第11話 探索者登録試験を受けてみた①

 次の日は平日だったため、俺はダンジョンには行かず普通に会社に仕事をしに行っていた。

 ダンジョン探索という非日常が終わり、パワハラの巣窟という日常に戻った気分は最悪。

 唯一の救いは、通勤が電車からむ〜とふぉるむに変わったおかげで、ぎゅうぎゅう詰めの空間に揺られるストレスが消えたことくらいだ。


 もっとも、俺がそんな通勤手段を得たことが社内に知れ渡れば確実に終電以降まで残業させられることになるだろうから、誰にもこのことを言うつもりはないが。

 もし仮にバレて通勤費横領で懲戒処分を食らうことになろうもんなら、逆にこっちは残業代未払いで会社を訴えてやる。


 まあ、そんなことは置いておくとして……家に帰り、スマホでトゥイッターを開いてみると、大量の新規フォロー通知に紛れてDMの通知が一通届いていた。


 俺は今のところ、「育ちすぎたタマ」名義のトゥイッターアカウントではまだ誰もフォローしていない。

 そしてDMの設定は初期状態の「相互フォロー及び公認アカウントからのDMのみ受け付ける」にしたままなので、俺にDMできる人は公認アカウントのみのはずだが、いったい誰なのか。


 タップして開いてみると、そこには「旋律のネル」という人からのメッセージが届いていた。


「誰……?」


 名前を見ても結局ピンと来なかったが、メッセージの中身を見るとそれが誰かはすぐに分かった。


『先日はニンジャゴブリンから私を助けてくださり、ありがとうございました。そして、貴方の飼い猫を化け物と誤解してしまい、大変失礼いたしました。もしよろしければ、お礼とお詫びを兼ねて一度コラボさせていただき、微力ながらタマちゃんの知名度向上に貢献させていただければと思いますがいかがでしょうか?』


 ああ……あの時のギターを持ってた子か。

 あの状況で勘違いされるのは割と仕方なかった気がするのだが、わざわざお詫びを入れてくれるとは律儀な子なんだな。


 しかも、コラボの提案までしてくれるとは。

 この界隈にはまだまだ疎いので、どのアイドルがどんな知名度なのかとかは全く分からないが、旋律のネルさんはどれくらい有名なんだろうか。


 って……チャンネル登録者160万人⁉

 そんな超大物に、たかだか一回魔物を倒してあげた程度の恩でコラボさせてもらって良いのか?


 と思ったが……よく考えたら俺も今朝確認した時点で登録者126万人になってたんだよな。

 あまりにも実感がなかったのと、日中の上司のパワハラのせいで今の今まで忘れていたが。


 登録者数的には、ある程度釣り合いが取れていると言えないこともないのか。

 俺としては、この道の大ベテランの配信っぷりを間近で見れるなんてありがたいことこの上ないし、ぜひともお願いしたいところだ。


『わざわざご連絡ありがとうございます。想定外の強敵で気が動転していらっしゃったでしょうし、仕方ないことだと思いますので、あの時のことはお気になさらず。私は今のところ兼業配信者の身ですので、日曜日でお願いできますと幸いです。今週が難しければどの週でも構いませんので』


 俺はそんな風に返信した。

 日曜日に限定しているのは、土曜や祝日だと高い確率で休日出勤がねじ込まれているからだ。


 返信後お風呂に入り、上がってから再度携帯を見てみると……早速もう旋律のネルさんから返信が来ていた。


『かしこまりました! では、今週の日曜日が空いてますのでその日でよろしくお願いします!』


 どうやらこの短時間の間にスケジュールを確認してくれたみたいだ。

 忙しい身だろうに申し訳ない。


 こうして、俺は六日後にギターの少女とコラボ配信を行うことが決定した。

 非日常に戻れる日まで、あと五日地獄を耐え抜いて働こう。


 ◇


 その週の土曜日。

 俺は今日も仕事――のはずだったが、奇跡的に有休を取得することに成功したので、会社を休んで迷宮協会に向かうことにした。


 今日有休を取得した理由は、探索者登録を済ますためだ。

 チャンネルも成長して今後もダンジョン活動を継続することが確実になってきたし、明日みたいに別の探索者とコラボする機会も増えるであろうことを考えると、早いうちに正式な探索者になっておくべきだろうからな。

 とはいえ(会社から言い渡される計画年休消化以外の)有休取得なんてうちの会社では99%承認されないので、今日それを済ませられることになるとは自分でも思っていなかったが。


 前来た時と同様にむ〜とふぉるむで迷宮協会のさいたま市支部まで運んでもらうと、新規探索者登録のブースへ。

 受付の横に備え付けてある申請用紙に必要事項を記入し、記入が終わったらカウンターにいる職員にそれを手渡した。


「現在ですと、直近で本日11時からの試験の枠が空いておりますが、そこで受験されますか?」


 どうやら探索者登録にあたっては協会が用意した試験をクリアしなければならないようで、俺はカウンターの職員からそんな提案を受けた。

 確か買取の受付の人が「通常は探索者登録時に実力を測定し」みたいなことを言ってたし、おそらくそれのことだろうな。


「はい、お願いします」


 今日は一日たっぷり時間があるので、もちろんそのタイミングで受験することに決めた。


「かしこまりました! ではこちらが受験票になりますので、おかけになるかお近くでお待ちください」


「ありがとうございます」


 時間を確認すると、11時まではまだあと一時間弱あったので、せっかくの空き時間で先週日曜日の戦利品の売却を済ませることに。

 今回はボスまで一通り攻略したこともあって、合計の換金額が38500円にもなった。


 ◇


 11時になると……俺は係員に連れられ、待合室にいた他の新規登録者と共に別室に移動した。

 別室は大学の講義室みたいな部屋で、受験票に書かれていた番号の席に座って待っていると、係員が一人一人に何やら冊子を配りだした。


 見てみると……それは探索者登録の筆記試験の問題だった。

 マジか。実力を測るとかいうからてっきり実技試験だけだと思っていたが、筆記試験もあるのか。


 こりゃ今回の合格は難しいかもしれないな。

 せっかくの有休が徒労に終わってしまうのは悲しいが、今更嘆いても仕方ない。


 絶望的な状況に心が折れかけた俺だったが……それでも一応、試験を棄権はせず、受けるだけ受けて帰ることに決めた。

 理由は二つ。

 一つは「模試代わりに挑んでおけば次の受験に活かせるかもしれないから」、そしてもう一つは「もしかしたら奇跡的にそれなりの点数を叩き出せるかもしれないから」だ。

 表紙を見る限り試験はマークシート方式なので、当てずっぽうでも塗るだけ塗っておけば、25点は取ることができるだろう。


「制限時間は一時間です。では……始め!」


 係員の合図と共に、他の皆は一斉に問題用紙のページをめくる。

 俺も(どうせ分からないだろうが)一応問題に目を通すべく、問題用紙を開いた。

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