第36話 unus
神楽の中の疑問は次々と湧き上がり膨れ上がる。絢子の死は本当の事なのだろうか。もし違うのなら、なぜ死んだ事にされたのか、少ない情報を脳内で掻き集め必死で考える。だが、なにも思いつくことが出来ない。
「ままー?」
自分を呼ぶ娘の声が聞こえ、我に返った。繋いだ手からひなのぬくもりが伝わり、神楽を取り巻いていた寒気が遠のいていく。
「ごめんねー。暑くてボーっとしちゃった」
それでも心身ともに得体のしれない寒さがあり、ひなを抱きかかえた。娘の体温と共に、神楽の中に熱が戻り足を踏み出した。
あれは、絢子ではないのだと自身に言い聞かせる。もし絢子が生きているのなら、必ず斎の所へ来るはずだ。最後に彼女が見せたあの執着を考えれば、会いに来ないはずがない。だから、もう絢子は居ないのだ。そう自分に何度も言い聞かせ、無理やり納得をする。
ふと、後ろ髪を引かれる感覚を覚え、足を止めると振り返った。だがそこには特に変わったものは無く、すぐに安堵したような表情を浮かべ、視線を戻すと再び歩き出した。
何もない、ただ闇が広がる世界に居た。身動き一つ取れない中で出来る事は、ただ流れてくる日常を映画でも観るかのように眺めるだけという状態である。
こちらからは少ししか干渉できない状況を何とか変えたいとは思いながら、どうにも出来ない状態に苛立ちを通り越して諦めというものが浮かぶようになってきた。
何も執着するものがなく、苦しみも闇もない、かと言って光や楽しみがある訳でもない。虚無を抱えながらただ日々を過ごす人形が、今の自分の総てを支配している。
気が付けば、それは自身の欠片を芯として、虚無を抱えた人形を作り上げた。人形は、与えられる好意をひたすら返し、さらなる好意を与えられ、感情や意思を形成していく。それでも、虚無を抱えている事には変わりない。
どれ程の時が経過したのか、ただそれらを眺めるだけの日々に終わりを告げるものが現れた。それを利用すれば、少しの間ではあるが自由を手に入れる事が出来る。
何も無いはずの人形の奥底に潜む、記憶を見つけた。これらを利用すれば、自分の望むものを手に入れることが出来る事に喜び震える。未来は分からない。だが、確率の高いものを選ぶことは可能だ。望むものを手にし、自由を謳歌する。ただそれだけの小さな望みを叶えるために思考を巡らす。
今まで、人でありながら人でないものが、人ではないのに人であるものを支配していた。だが、それもすぐに終わる。
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