第2話 unus

 目の前に差し出された本を斎は受け取る。

「先生、いつも変な話をしてるから……何か分かるかもと思って……」

 手にした古びた本へ視線を向けた。革張りの表紙は、かなりの年月の経過を思わせるほどの痛みがある。静かに表紙を捲り、中を確認する。羊皮紙に書かれた文字が視界に飛び込んできたとたん、動きと思考が思わず止まった。

 ――Necronomicon――

 そう書かれた文字を、何度も確認する。そして、そんなはずはない……これは存在しないはずのものだと、何度も自身に言い聞かせた。

 震える手でページを捲る。すぐにラテン語で書かれた文章を視界が捉えたとたん、1228年、オラウス・ウォルミウスによって、ギリシャ語からラテン語へと翻訳された。そう、勝手に頭の中に浮かぶ。

 ラテン語なら読めないわけではなく、例え誰かが遊びで作ったものだとしても、ここまで手の込んだものなら読んでみたい衝動に駆られる。

 ネクロノミコンとは、730年に狂える詩人アブドゥル・アルハザードによって書かれたアル・アジフが原典となっている魔道書のことで、それ自体に邪悪な生命や魔力が宿るとも言われているものだ。アラビア語からギリシャ語へ翻訳されたさい、アル・アジフからネクロノミコンへと表題が変更された。

「これ……は……」

 少し内容を読み進めてみたが、遊びで作られたにしては手が込みすぎている。しかし、本物のはずはないのだと、何度も頭の中で否定を繰り返す。

 静かに本を閉じると、花乃を見た。

「この本を、どこで手に入れたか分かるか?」

 斎の問いに、花乃は首を横に振る。

「気がついたら、兄はその本を読んでいて……、いつ、どこで手に入れたのかは……」

 返答を聞き、斎は再度手の中の本を見た。

「この本、借りても大丈夫だろうか?」

 願ってもいない言葉に花乃が頷く。最初からそのつもりだったのだ。

「ところで、お兄さんの名前は?」

「二年の、成瀬天弥なるせたかみです」

 兄の名前をを聞き、斎はその名前の男子生徒を思い浮かべる。線の細い、男とは思えないような美貌の少年が脳裏に思い浮かんだ。その姿は、目の前の花乃とはまるで似ておらず、二人は兄妹だったのかと、不思議に思いながら目の前の女子生徒の姿を改めて見つめた。普通に見れば可愛い部類に入るのだが、あの美貌と比べるとそれは、あまりにも凡庸だと言えるだろう。

 自分を見つめる表情で、斎が何を考えているのか花乃は理解してしまった。兄の天弥と似ていないのは当然なのだ。血の繋がりなどなく、親同士の再婚で兄妹となった。

「それじゃあ先生、お願いします」

 なんとなく居たたまれなくなり、花乃は斎に向かって軽く頭を下げると、急いで教室の外へと出て行った。

「あ、おい、成瀬」

 斎の声が教室の中に空しく響く。勢いよく閉じられたドアを少しの間見つめた後、再び手元の本へと視線を戻した。

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