第12話

 片付け終わった辺りで玄関からドアを開ける音がしたので「おかえりー」と声をかける。すると玄関の方から私を呼ぶ声が聴こえたので何事かと向かう。するとそこにいたのは、


「わっ! なにそれ!?」


 白いTシャツと細身のジーンズをホコリと塵で汚して帰ってきた彼の姿だった。


「ちょっ、そのまま上がらないでね! お風呂沸かしてくるから待ってて!」


 慌ててお風呂を沸かしにいく。よく見たら髪とかもホコリついてた気がする。本当何があったんだろう。

 お風呂を洗って湯沸かしのスイッチを入れて…玄関に戻ると疲れたような顔でケイオスはそこに立っていた。


「改めて訊くけど急にどうしたのそれ…」

「使われてない資料庫は綺麗とは限らなくてな…」


 その辟易した様子から見るに、今日は余程疲れる仕事だったんだろうと思うのは早くて、ひとまず「お疲れ様…」と、言葉をかける。


 対してケイオスは何か納得のいかないような顔で何か呟いているのが聴こえた。それに対して「どうしたの?」と訊くと彼は“しまった”と言わんばかりの顔で「なんでもない…」と、それだけ返してくる。何があったのか…とは思うけど、ケイオスの渋い顔を見るに話してもらえなそう。


「何かあったら言ってね?」

「え、あ…いや、そうだな。ありがとう」


 私の言葉に、彼は違う意味で動揺したような顔を見せた。


「な、何かおかしいこと言った?」


 その表情にこっちも動揺して訊き返す。すると彼はまた“しまった”と言うような顔をして「違うんだ、その」とぎこちなく否定してきたので「じゃあなんなの?」と返そうとした時、お風呂が沸いたことを知らせる音がした。水を差すようなその音を聴いて、なんだかもう気にしても仕方ないような気になってしまったのでひとまずケイオスを風呂に促す。


「着替え、私が持ってきておくから。しっかり流してきてね」

「わかった。すまない…」


 洗面所のドアを閉めて彼の着替えを取りに行って、そろそろ彼は浴室に居るだろうと洗面所のドアを開けた。


 そこで少し時間が止まる。


 なんでって、上半裸の、ケイオスが、まだそこに居て…。


「きゃあぁあぁぁあっ! ごめんなさい!」


 叫びながら慌ててドアを閉めた。するとドアの向こうから何かをぶつけたような鈍い音がして、その音の大きさに一瞬体を跳ねさせる。


「っだ…」


 今度はドアの向こうで何か堪えるような声が聴こえた。その声にまた慌ててドアを開けると、うずくまって額を抑えるケイオスがそこにいる。


「ご、ごめん! 大丈夫?」

「ぐ…大丈夫だ。こちらこそ驚かせてすまない」

「いや、ノックしなかった私が悪いから…」


 お風呂入る前にお手洗い行ってたかもしれないし、念の為ノックすればよかった。申し訳ないことしたな…。


「おでこぶつけたの?」

「あぁ…ドアを閉めようとして少し」

「痛いよね、保冷剤要る?」

「大丈夫だ…そこまでじゃない」


 そう言って立ち上がったケイオスの、引き締まった体をうっかり見てしまって少し固まった。見慣れてるはずもなく、でも“男の人”ってはっきりわかるものなのに嫌な感じがない。きっともっと怖いと思ってたのに、どうして?


 疑問と混乱と心臓の爆音で脳がぐるぐるする。開いた口がはくはくと落ち着かなくて、きっとほんの数秒なはずのに一分以上はあるように感じた。


 固まり続ける私に気づいたケイオスが、困惑した顔をして私の目の前で手を振って意識があるかを確認している。その間にも彼は上半裸なわけで。それはずっと視界に入っているわけで…。


「ごめん!!!」


 頭がパンクして持ってた彼の替えの服を押し付けた後脱兎の如く逃げた。自分の部屋に駆け込んで急いでドアを閉める。


「はぁ、はぁ…はぁ…」


 今日“弟みたい”なんてカーラさんに話したばっかりで、普通家族とか他人にこんなどきどきするはずないし、しかも男の人が怖いのは変わってないはずなのに。


「どうして…?」


 おかしい、そんなはずない。

 ケイオスは本当“一緒に住んでる人”って程度で、良くても友達になってるかどうかって感じで、少なくとも私はそう思ってたし、でも他人にこんなこと考えるのはおかしいよね!?


「おかしい…私どうしちゃったの…?」


 今だってまだ心臓はうるさいし、顔だって熱い。さっきの光景が頭から離れないのに嫌な感じはなくて、こっちを心配そうに見るケイオスとか、目が綺麗で…。


「いやいやおかしい! 私おかしい!」


 きっとこれはびっくりしただけ、そうびっくりしただけ…ケイオスが思ったより綺麗だったとかもないし、引き締まった筋肉かっこいいなとかもない、はず。


 大丈夫、大丈夫だよ。好きとかじゃない!


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