第45話 ハンカチの縁
実はこの世界に来てから1カ月ぐらい経った頃、カンナから僕と悠にとあるものが渡されていた。
『二人とも! 生まれて初めて刺繍をしてみたのだけど、どうかしら!』
なんか嬉しそうな顔したカンナが近寄ってきたから警戒していたら、そんなことを言われたので警戒の態勢を解く。
『…刺繍?』
『おぉ! あのカンナがか!』
『“あの”カンナとはどういう意味かしら、悠?』
『うん?』
『いや、うん? でもないのよ。…じゃなくて! これ! ちゃんと二つ作ったんだから、失くさないでよね!』
そんなこんなで渡されたのが、白いハンカチだった。隅にガタガタの文字で「力こそ」とつづられていて、ん? となる。どういう意味だこれ。
その時、隣で悠が『パワー!』と叫んだので、若干びっくりした。待って、意味が分からん。
『ふふん! 葉奈の方には「力こそ」、悠の方には「パワー」と書いたのよ! 合言葉みたいなものね。これで二つのハンカチは繋がりを持って、離れ離れになってもお互いに引き寄せ合うようになるの! …って、書庫の文献に書いてあったから作ってみたんだけれど、なんだかロマンチックじゃない?』
その場合、ハンカチ持ってないカンナが離れ離れになったら、もう二度と出会えないのでは? とは思ったが、単純なプレゼントの意味でこれを作ったんだろうし、水を差すようなことは言わないでおこう。
『ちなみに、何か魔法は掛けてあるのか?』
『軽く念を込めたぐらいだけれど、「持ち主が良縁に恵まれますように」って感じかしら?』
『おお! んじゃ、さっそく外出て良い人に出会えるか試してみるか!』
カンナの回答に悠がいち早く反応し、さっさと外に出ていこうとする。
『ちょっと馬鹿! だからってあたしの下手くそな刺繍、見せびらかさないでちょうだい!!』
『大丈夫大丈夫、初めてにしてはお上手だから』
『アンタのそれは、全然フォローのつもりじゃないでしょ!』
『もっちろん』
『ちょっともう! …とにかく、あの馬鹿止めに行くわよ!』
「…と、言うことがありまして。このハンカチは結構大事なものなのです」
「それをなぜ落として行ってしまうんだい、ショウナ君…」
ミシェルさんには今さらあの二人のことを隠しても仕方が無いので、大まかに説明をしてあげた。
あれ以来、やっぱり気恥ずかしくなったのかカンナは再び刺繍をすることは無かったし、そもそも贈り物もこのハンカチだけだったから、ちゃんと肌身離さず持っていたつもりだった。
だから、僕もミシェルさんの言う通り、なんでこのハンカチを落としてしまったのかが分からないのだけど。
「でもちゃんと戻って来てくれたし、ひと安心かな」
「それもそうだね。それに、もし君のお友達の祈りが通じているのなら、このハンカチを持っていれば再会できるかもしれないね」
「え? ああ…」
カンナが「離れ離れになっても引き寄せ合う」と言ったことについての話かな?
「あ、そうだ。水の精霊達も、わざわざ僕にこのハンカチを届けてくれてありがとう。お礼に何かしてあげたいけど…うーん、何も持ってないしなぁ」
僕の落し物の場所を知らせてくれた恩を返そうと思ったら、精霊が好みそうなものが何か知らないことに気付いた。うん、水の精霊はお伽噺に出てくるとき、いつも気難しいタイプだったから、ちょっとまずいかも。
《んーん、どういたしましてー!》
《このぬのさんがねー、やさしいまりょくであふれてたからねー、とってもとっても、とぉってもおいしかったのよ~!》
《ありがとー!》
「え?」
優しい魔力? 美味しい?
ちょっと意味が分からないんですけど…。
「ショウナ君、おそらく彼らは、何も見返りは必要無いと言っているのだよ。ここは大人しく引こうじゃないか」
「あ、ハイ、分かりました…」
うーむ、この世界のお伽噺って基本、昔本当に起きた話を基にしてあるから、情報は正確なはずなんだけどなぁ。気難しいとは…。
「水の精よ、わが友の大切な品を届けてくれたこと、心より感謝する」
そしてミシェルさんはまた何か話しかけてるし。今度こそ会話してくれるかな?
《えへへー、かんしゃされちゃった~!》
《すてきなまりょくをありがとう!》
《れいぎただしいひと、だいすき》
お、ちゃんと反応してくれた。良かったね、ミシェルさん!
「ところで、君たちに聞きたいのだけれど、良いかい?」
《いいよ!》
話せると分かったからか、ミシェルさんは遠慮なく精霊から何かを聞き出そうとしている。冒険者って感じするなぁ。
「こんなに広い森の中で、君たちはどうやってショウナ君を見つけ出したんだい?」
《えっとね~、ぬのさんのまりょくたべたら、ひっぱられるかんじがして~》
《もちぬしさんにかえしてあげてって!》
《であうために、ひつようなものなんだって~!》
「おや。つまり、このハンカチが君たちに、彼の居場所を伝えたということかい?」
《うん》
なるほどなぁ、カンナがくれたハンカチって、帰巣本能みたいなのがあるのか。
いや、それってとんでもない効果してない?
しれっと言ってるけど、カンナの念が具現化しちゃってるやん。
「ふむ…。ありがとう、おかげで疑問が一つ解消されたよ」
《どういたしまして!》
それ以降会話は続かず、向こうも何か話したいことも無かったのか、《もうおねむのじかん》と言って、どこかへ消えていった。その途端に、そこら中を漂っていた細かい粒子達も消えた。…あれも精霊だったのか。
「…ふふ」
そろそろ帰ろうかということになって、元の道を戻る最中、ミシェルさんがなんだか嬉しそうに笑った。
「どうしたんですか」
「…ああ、いや…ショウナ君と共に居ると、今後も珍しい事態に陥りそうだと思ってね」
「え何その事態」
僕にとっては全てが驚きだから、全部珍しいと言えばそうなんだけど、さっきの精霊の件ってミシェルさんにとっても珍しいことだったのだろうか。
「君も『勇者殺し』の伝説は知っているだろう?」
「まあ、はい」
簡単に言えば、ヨルというロナ族が大昔に大暴れした挙げ句、討伐直前に「こんな世界なんか滅んでしまえ」と言ったせいで世界が氷河期になる話だったはずだ。確か、ヨルを討伐したシロハという勇者を神に捧げると、氷河期は終わり、一部の地域にしか冬が来なくなった、みたいな締めくくり方だったかな。
「一説によると、世界を冬だけにしたのは水の精霊の仕業らしくて、ヨルの願いを彼らが叶えた結果が、“氷河期”なのだと言われているよ」
「へぇ」
それとハンカチ落とし事件について、何の関係があるんだろう。
「そんな彼らは、冬世界が終わった頃になってこの大陸から姿を消したのさ。そうでなくとも、水の精霊は警戒心が強くてね」
「…うん?」
あれ、それってつまり…。
僕の言いたいことが伝わったのか、ミシェルさんは肯定するように頷いて続ける。
「なかなか出会えない水の精霊…私は彼らに会うのはこれが初めてだし、君は精霊に出会うこと自体が今回で初めてだろう? その初めてが、水の精霊である確率は相当低いはずなのさ」
なんか僕、無意識にとんでもない豪運発揮してない?
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