第十四話

 生徒会室でいつも通りキーボードを叩いていると、いつの間にか仕事を終えたらしい会長は机に突っ伏しながら切実にうめいた。


 「……あの子、右京くんのこと好きなのかなぁ」


 あの子、というのはもしかしなくても志保のことだろう。

 俺は先日、生徒会に会計として加入した友人、鳴宮なるみや志保しほのことを思い出していた。

 会長的には、恋敵ができるかもしれないということで、志保のことが気になっているのだろう。

 ……それ聞いたの、今日だけでもう10回目なんですが。いい加減同じ話ばかりするのはやめてほしい。

 俺は深くため息を吐いた。

 右京は例のごとく生徒会室には来ておらず、志保も園芸部のため欠席していた。室内にいるのは俺と会長の二人だけだ。

 会長は話を聞いてほしそうにチラチラと視線を送ってくるが、俺はえて目を合わせないようつとめていた。どうせまた面倒事に巻き込まれるのだろうと思ったからだ。

 会長も先ほどからボヤきはするものの直接話を振ってくるわけではないので、このままスルーし続けていればいずれ諦めてくれることだろう。


 「あの子、やっぱり右京くんのこと好きだよねぇ。……?」


 直接振ってきやがった。どうやらしびれを切らしたらしい。

 まあ答えるだけなら話題は広がらないだろうし、無視するのも失礼だということで、とりあえず「そうかもですね」とだけ返しておいた。


 「そう、そうなんだよ! 好きかもしれないんだよ! そこで翔くん、少し話が……」

 「あ、そういえばこの書類の提出期限今日までだったな。早く終わらせないとな。誰かと話してたら終わらないかもな」

 「……………むぅ」


 これから起こるであろう展開を想像し、俺は独り言のように呟いて会話を強制終了させた。どうせまた右京絡みの相談をされるに決まっているのだ。

 とはいえ、仕事が忙しいというのは本当だった。

 会長の相談に付き合っていたら、今日は残業の如く居残りをする羽目になってしまう。

 

 「なに翔くん、そんなに仕事残ってるの?」

 「ええ、まあ。こんな量、一人じゃ終わらないですよ」


 会長が俺のパソコンを覗き込む。そうして何故か怪訝けげんな顔を見せた。


 「翔くん、それ本気で言ってるの……? これ、たぶん数分もあれば終わるんだけど……」

 「いやいや、冗談きついですよ。こんなの1日あっても終わるかどうか……」


 「ふーん」と呟いた会長は、思いついたように声を上げた。

 

 「そうだ! じゃあこの仕事終わらせたら、アタシの話聞いてくれる!?」

 「え? ……まあ、いいですけど」


 いくら仕事が早いとはいえ、会長でもこの仕事を完全下校の時刻までに終わらせることは困難だろう。

 代わりに仕事をやってもらっているわけだし、差し入れでもしてあげようと考え、俺は自販機に飲み物を買いに行った。

 数分で帰ってくると、会長は満足気にパソコンを突きつけてきて言った。


 「はい、終わったよ!」

 「……は!?」


 見てみると、俺が一日かけても終わりそうになかった仕事が全て片付けられていた。

 

 「会長、いくらなんでも早すぎじゃないですか……? 腕、何本あるんですか……?」

 「いやいや、普通だよ? ていうか今思ったけど、翔くん仕事するの遅すぎない? 普段から終わるの遅いなぁとは思ってたけど」

 「いやまあ普通の人よりは遅いかもですけど……。一文字打つのに1分くらいかかるだけで……」

 「遅すぎるでしょ!」


 ジト目を向けてくる会長。

 そんなこと言われても……なかなかスペルが見つからないのだ。

 

 「そんなわけで仕事も終わったことだし! 私の話聞いてくれるよね!」

 「……はい」


 仕事を代わってもらったわけだし、約束をたがえるわけにもいかず……俺は渋々しぶしぶといった様子で頷いた。




 「つまり、志保の好きな人が知りたい、と」

 「そう、そうなんだよ! アタシ、志保ちゃんが右京くんを狙ってるわけじゃないなら、何にも思う所ないんだけどね!」


 会長曰く、最近そのことが気になりすぎて夜も眠れないのだと。

 「志保の好きな人が分かればスッキリすると思うんだよ!」と会長は話した。


 「というわけで翔くん! 志保ちゃんの好きな人聞いてきて!」

 「嫌です」


 手を合わせて懇願してくる会長の頼みを、俺は一言で断った。

 「なんで!?」と会長は困惑して聞いてくるが、こればかりはどうしようもない。

 女子に好きな人を聞くなんて、そんなこと小心者の俺にはできるわけもなかった。

 それに志保は引っ込み思案なのだ。

 好きな人を聞いて変に警戒されるのも避けたかった。

 と、不意に遠慮がちにドアが開き、ヒョコッと志保が顔を覗かせた。


 「し、失礼します」


 園芸部での活動が終わったので、生徒会室に来てくれたのだろう。

 恐る恐るといった様子で入ってくる志保に、会長は笑顔のまま詰め寄った。


 「あ、あの……」

 「志保ちゃん、少し聞きたいことがあるんだけどね。……す、す、好きな人って、いるのかな!?」

 「……え、えぇ!?」


 緊張したのか突然上擦った声を上げて質問した会長に、志保は驚きの声を上げた。

 

 「え、えぇと、その……」

 「あ、そっか! 翔くんいると話しづらいよね!」


 会長に「ゲットアウト!」と言われたので素直に退出する俺。


 数分したら入ってきても良いとのことだったので再び生徒会室に入ると、志保と会長が仲よさげに握手しているところだった。


 「志保ちゃん、これからもよろしく! お互い頑張ろうね!」

 「は、はい。よろしくお願いしますっ」

 「……?」


 ……この数分で一体何があったというのだろう。

 会長と志保の要領を得ない会話に、俺は怪訝けげんな表情を浮かべるばかり。

 顔を紅潮させてチラチラと視線を送ってくる志保を俺は不思議に思った。



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 伏見ダイヤモンド

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