第4話 【少女視点】前門の変異種ゴブリン、後門の巨大猫②
ダンジョンは基本、危険度に沿った強さのモンスターしか現れないが、ごく稀に危険度と乖離したモンスターが出現することもある。
ダンジョンとは無関係の自然種のモンスターが紛れ込む、ワープ能力を持つ別のダンジョンのモンスターが転移してくる、そもそも危険度が変化する予兆であるなどがその主な原因だ。
ニンジャゴブリンは「ドロン」という長距離転移魔術を持っており、今まさに沼から出てきたのがその魔術なので、今回はワープ能力を持つ別のダンジョンのモンスターが転移してきたパターンだ。
そんな奴がいるなら危険度なんてあってないようなもんじゃないかと思うかもしれないが、ワープ能力持ちモンスターが「他のダンジョンに行くために」その能力を使うケースはほとんどないので、これはかなり悪運を引いたケースと言って過言ではなかった。
危険度B、それも深層の魔物となるとBランク探索者複数人でようやく討伐できる手強さであり、単独のBランク探索者ではほとんど勝ち目などない。
ここが危険度Bのダンジョンならまだ「たまたま他のBランクパーティーと合流できて助かった」みたいなケースもあり得たが、あいにくここは危険度Dのダンジョンのため、そのパターンにも期待できなかった。
まさに、絶体絶命のピンチ。
「ど、どうしよ……」
全力で逃げれば、まだ見逃して貰える可能性もゼロではなかったが……普段実力相応の強敵と戦ってないことも裏目に出て、彼女は完全に足がすくんでしまった。
:やばいやばいやばい
:あ、オワタ……
:早く逃げて!
:↑急所にクリーンヒットするワンチャンに賭けたほうが良くね?
:確かに。ワープで回り込まれたらアウトやしな
:頼む生き延びてくれ!!
コメント欄も空気が一変し、皆彼女の無事を祈り始める。
コメント返しの達人も、今とばかりはスマホの画面を見る余裕すらなかった。
もはや一巻の終わりか。
誰もがそう思った時……またもや予想外の事態が起きた。
「え……?」
背後から強烈な気配が放たれたかと思うと……次の瞬間、ニンジャゴブリンが真っ二つに裂けたのだ。
そのままニンジャゴブリンはドロップ品と化し……危険度例外モンスターにしてはあまりにもあっけない最期を迎えた。
目の前の危機は去った。
が……彼女は先程までとは比べ物にならないくらいの絶望感に襲われていた。
その要因は、ニンジャゴブリンが切り裂かれた瞬間、背後の存在から発された気配。
コンマ一秒にも満たない時間ではあったが、その気配は、背後の存在がどうしようもないほど強いと悟るのに十分すぎるものだった。
ニンジャゴブリンであれば自分が4〜5人いれば勝てると計算もできたが、背後の存在は自分が何千人いれば勝てるのかも分からない。
いやそれどころか、いくら数を増やしたところで勝てる相手とも思えない。
あまりの絶対的存在感に、彼女は目を瞑って現実逃避したくなってしまった。
それでも何とか勇気を振り絞り、後ろを振り返ってみる。
すると……そこには一人の男と、それを追いかけてくる巨大な猫がいた。
「大変申し訳ありません。うちの飼い猫が初のダンジョン攻略で舞い上がっちゃったみたいでして……お嬢さんのターゲットを横取りしてしまいました。どうかご容赦を」
男は自分と目が合うと、信じがたい言葉を口にした。
ニンジャゴブリンを一瞬で切り裂いた化け物を、あろうことか自分のペットだと主張し始めたのだ。
彼女は到底それを言葉通りに受け取ることができなかった。
(おそらく……あの男は私を油断させるために猫が作り出した幻覚ね)
「飼い猫? 私を油断させようったってそうはいかないからね……!」
とは言ってみるものの、油断しなかったからと言ってどうこうできる相手なはずもなく。
彼女はギターを構えるだけ構えたまま、一歩たりとも動けなくなった。
(このまま私も、あのゴブリンみたいに真っ二つにされるのね……)
そう諦めかけた彼女だったが……次の瞬間、事態はまた思わぬ方向に動いた。
「よし、全速力で帰るぞタマ」
男に連れられ、巨大猫は踵を返していったのだ。
「え……?」
何が何だか理解できない彼女だったが……しばらくするとようやく危機が去った実感が湧き、彼女は膝から崩れ落ちた。
:よ、良かった……!
:助かったってことでいいんだよな?
:とりあえず、ヨシ!
:ネルちゃんおつかれ〜!!
そしてもうしばらくして、配信の途中だったことを思い出した彼女は、スマホの画面に向けてこう言った。
「み、みんなおつかれ〜。今日はもうこれ以上攻略できる気分じゃないから配信終わるね。ごめんね〜」
【¥5,000】:おつかれ〜!
【¥12,000】:謝ることじゃないよ
【¥10,000】:そうそう!
【¥8,000】:助かってくれて良かった!
【¥50,000】:また今度楽しみにしてるよ!
配信終了を宣言すると怒涛のスパチャが飛んできたので、それらに一通りお礼コメントをし、彼女は終了ボタンを押下した。
取り急ぎニンジャゴブリンのドロップ品だけ回収すると、その場にへたり込んで水分補給をしながら5分ほど心を落ち着かせる。
「にしても……あの猫、何だったのかな?」
冷静になってくると……彼女はニンジャゴブリンを瞬殺した猫の正体が気になり始めた。
「本当に誰かの飼い猫だったのかな……。だとしたら、助けてもらったのに悪いことしちゃったな……」
などとブツブツ呟きつつ、たまにエンカウントするヴェノムバットやマッドモンキーを粉砕しながら彼女は地上を目指した。
あの猫と飼い主さんの居場所が分かったら、即刻お礼と謝罪をしに行こう。
この日彼女は、家に帰る途中、そんな決意を固めたのだった。
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