第36話

 辺りを見渡すと、テトラの目玉の下に伸びる視神経のような蔓が目に入った。人間と同じような神経が通ってるかはわからないけど、目玉を守るために動かしてたくらいだからもしかしたら。


 思い立ってすぐ動いた。目玉のすぐ下に伸びる視神経を両手で潰すように握り込む。


「い…っ!? 何やってるんだい小娘!」


 投げられた言葉に答えず握り続ける。


「あああああああっ!! いだいいだいいだい!!!!」

「きゃあっ!」


 テトラの感じる痛みに耐えかねるように檻が根元から揺れ始める。回るような揺れに恐怖を感じたけど、このままうまく行ってほしい。


「ギェェェェェェェっ!!」

「あだっ!!」


 どこからか太い蔓が私のおでこを叩いた。それは何発も続いておでこがめちゃくちゃ痛いけど必死に耐える。


「はなせ! 離せぇ!!」

「うぐうううう…っ」


 揺れるし叩かれるし気持ち悪いし痛いけど、ケイオスたちは絶対くる。だからそれまで時間を作らなきゃ。

 みんなは絶対助けに来てくれるから。


「あぁっ!」


 蔓が一度目に当たって思わず手を離してしまった。その拍子に瑠衣と二人で檻から放り出される。


「いたっ」

「コムスメ! オマエ! コロス!」


 見上げると巨大な蔓の球体がこちらを見下ろしている。その下から根のように伸びる蔓を何本も侍らせて、街灯によって透けたその蔓の壁の向こうの目玉が大きく見開いたまま私を見ていた。

 すぐ飛んできた蔓の先端に思わず腕で頭を庇う。しかしそれが私に当たることはなかった。


「…」


 そっと目を開けると、そこには私を覆うほど巨大な手。手はテトラの蔓に巻きつかれて簡単に砕け散る。舞い落ちた土が舞って気管に少し入り咳き込んだ。


「ググ!」


 怒り狂うテトラの声が私を挟んだ向こうにいるググを呼ぶ。それに対してググはからからとひときしり笑って、すぐすん、と黙った。


「…テトラさん。殺してはいけないと言ったではありませんか」

「こいつはあたしを殺そうとしたんだ!」

「彼女が死んでは彼の方の復活が遠のいてしまう。そうでしょう?」

「こんな小娘のどこがふさわしいものか! くびり殺してその血を捧げればいい!」


 そこまで叫んだテトラに対して、ググはフードで隠された顔を向けた。するとテトラの動きは止まり、悲鳴だけが聞こえる。


「アアアアアアアアっ!」

「…いくら儂の触手が伸ばせる時間が短いと言っても、汚い女をくびり殺すくらい訳はないぞ」


 少ししてテトラに向けていた顔は地面に視線を戻す。そのときテトラの悲鳴も止んだ。


「はぁ、はぁ…ググ…!」

「少しは落ち着きましたかな? いい加減参りましょう」


 テトラは一度舌打ちをして蔓の先を私に伸ばす。蔓は私の腹に巻きついて大人しくなった。

 だめだ、次の手を考えないと。

 そう思った時、小石が一つ視界に入る。それは小指の先くらいの大きさの小石で、青い。


「!」


 そして視界に入ったそれは、その瞬間に爆発した。


「きゃぁぁぁっ!」


 慌てて顔を腕で守る。周囲は煙に隠れて何も見えなくて、それなのに誰かに後ろからお腹を抱えられた。


「!!!」


 同時に口を塞がれて悲鳴も上げられなくなる。誰だかわからない人に捕まって声も上げられないの怖い!

 何より瑠衣が、瑠衣は!?


 相手が立ち止まって口元が解放されたので恐る恐る上を向くと、そこには見慣れた顔があって。


「けいおす…」


 私の脱力した呟きに、彼が私の顔を見た。


「今回は間に合ったみたいだな」


 そう言葉をかけてくれた彼の大きな手が、私の頭を撫でて、力が抜けそうに———


「って瑠衣! 瑠衣は!? 瑠衣はどうしたの!?」


 私なんかより瑠衣だ。私なんかよりたくさん危ない目に遭ってるかもしれないのに。


「瑠衣ならあそこだ」

 ケイオスが右を指差す。そちらに視線を向けるとミシェルさんと一緒に居たカーラさんが瑠衣を抱えていた。


「瑠衣…瑠衣は無事なんですか…?」


 ふらふらとケイオスの腕から抜けてカーラさんの元に向かう。カーラさんの腕の中に居る瑠衣はやっぱり気を失ったままで、やっぱり背中から植物のようなものが伸びている。


「ちゃんと生きてる。大丈夫だよ」

「一先ず安全なところへ連れて行くわ。楓ちゃんも行きましょ?」


 カーラさんの微笑みに、私は首を振った。


「行きません」

「ここは危ない。僕たちと離れた方がいい」

「行きません。私にも何かできるかもしれないから」


 私がここで離れる訳にはいかない。

 私が瑠衣といたら、瑠衣を巻き込んでしまうから。


「もう瑠衣を巻き込みたくないんです」

「楓ちゃん…」

「…わかったわ。気をつけてね」


 カーラさんの表情は真剣そのものだった。その言葉に頷くと、彼女は目にも見えない速さでどこかへ消えていく。


「じゃあ、八朔さんは——」


 ミシェルさんが何か言いかけて、視界の外から爆発音がした。思わずそちらに顔を向けるとケイオスがすでに敵と戦闘状態になっている。

 テトラは燃え盛る腕で牽制できても、ググの土人形の数に少し押されていた。ググはそれを見てからからと笑う。


「『双竜』の名前を表して欲しいですな」

「ぐ…っ」


 土人形は倒しても倒しても現れる。

 でもどうやってそれを生み出してるんだろう。決して無限なんて事はない、確かにそう思った。


「八朔さん、こっちに」


 ミシェルさんが私を呼ぶ。

 彼の方に向かうと、いつかのように見えないバリアが私とミシェルさんを包んだ。

 私はそのバリアの中で戦っているケイオスを見る。そしてよく見ると、土人形は倒れた場所からまた生えてきていた。つまりそれは何かコアのようなものがあるってこと?

 その間にもケイオスは蔓に絡まれながらそれを焼き、土人形と肉弾戦で戦っている。ケイオスの拳は土人形の頭部を砕き、脚部から放たれる鋭い蹴りが相手の腹部を砕く。

 それでも人形は減らない。崩れては生えて、そこにテトラの蔓が隙間を縫うように襲いかかる。


「捕まえた♪」

「ケイオス!」


 とうとうケイオスの両腕が掴まれてしまう。蔓に巻きつかれたのは右の二の腕と左腕。燃えてない場所を狙って動きを止めたんだ。

 そこに土人形の攻撃が容赦なく襲いかかっている。腹部や顔面を殴られ、どう見たってピンチだ。


「ミシェルさん! ケイオスが! 多分相手にはコアみたいなものがあるはずで…」

「大丈夫、わかってるよ」


 ミシェルさんは冷静に私にそう返すと「見ていればわかるよ」と付け加えた。

 その時。


 左の腕が、青く燃えた。


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