り、髪を祓っていく。周りから見れば私のジンジャーヘヤーが上空の光球からの光に照らされてさぞかし緋く輝いて見えるだろう。

 騎士は叫ぶ。


「赤く光る剣に、それにも負けずに赤く輝き、棚びく髪を持つとは貴公『緋縅のゾフィー』か!」


 嫌だなあ、その呼ばれ方。少し前にあった,隣国との大戦で頑張りすぎて、誰彼となく言われるようになったんだよね。私の姿を見た途端、敵が恐れをなして進路変えちゃうの。私って怪物や魔物なの。できたら,もっと、


「可愛く言ってもらえませんか? 私はソフィーヤと申しますのに」


 刀を持たずに開いている手で軽くスカートを掴み、軽く膝を落とすのにタイミングを合わせて叩頭して、挨拶をする。


「そういう方には」


 私は、利き足を踏み出し,軸足にも力を込める。


「お仕置きです」


 軸足に溜めた力を解放して前へ飛び出していく。声を出さずに無音詠唱で魔力を付与して勢いを増す。

 騎士の方々には、少し離れていた私が、いきなり目の前に現れたと錯覚しそうな勢いで距離を縮めて、必殺の間合いにはいり、直刀を前に振り出す。


   ガッ


 しかし,相手の剣で受け止められた。さすが近衛騎士と言いたい。常日頃の鍛錬を欠かさないだろうね。

 そして受け止めた剣も,名の知れた業物だろうて。私の渾身の初手を受け止めたのだから。しかし、もう一段、力を込めると、相手の剣の刃に私の直刀が食い込み、そして切ってしまう。


 キンッ


 私は、そのまま刀を振り抜く。手を引いて刃が相手には当たらないようにして。

 返す刀は翻し相手の懐に入り、ボンメルて騎士たちの顎を撃ち抜く。それで気を失わして戦意を砕き、相手を無力化させた。相手の前衛の動きを止めると、もう一度刀を振り出し、後衛も同じように無力化した。

 あとひとり、スタングレネードに目をやられて、しゃがみ込んでいるバリスタの射手は足音を殺して、ほぼ無音で接敵、蹴たぐって気絶させた。

 気絶させた3人を縛るために一度屋敷に戻る。もちろん,3人を視界に収めつつ後退りをしながらだけどね。意識をを失ったふりなんかされて振り返った途端、バッサリはごめんだ。


 玄関には、’僕'が待っていた。なんか目をキラキラさせて、笑顔?で、


「あなっ………」


 彼の喋ろうと開きかけた口を私は手で押さえて、玄関の影に押し込む。何か言いたそうな’僕'を視線で押さえて、壁に寄りかからせる。

 その格好のままにさせて、私は奥の納戸に行き、ローブを、そして厨房まで入り込み、ふきんを拝借して再び外へ。

 私の動きを逐逐一見ている’僕'の視線を感じている。あえて、無視とダンマリを決め込んで、再び外へ。3人をロープで拘束して口に猿轡までしてから、1人ずつ引きづって屋敷に入れてのエントランスに並べた。

 途中、何かに引っかかったようで呻き声がきこえたけと、やはり無視した。


   パンパン


 作業を終えて、手についた埃を叩いて落とす。


「貴女って,すごく強いのですね。見惚れてしまいました。是非,僕と………」


 ’僕'がキラキラと羨望のこもった目で私を追いながら,話しかけてくる。思わず、


「そんな目で見られても、鬱陶しいだけです。私は、意気地のない男なんて嫌いです。生きる気力のない目で縋り付いてくるように見てくる男も嫌いです。一方的に私を無視して熱弁振るう奴なんか大嫌いです。もっと,しっかりした男になってからきてくださいませ」


 強く反論してしまった。エントランスにいた護衛のシュミットさんは、唖然と開いた口が塞がらないでいる。動く方の手の拳を強く握りわなわなと震わせて、


 「おぬし、何を…」


 その言葉の続きは、外からの聞こえた馬の嗎と


「なんですかあ? この状況は?」


 という嘆き声に遮られる。


「旦那様が、そして当家の主人が戻られたようです」


 2人の視線を無視して玄関に、主人の出迎えに向かった。

 玄関には赤毛の男性がいた。力無く肩を落として愕然としていた。グレーの瞳が私を恨めしそうに見つめてきている。

 サテンインディゴのダブルコートに同色のウエストコート、下には牡鹿のブリーチズでトップブーツを履いている。

 馬車でなく単騎で領地の視察から帰ってきたのだろう。首元の白いクラビットが彼の顔の青さを強調している。顔は整っているのに、全く残念なことになっていた。


「今日、1日が終わってやっと帰ってきてみれば、玄関のドアは外れているじゃないか。それに、あぁー」


 室内を見て,その惨状に叫ぶ。そしてよろよろと室内に入っていく。本当なら仕えているもの全てでお出迎えをしなければいけないのだけれど、現状がそれを許してくれない。

 彼が言った玄関のドアとは銛のような矢が打ち込まれ、蝶番ごと剥がされてしまって倒れているものを言うのだろう。


「あぁー、壺があぁー,額縁がぁ。なけなしの資金で買ったものなのに」


 彼は,エントランスの奥で、壊れて使い物にならなくなったものを抱えて、泣き叫び出した。

 彼の名は、ハイランド、男爵位のアハト卿ハイランド。ここと領地の領主で、この邸宅の主人。そしてメイドをしている私の主人になる。

 滂沱の涙を流しながら彼は私の方に顔を向けた。

そして、


「姫!」


 そう,黒のロングドレスの上にピナフォアを着た私のことをそう呼んだ。








































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