第7話
ついにファム・ファタールが現れた!
その人は3年生の生徒会長。
「わ、すごいね! 君が描いたの?」
「えっと、そうです……」
「ふんふん、絵が好きなのが伝わってくるねぇ……いいねぇ、上手いねぇ」
十北さんは僕の描いた絵を数枚手に取ると目を輝かせて眺めている。
ふくよかな栗色の髪が肩に膨らみを作る。剣道部をやっているだけあって肉付きは良く姿勢が良い。しかし太っているとは口が裂けても言えないほどスタイルが良いのである。ラブコメの先輩キャラなら王道中の王道の美しさを誇る完璧な生徒会長であった。
この人が僕の運命の人だなんて……。
いったい1年教室に何の用事だろう? 僕は突然の事に驚いて言葉が出ない。
「ふぅん……すごい。何でもない日常風景に見えて、クラスメイトの笑顔とか悩みとかが絵ごとに違うのが分かる。なんだか友達の声が聞こえてくるみたい」
「………………」
「でも、なんだろう、写真を見てるみたいだなぁ。何かこう、これ! っていうものを感じない。上手なのになんでだろう」
十北さんはしきりに首をひねっていた。
それはあなたがいないからです。あなたがモデルになってくれればたちまち僕の画力は上達して有名な画家になれるでしょう。
僕はもう十北さんの彼氏になったような気になって、「あたしがモデルをしてあげるよ」という言葉を待った。だって彼女はファム・ファタールなのだ。運命は転がる石のようなもの。きっと向こうからやってくるはずだと信じた。
ところが……
「先輩! 何やってるんですか!」
「あ、ようちゃん!」
女子生徒の声が聞こえた。
「生徒会の事で相談があるんですよね、早くしてください!」
「ごめんごめん! この子の絵が上手でつい見とれちゃってた……」
「まったくもう、生徒会長なんだからしっかりしてください!」
その女子生徒は十北さんの腕をむんずと掴むと「ほら行きますよ」とグイと引っ張った。しかしあまりにも小柄であるため「ほ~~~ら~~~~~!」と大型犬に振り回される飼い主のように動かせない。
「分かったから落ち着いて。人の前だよ」
「こんなのどうだっていいじゃないですか! 大事な話なんですよね!」
「こ~~~ら。そんなこと言わないよ?」
第三者の介入に呆気にとられていた僕だが、こんなの発言にムッとして言い返す。
「君こそ3年の先輩に対してぞんざいすぎないか」
「あ、この子は良いんだよ」しかし十北さんが擁護する。「だってこの子、あたしの彼氏だから」
「えっ?」
彼氏?
十北さんは僕のファム・ファタールではなかったのか? それとも、恋人がいる人がモデルになるという背徳的な関係?
いやいや、僕は清らかな関係を望んでいるのである。恋人がいるのなら、ファム・ファタールにはなりえない。
「ね、また絵を見せてね。きっとだよーー!」
十北さんはそう言って引きずられて行った。
残念だけど致し方あるまい。
「ん、ていうか、彼氏って言った? 彼氏って男って事だよな? でもあの子はセーラー服を着て………あれぇ?」
脳内で彼氏を恋人の事だと認識していたらしく、雰囲気で理解していた僕はその違和感に気づいてしまい、よくよく考えてしまった。
女性同士で付き合ってるなら素直に彼女だと言えば良いものをなぜ彼氏と紹介したのか? 女装した男子かそれとも彼女がリードする側だから彼氏なのか、それともあの子自身が望んでいるのか、その先には常人には理解できない闇が潜んでいるように思われて……考えるのをやめた。
「……しかし、消しゴムが動いたと思ったんだけどなぁ」
僕は消しゴムを指で転がしてため息をついた。
確かに転がったと思ったのに今見たらただ倒れただけだった。つまりは僕の勘違いという事なのだけど、仕方がないだろう? ラブコメの中から飛び出してきたような人が突然話しかけてきて、しかも好意的だった。これほど運命的な出会いがあるだろうか?
いや、ない。
僕はがっかりした。十北さんをモデルにできたらきっと楽しかっただろうなぁ。あの整ったスタイルを、程よく引き締まった脚線美を、豊かな表情を絵にできたら死んでも良い。この学校に十北さん以上の女性がいるとは思えない。そう思えばもうこの消しゴムの出番も無いかもしれない。
せっかく運命の出会いがあると思ったのに残念だ。
「……世話になったね。これからは普通の消しゴムとして役に立ってくれ」
消しゴムを手に取りそう呟いた時、なんと、手の中で消しゴムが動き始めたではないか。
最初はずずず……とわずかな動きだったのが次第に強さを増して、とある女子生徒の接近に比例するように震えはじめた。
その揺れは明らかに十北さんのときより大きい。
ついに本物のファム・ファタールが現れたのだ!
「……あ、あの。あたしをモデルにしてくれませんか?」
その声のなんと美しい事か。聞いているだけで心が洗われ、絵の構想が溢れてくるようである。
間違いない。この人こそ運命の人だ。
僕は期待を込めて顔を上げた。
そこに居たのは……
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