第24話 慣れてしまった結果

 「来ないで」と思ったのは、決してフリじゃない。僕は本気で奴らに「来ないで」と願ったのだ。

 なのになんで来るんですかねぇ…。

「うぅ…嫌すぎるよぉ…」

 若干震え声になりながら、弱音を吐く。ヌメヌメ系はやめて、本当やめて。少なくとも、僕が一人でいるときは気を遣って近寄らないで。そう思うけど、相手は魔物。言葉は通じないのだった。

 ゆっくりな魔物はさっきと同じように、僕の後ろをのろのろとついて来る。一定の距離を保って、お互いに干渉せずの状況だ。絶対何かあると思わせといて、何も無いやつ…悠の家で見たホラー映画でたまにあったな。「アイツ、何がしたかったんだろうな」と悠と話して笑っていたが、実際に僕も同じ目に遭ってみると、なんか背中がぞわぞわして落ち着かない。怖いというか、むず痒いというか…。

 とにかく、今のところ何も害は無い…はずだけど、僕の精神にはかなりの害が来ている。今度こそ逃げ切ろう。


 勇気を振り絞って、何も見えない通路を突っ走っていく。曲がり角は流石に【気配察知】で避けることが出来るので、壁に熱いキスを交わすなんて恥ずかしい事態にはならない。誰も見ていないとはいえ、それが恥ずかしいことには違いないので是非とも避けたいのだ。あと普通に痛いしね。


「…ここまで来れば…」

 必死で逃げて、粘液の水たまりも見つからなくなった場所まで来た。奴らの縄張りからはだいぶ遠い場所まで進んだようだ。【気配察知】にも何も引っ掛からないので、多分撒けたっぽい。良かった良かっ…。


「うおっ!?」

 歩いていたら、急に足場が消えた。それは下へと段々に続いており、そのまま転がり落ちる。【物理攻撃耐性】が効いてダメージは無いが、急なことに頭が働かず混乱していると、突然普通の平らな地面に辿り着き、回転落下は収まった。何も見えないけど、目が回る…。バランスが取れない…。

「いてて…」

 よろめきながら立ち上がると、僕は何が起きたのかと上を見上げる。暗くてぼんやりとしか見えないが、凝視していると輪郭がなんとなく分かってきた。

 上には穴が開いていたが、それは元から開いていたようだ。そして、空いた穴から段々に続く足場…。

「…あ、あはは…まさかの階段転落…」

 あんなに壁とのキスは避けていたのに、よりによって別の方向で大恥をかくことになるとは…! 畜生!


 一人で顔を赤くして、しばらく悶える。本当何してるんだろうと思うけど、こればっかりはもうこうするしかなかった。僕だって自尊心はあるもん! 多少のプライドはあるもん! ト●ロいたもん! …いや、最後のは違うや。



 気を取り直した頃には、5分くらい時間が過ぎていた。普通なら2層を爆速で抜けられたのを喜ぶべきなんだろうけど、その代わり僕の精神は既にボロボロで、喜ぶどころじゃないよ…。

「でも、誰も見てない…うん、誰も見てないんだ…」

 唯一の救いを呟きながら、ようやく3層目を歩き回り始める。少なくとも、あの粘液を出す魔物はもう追って来てはいないので、多少はマシになっていると思う。僕があのコウモリを倒したときみたいに大声を出さなければ、見つかりはしないだろう。(フラグ2回目)


 進んでいると「プゥン…」というモスキート音が聞こえた直後に、針みたいなのを飛ばして攻撃された。それに当たったら血が持ってかれる感じがしたので、明らかに蚊だと分かる相手と戦うことになったが、大体コウモリと同じ方法で勝ったので省略。


 そして進んでいるうちに気付いたが、どうやらこの迷宮は魔物の数が少ないらしく、こちらから探していかないと魔物を見つけることが難しいみたいだ。2層の時みたいに、魔物より先に次の層へと続く階段を見つけてしまった。

 だいぶ廃れている迷宮だなぁと思ったが、もしかしたらまだ浅い場所だから数が少ないのかもしれないので(たまにあるよね、そういう迷宮)、一応油断はしないように頑張ることにした。僕のことだから、すぐに忘れて気が緩んでしまいそうだが。



 そして油断しないようにと言った傍から油断して、うっかりコウモリと蚊の魔物に見つかって戦闘を強いられた。何してるんだろうね、僕は…。

 もう戦い方は分かっているので慣れてしまった僕は、間抜けにも魔物達コイツらを相手にして遊び出した。慣れると余裕ぶっこいてしまうのは、僕の悪い癖だと思う。…でも、これのおかげで驚くような発見があったのも確かなので、今のところは矯正するのを考えていない。


 まず、【気配察知】だけでも行けるんじゃないかと、目を閉じて戦うことにした。どうせ目はほぼ使い物にならないのだ。他の感覚を使って…つまり、聴覚や嗅覚や第六感を使って敵と戦ったとしても、何ら変わりは無いだろう。…という滅茶苦茶な理論が動機だった。

「よーし、やってみるぞ!」

 気合を入れて、【気配察知】に意識を集中させる。そして目を閉じると、途端に周囲の音が大きく感じられるようになった。

「…はっ!」

 スカッと空振ったのを感じ取ったが、気にせずに次の攻撃へ移行する。音や気配の動きから、相手のうち一匹が後ろに避けたことが分かったので、一歩踏み込んでソイツだけを狙う。

「おらっ! 『刺突』!」

 相手が反応できないでいるうちに、渾身の『刺突』を一撃。見事にど真ん中に突き刺さったのを視た。そしてそのまま剣をブンと振って、敵を地面に叩きつけながら落とすと、背後から奇襲を掛けようとしていた一匹に『スラッシュ』を打ち込む。そのままの流れで他の一匹を真っ二つにし、振り上げて一匹、振り下ろして一匹を仕留め、背後を取った敵2匹を、身をよじって回転した遠心力で斬る。

「…よし」

 とりあえず、だいぶになってきたようだ。


 じゃあ次だ。僕がやりたかったのはもう一つある。というか、これが一番やりたかったのだ。それはずっと願望としてあったけど、未だに一回も実現できていないことだった。

 そう、魔法を使うことだ。本当にどうやってやるのか見当もつかなくて、実際ものすごく困っている。使えなきゃ駄目ってわけじゃないんだけど、なんかこう…ロマンってあるじゃん? 僕だって男の子だ。魔法剣士とかになって、何でも出来て、俺TUEEEEE! …みたいなことは、絶対やりたい。

 ということで、再挑戦しよう。


「あと5匹だし、いけるいける」

 何が「いける」のか自分でも分からないが、だいぶ余裕が出てきたせいで、「もう魔法使えるやろ」みたいな感じの変な自信がついている。まあ、結果は…お察しだ。



「おりゃ!」


「『ファイア』!」


「んー…炎よ出ろ!」


「『ファイアァァァ』!!!」



 …だめだこりゃ。


 何回魔法を使おうとしても、魔力を感じるところで止まってしまう。何が駄目なのかも有識者カンナがいないために分からず、結局残りの5匹も斬り落として終わった。

 勝った…自分の成長を確かめられた…はずなのに、なんか悔しいね! コウモリなんて、僕が魔法を失敗するたびに甲高い鳴き声を発して、まるで嘲笑っているみたいだったしな!

 くそぅ…。


「はーもう、やってらんない…」


 むしゃくしゃした僕は、4層以降から魔物の数が急増したにもかかわらず、八つ当たりの対象として魔物ヤツらを蹴散らしながら爆速で進んだ。

 その結果、気が付けば9層目まで下りてきているのだった。

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