第26話 10層ボス戦!

 階段を下りると、そこは何もない一つのだだっ広い空間だった。…【気配察知】で索敵してみるが、何も見つからない。留守なのかな?

 不審に思いながらも階段を下りきり、10層へと足を着ける。その途端に階段から地響きのような音がし、びっくりして離れると階段は見事に崩れ去っていった。…待って、避難経路が失われたんだけど? こんなの聞いてないけど!?

 アワアワしていると、その空間に備え付けられていたらしい明かりがともる。久しぶりの光だ! と喜びたいけど、今の場合はさらに混乱するだけだ。

 そしてとどめとでも言うように、背後からドスンと大きな音がした。階段と明かりだけに目を奪われていたから、例のだだっ広い空間には背を向けていた。限界になってパニックを起こしかけるがギリギリで踏みとどまり、恐る恐る音のした方を振り返る。



 …帰りたい。


 本気でそう思った。

 目の前にでっかい蛇とか、冗談じゃない。しかもこの空間の半分以上を占めているのに、その10分の1にも満たない大きさの僕が、どうやってそいつを倒せるというのだろう。本当に帰りたい。

 けど帰るにはコイツを倒さないといけないから、どのみち相対することになる。ここは覚悟を決めなくては…!

 そして僕が決意を固めて剣を構えようとした瞬間だった。


 シャアアアア!


 デカい蛇は威嚇音を発すると、尾の部分を横に振った。これは明らかに、僕に直撃するコースである。

「うをっ!?」

 めっちゃ速い!

 避けきれずに剣で受ける。…けど相手の力に耐えきれず、剣はぽきりと折れてしまった。

「やば…」

 そのまま飛ばされて、壁に激突。…痛いです。けど、流石に召喚勇者補正と【物理攻撃耐性】のおかげで、気を失うとか即死とかにはならなかった。僕の体が頑丈なだけかもしれないけど…それは無いか。

 それよりも、問題は剣だ。今までたくさん使ってきたから、耐久値的なものが下がってはいるだろうと少し思っていたけど…それでもこれはおかしいよね!? 耐久値が下がっていても、そんな簡単に折れたりはしないって! コイツの尻尾攻撃強すぎるだろ!!

「って違う! そうじゃなくて、武器が無くなったじゃないか! どうしてくれるんだ、この蛇!」

 混乱して相手に怒ってもしょうがないけど、武器が無い状態じゃ僕はまともに戦えないから許して。悠みたいに殴ってどうにかするしかないけど、僕はそれが出来るような訓練を受けていない。なのでこのままだと一方的に嬲り殺されてしまう。


「ヤバい、本当にどうしよう…」

 倒せる手段が無くなってしまったというのは、本当に大きな痛手だ。これぞまさしく絶体絶命というやつだろう。


 シャアアア!


 そんな僕の内心など知る由もなく(知ってたら怖い)、蛇は再び威嚇音を発した後に噛みついて攻撃する。

 地面を蹴り横に避けると、咄嗟に『スラッシュ』を発動して首を斬れるかどうか試そうとしてしまった。剣は折れているのでそれが出来るはずも無く、僕がただ何かを素振りしているという間抜けな動きをしただけになった。

 …さっきから僕、格好悪い姿しか相手に見せていない気がする!

 「…う、うをおお、そんなの知るか! だって僕はそこまで勇者してないんだーーー!」

 随分悲しい叫びになったが、僕はそんなふうに怒鳴りながらやけくそ気味に蛇の方へ突っ込む。こっちは恥ずかしさと怒りでもうどうにでもなれ、の状態なんじゃ!


 シャアアアア!


 蛇の噛みつき。どこから来ても『気配察知』で分かるので、それを避けて訓練で見た悠の動きを真似ながら蛇を殴りつける。

「…ってえええ!」

 覚悟はしてたけど殴ったことによる痛みが自分にも来て、僕は殴った方の手を抑えながら蛇からサッと距離を取る。

 あまり効果は無かったけど、一応向こうも痛かったみたいで、蛇は僕を睨みつける。うーん、あれは怒ってますねぇ…。


 シャアアアア!


 蛇はビタンビタンと尻尾を地面に叩きつけ、地面を大きく揺らす。急な揺れでバランスを失いかけたが、何とか転ばず持ちこたえた。

 が、その瞬間には相手が噛みつきの攻撃を繰り出してきていて、僕の目の前には大口を開けた蛇の顔があった。やばい、死ぬ…!

「あ…うわっ!」

 咄嗟に折れた剣の柄(まだ手放してなかった)を口の中に放り込む。そしてそれが喉に引っかかって傷を付けたのか、蛇は僕を呑み込む寸前に急に顔を引っ込めて、のたうち回った。単純に投げる物を間違えただけだったけど、…ファインプレーと言うことにしておこう。

 蛇は数秒後に柄を吐き出し、口から血を滴らせながらさっきよりも鋭く僕を睨む。やっぱり、折れても鋭かった部分で喉が切れた感じかな? 意図的じゃなかったとはいえ、デカ蛇にダメージを与えられたみたいだ。

 まあ、そのせいで蛇を怒りを買うことは確定なんだけど!


 キシャアアア!


 口から溢れてくる血を撒き散らしながら、蛇は再び威嚇音を発する。そしてさっきよりも素早い動きで尻尾を横に薙ぐ。

「…っ」

 尻尾攻撃を避けたと思ったら、今度は噛みつき攻撃だ。慌てて回避をする。

 すると、今度は尻尾をもう一度横に振って僕を薙ぎ払おうとしてきた。ジャンプしたが避けきれず、足が引っ掛かって転倒する。

 …続いて噛みつき攻撃。

「あっ…ぶなっ!」

 ごろりと横に転がって、間一髪で回避する。…さっきから息を吐く暇も無いな?


 だけど、それも何度か繰り返しているうちにパターンを見出してしまって、そのうち避けるのが簡単になってしまった。…ごめんよ、デカい蛇。多分、今どっちにも確実に殺せる方法が無くなってるよ。僕は避け続けるだけで攻撃手段が無いし、蛇の方は僕の攻撃があまり効かない。

 つまり、どちらかが力尽きるまで終わらないという、だいぶ既視感のある状況になってしまった。

 マジでどうしよう? やっぱり今回はちゃんと倒さないと迷宮から出られないだろうから、仮装樹のときのようにはいかない。判定負けとかは本当の戦いにあるはずも無い(そう考えたら、やっぱり仮装樹って優しかったのか…と思ったのは内緒だ)。そして何より、この蛇は僕がこれだけ避けまくっても、一向に疲れる気配を見せない。逆に僕の方が段々と疲れてきている気がするほどだ。

 このままじゃ、僕の方が負けちゃう…!

 今さらながら、僕は「死ぬかもしれない」ということをはっきりと意識した。そんなことになれば、僕を信じて抜け出してきた悠とカンナを裏切ることになってしまう。そんなのは嫌なので、本気で何とかしないといけないな。


 そして最悪なことに、こんな状況になって空腹を感じ始めた。…いや、悠あたりは笑うかもしれないけど、これはマジでそうなんだって。迷宮では仮装樹戦の後みたいに腹ごしらえをする余裕なんて無かったから、だいぶ長いこと迷宮に居る僕は、今本当にスタミナが限界だ。

「…あっ!」

 結局、足がもつれて転んだ。そしてそれを見逃すはずの無い蛇が、大きく口を開けて僕に襲い掛かる。転がって避けるには距離が近すぎる。

 あー…死んだわ、これ。

 そもそも起き上がる気力も残っていなかった僕は、同時に避ける気力も消耗して無くなっていた。だからこれはもう、死ぬことが確定したと言っても良い出来事だ。せめて…せめて丸呑みだと、お兄さん嬉しいなぁ…なんつって。


 それでも、悪あがきぐらいはしてやるけどね!

「ええい、もうどうにでもなれ! 三度目の正直じゃ、喰らえ『ストーンバレット』!」

 持っている武器も、近くに武器となる物も何も無い状態だと、僕の場合はそこから何かを生み出そうと意識が働いてしまう。

 だから僕は、咄嗟に浮かんだノックバックが付きそうな魔法…カンナじゃない誰か別の魔法使いが使っていた『ストーンバレット』が頭に浮かび、それを唱えて魔法を繰り出そうとした。

 …だからさぁ…そんなことしても、一度も成功したことのない魔法なんか、使えないも同然なんだって…。

 若干諦めムードになった僕は、目を閉じかけた。




 が、そうしなかったのはちゃんと理由がある。

 いくら待っても、なぜか僕に死はやって来なかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る