第34話 triginta tres

 まだ、胡桃沢は何かを知っているのであろうと思うが、おそらく今の段階では話せる事ではないのだと理解をする。まだ不確定部分が多いのか、予想の段階なのか、それを口に出来るほどの確たるものがないと思われた。それに、一気に得た情報の整理もしたかったのだ。

「ありがとうございました。今日はこれで帰ります」

「あー、御神本くん」

「はい」

 呼び止められ、少し期待を持ち振り返る。

「あーいや、何でもない……。気をつけてのぉ」

 今の天弥の様子を知りたいと胡桃沢は思ったが、先ほど見た天弥は普通の年相応な子供と何ら変わらなく見えた。それは、平凡な日常を過ごしているのだとすぐにがとうございました。今日はこれで帰ります」


 ドアが開く音がして天弥は急いで視線をそちらへと向ける。そこに斎の姿を見つけるとすぐに立ち上がり、足を踏み出した。そして、勢いよく抱きつく。見知らぬ場所に一人でいた緊張感から解放されたせいか、辺りの確認もせずに行動をしてしまったのだ。

「ラブラブっていうやつじゃのぉ」

 突然耳に飛び込んできた胡桃沢の声に、天弥は慌てて斎から離れようとする。すぐに、斎の腕が天弥の身体に回り抱きしめる。

「そうなんです」

 斎が、即答した。その様子を見て、胡桃沢は少し何かを考え込むような表情をする。

「そうかそうか」

 だがすぐにそれは消え、胡桃沢は何かを納得したかのようにそう呟くと天弥を見た。

「また、遊びに来てくれると嬉しいのぉ」

 人の良い笑みを浮かべながら、来訪を望む声をかける。天弥は、同じように胡桃沢に笑顔を返した。

「はい」

 天弥が返事をすると斎は、その身体を抱きしめている腕を離した。すぐに互いの手を絡めしっかりと握る。おそらく、二人の関係を理解し好意を持っていると思われる相手の前であったが、それでも天弥は不安を感じてしまう。

「それでは、失礼します」

 斎は軽く頭を下げる。

「あー、御神本くん。今度は、女子高生を紹介して欲しいのぉ」

「寝言は寝てから言ってください」

 即座に返って来た斎の言葉に、胡桃沢は落ち込み肩を落とす。

「では、また来ます」

 そう言い残し、斎は天弥を連れて部屋から出て行った。

 しばしの間、胡桃沢は二人が出ていたドアを見つめる。

「Es irrt der Mensch solang er strebt」

 思わず、ファウストの言葉が口を吐いて出た。それは、斎への言葉なのか自身への言葉なのか、それとも古き友人へなのか胡桃沢自身、判断が付かなかった。 


 車で少し離れた郊外へと移動したため、時間的には遅くなってしまったが、斎は天弥を連れ、食事へと向かう。

 コインパーキングに車を停めた後、特に当ても無く二人は歩き出した。

「何か食いたいものあるか?」

 問いかけに、天弥が少し考え込む。そして掌をジッと見つめ始めると、指を折りながら何かを数え始めた。その様子を、斎は不思議そうに見つめる。

「天弥?」

疑問の声で呼びかけられ、天弥は動作を中断して斎を見た。そして不思議そうな表情をした視線の先を辿り、自分の指を見る。少し考え、自分の動作に疑問を持っている事に気がつく。

「あ、食べたいものを考えているんです」

 天弥の言葉に、斎の表情が元に戻り、そして、そんなに食べたいものがあるのかと、今度は別な意味で見つめる。

「えっと、チョコパフェとイチゴパフェと抹茶パフェとフルーツパフェと、どれがいいかなって」

 また指を折りながら、天弥は言葉を続けた。

「でも、ケーキもいいなって」

 それを聞いた斎は、天弥がコーヒーに入れていた砂糖とミルクの数を思い出す。

「甘いもの好きなのか?」

 斎の問いかけに、天弥の表情が曇りだす。

「やっぱり、変ですか?」

 見た目は変ではない、と斎は思う。どこからどう見ても、デザートに思い悩む女の子にしか見えないのだ。これが男だと言っても、誰も信じないだろうと思う。実際、斎自身も未だに男だとは思えない時もある。

「いや、変ではないが、今は昼飯を決めるんだろ?」

 斎の言葉に、天弥が少し考え込むような表情をする。

「そうでした」

 答えると同時に笑みが浮かぶ。

「決まったら教えろ」

 声をかけると同時に斎は歩き出した。すぐに天弥も、その後を追うよう歩き出す。斎と美味しいものという大好きなものばかりに満たされ、心の中から喜びと幸福が溢れ出した。

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