第6話


 

 ********

 

 

「楓が行ってる場所に俺も行ってみたい」

 と、ケイオスが言ったので二人で私の通う大学に来た。大学なんて入るのは自由なので多少見知らぬ人間が居ても気にしない。


 …そう、相手が目立つような人間でもなければ。


「…」

「?」


 私は隣を見上げてため息をつくけど、多分ケイオスはそれを不思議に思ってるんだろうな。

 でも仕方ないよね、すれ違う人がみんなケイオス見てそわそわしてるんだもん。


 私の通う場所は女子大なわけで、教授や何かしらの仕事のある人でもない限り男性が出入りすることは少ない。

 そこにこんな背の高くて格好いい男の人を連れてきたらみんな浮き足立つに決まってる。すれ違う学生がみんな一瞬驚いたように彼を見ては、その後小さな声で何か盛り上がって…そんなことが何度か起きている。最初に会った時も綺麗な人だなとは思ったけど、それがわかっていてもここまで注目されるなんて思ってなかった。


「ここから先は関係者以外入れないから…そうだな、近くに売店があるから覗いてみる? 意外と面白いもの売ってるよ」

「面白いものがなにかわからないが…他で待っていた方が良いならそうしよう」

「うん、後で迎えに行くね」

「わかった」


 なんて別れたのが教授棟の前。


 ゼミの教授にレポート用の資料を借りて、同時にその進捗とか世間話をして、少し長くなってしまったと急いで売店の前に着いたのが今。



「困ったな…」


 私は売店の前で多くの女性に囲まれるケイオスを眺めながら、どうやって彼を助け出そうか考えていた。

 正直に言って、あの中に入っていく勇気はない。白い目が嫌と言うほど向けられるのがそれこそ目に見える。

 かといってケイオスはスマホを持っていないので電話を鳴らして離れさせると言う手段も使えない。どうしたものか。

 そんなことを少し離れたところで考えていると、誰かに肩を叩かれ振り向く。


「瑠衣!」

「やっほー、どうしたの?」

「あれ見たら伝わると思う…」


 声をかけてきた瑠衣に教えるためケイオスの方を指さすと、視線を向けた彼女は大きくため息をついてから私に視線を戻す。


「なんであいつ連れてきたの…?」

「だって、ケイオスが大学見たいって言うから…」

「女子大だよ!? あんなイケメンを飢えたハイエナどもが見逃すわけないじゃん」

「それは悪かったと思ってるけどぉ…」


 その一言に瑠衣はまた呆れたようなため息をついた。そして腕を組むと何か考え事をし始める。一緒に考えてくれるということだろうか。


「うーん、あいつスマホは?」

「持ってないって」

「え〜、だるすぎなんだけど」


 なんて言いながら様子を伺っていると、突如人だかりが散った。なんだろうと思って視線を向ければそこには何故か学長の姿がある。


「「…?」」


 瑠衣と二人して様子を伺う。すると諦めたような様子で女性たちがその場を去っていき、それからしばらく学長とケイオスが話し込んでいるのが見えて、そして不意に学長の視線が向いたかと思ったら学長がこちらを指差した。


「「!!」」


 その視線誘導でケイオスもこちらに気付いたのか、大きく手を振ってアピールしている。

 私は瑠衣と少し顔を見合わせてからケイオスと学長のいる元に向かった。


「楓…と瑠衣、さん」


 瑠衣を見たケイオスの態度はややぎこちない。この間の散々睨まれたのが効いてるんだろうな…。


「瑠衣でいいよ。気つかわれるのもだるい」

「あ、あぁ…そうか」


 ケイオスが完全に怯えている。瑠衣は私と違って気が強い方だから、少し驚いたのかもしれない。


「ところで、学長は何かご用事ですか?」


 私が切り出すと学長がこちらに向く。紳士的なロマンスグレーの髪に優しい印象を覚える顔つき、柔らかで丁寧な物腰、いつも綺麗に整えられたスーツと品のある佇まい…それが我が大学の学長、セイドリック・アルジェ氏。しかし学長がこんなところに居るのは中々見ることがなく、教授棟ですれ違うのがほとんど。そう考えるとやはり疑問が口から出る。


「いやぁ、売店で新しい商品が無いか確認するのが楽しみなんですが、来てみたら彼が困ってるようだったので」

「助かりました。ありがとうございます」

 なんてケイオスと学長のやりとり。やっぱり助けてくれていたんだ。


「連れなので助かりました。私からもありがとうございます」


 頭を下げると「いいんですよ」と返してくれた。見た目通り紳士的な人なんだな。


「こちらとしては丁度人手も見つかった事ですし幸運でした」

「人手、ですか?」


 笑顔で話す学長の言葉がつい気になった。すると学長はケイオスの肩を抱いてさらに機嫌を良くした声音で言う。


「彼が僕の元でアルバイトをしてくれるとのことでして」

「!?」

「いやぁ、助かりました。何か助けてもらったお礼をさせてほしいとのことだったのでダメ元で言ってみたんですが、彼の方も求職中とのことで。これは運がいいと思いまして」

「は、はぁ…」


 確かにケイオスはここしばらくアルバイトの雑誌をずっと読んでいたから話としてはわかるけど…。


「何するの?」


 ケイオスの服を引いて耳打ちする。すると彼も小声で返した。


「倉庫や資料庫の整理だと言っていたが…」

「え…?」


 倉庫はともかく資料庫まで? あそこは関係者以外立ち入れない場所の一つのはずだけど…。


「学長、ケイオスって資料庫入って大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。あそこは昔学生が悪戯をしたので立ち入り禁止になってるだけなので」


 そうだったんだ、知らなかった。とりあえずそういうことならと納得する。


「そういうことなので彼を少しお借りしてもいいですか? 記入してもらいたい書類があるので…」

「あ、わかりました」


 そこから学長についていったケイオスと一旦別れた。学食で落ち合おうと伝えたので瑠衣と一緒に学食に移動する。


 それを見て瑠衣が「あのイケメンがねぇ…」と怪訝な顔で見ていたのでもう私もそんなに警戒してない意思を伝えて宥めた。


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