異世界ではほのぼのしたい、僕の冒険譚

道生きょう味

第1話 プロローグ

「おいっ! いつまで寝ていやがるこの薄ノロ、さっさと起きろ!」


 ジョシュアの耳障りな声でソフィアは目を覚ました。

 …ああ、また今日もしっかり眠れなかった…。

 そう思いながら体を起こす。その途端に左脇を蹴られ、びっくりしたので小さく悲鳴を上げて倒れる。


「こんのノロマが! 他の奴らはもう起きてんだよ! さっさと立て!」

「…ゔっ…」


 起き上がるとまた同じ箇所を蹴られ、また倒れ込む。

 大した技術力だ。と、ソフィアは思った。もっと別の場面で使ってほしいものである。

 ジョシュアは彼女に唾を吐きかけると言った。

「罰として今日は飯抜きだ、いいな?」

「……はい」

 そう返事をするとジョシュアは満足した様子で頷き、暗い部屋を出ていった。…もしや私を鬱憤晴らしに利用し使いたかっただけじゃあるまいな?

 ソフィアは、大して痛くはないが、気持ち的に痛む脇を押さえながら周りを見ると、確かにもうみんないないことに気付いた。

 まだ日も昇っていないのに、こんな朝早く起きられるのは凄いな、と思いながら立ち上がった。


 さて、今日の私の仕事は何だったか。


 …ああ、街に買い物に行くんだっけか。


 買うのはえーっと、…ああ、あのクソあるじの剣と防具だったはずだ。しかも、使用人である私のお小遣いから全ての代金がしょっ引かれるんだっけ。

 コツコツと貯めてきたお金が、こんな簡単に他人のせいで溶けていくのはもう何度もあったこと。…とはいえ、やっぱり腹は立つ。クソッたれ。


 聞かれる可能性があるので、ソフィアは心の中でだけ舌打ちをして部屋を出た。暗い廊下を見渡すと、使用人の一人であるアシュリーが廊下の窓を丁寧に拭いていた。

 とりあえず、彼女に挨拶をしようと近付きかけたところで、「おい、ソフィア」と聞き慣れた声が聞こえた。

 振り返ると、さっきのジョシュアクソ野郎がソフィアを睨みつけていた。


「お前、今日はデイヴィッド様の武具の買い足しだっただろう? 分かっているだろうが、外であの方のお顔に泥を塗るようなことをするんじゃないぞ? そうなったら、お前の首が飛ぶだけだからな」

「…はい」

 首が飛ぶ。…どこのブラックユーモアか知らないが、物理的に首が飛ぶ。その光景を、ソフィアは一度だけ目にしていた。クソ主側近の執事がたった一度だけ失敗した後、目の前のジョシュアクソ野郎によって慈悲も無しに首が飛ばされた光景を。

 まったく、このクソ主の右腕様は、使用人を何だと思っているのか、とソフィアは思わずにはいられなかった。


「…ああ、逃げることも出来ないからな。前と同じだから、お前なら分かるだろう?」

「はい」

 逃げようとしたら、即座にクソ主の衛兵に斬り捨てられる…らしい。

 彼女的にはどうせ雑魚だし、そんなことはどうでもいいから忘れていたのだが。…忘れていたとしても、お金を稼ぐことが目的だから逃げないのだが。


 ふと、ソフィアは、本当はこんな場所に居るような器じゃないと、希少種な善き使用人に言われたことがあるのを思い出した。だが、本当のところ彼女はとても不器用で、汚い貴族の下ぐらいしか、雇ってもらえることが無かったのだ。つまり、こんな場所に居るような器だ。


 そういうふうな訳でソフィアは、ジョシュアのくどくどうるさい説教を聞き流して、別れた後に外に出た。

 すると、今度は屋敷の門番をしていた衛兵に呼び止められた。

「…デイヴィッド様の顔に泥を塗るようなことはするな。そう言われたはずだろうが」

「? (まだ)何もしてませんよ?」

 ソフィアは、本気で身に覚えが無くて戸惑った。

 そんなふうに注意されるようなことなんか、した記憶は無い。もちろんだ。再三言うが、彼女はお金を稼ぎにこの屋敷に越してきたのだから。自ら評価を下げる真似なんて、誰がするか。

「その服装だ。そんなボロ布を着て、一体どうやって恥をかかないつもりなんだ?」

「いや、これ以外に着るものが無いから、仕方なく着ているんですが…」

「言い訳はいい、さっさと着替えてこい」

 …コイツ、相変わらず話が通じないな。

 うんざりしていると、今度は衛兵からの説教が始まった。面倒くさい、と彼女は思ったが、その気持ちを表に出すのはまずいので、ひそかに溜め息を吐くことだけで抑えた。


 しばらく聞き流す。大体は、我がクソ主がどれだけ素晴らしいのかをしつこく、熱く語っていただけなので、彼女にとっては聞いている価値も無かった。

「おい、ソフィア! 人の話ぐらい、しっかり聞いたらどうなんだ?」

 そこで、噂の本人が登場する。性格がひん曲がったサディス…クソある…デイヴィッド様である。

「…すみません」

 ここは言い訳もせずに素直に謝った方が良いだろう。そう思って彼女は頭を下げたが、待っていたのはかなり強めの拳骨だった。

「…」

 それでも無反応だったソフィアに苛立ったのか、クソ主はチッと舌打ちをした。

「…土下座しろ」

「……はい」

 あまりに馬鹿丸出しな発言だったので、彼女は笑いそうになるのを堪えながらやっとのことで返事をした。

 潔く土下座すると、予想通り頭の上に足が乗っけられた。…待って、だいぶ体重が乗ってない?


 そして始まる、クソ主のお説教。寝起き1時間でこんなにもたくさんの説教を食らったのは、今日が初めてかもしれない。


 それから何やかんやあって、最初に衛兵から問題視されたボロ布問題は、新品の高価な衣服をクソ主から贈呈されることで決着がついた。

 …まあ、どうせ私が着たものなんて返しても捨てられるだけだし、ありがたく貰いましょうかね。私が思う存分、有効活用してあげよう。

 それにしても、どうして今日だけこんなにも身だしなみにうるさくなったのだろう。いつもだったら、町に出たところで私の境遇を知って知らないフリをしている輩しかいないから、クソ主もそこまで気にしなかったのに…。

 ソフィアはそんなことを考えたが、考えたところで分からず仕舞いだろうと、すぐに疑問に思うことをやめた。

 そして着替えた後、ソフィア達は屋敷の外へ出た。


 久しぶりの外だなぁ…。

 いつも屋敷内の掃除ばっかりだったし。


 家主が出るということは、もちろん護衛の兵士もついてくるわけで、今日の買い物行進は、ものすごく長い行列になった。一人でも行けるだろうに彼女も付けていくのは、美女を隣に置いておくことで権力を示したいからだろう。あと、「白黒差別」をしない優しい人という周りからの称号でも欲しかったのだろう(それをしなきゃいけない時点で、きっと周囲からの評判は悪いのだろうが)。


 …私たちの一族ところじゃこの顔は普通だったのに。この社会の美意識は相変わらずよく分からない。


 外に出てしばらくし、ソフィアは周囲の視線がいつもより多いことに気付いた。見回してみると、やっぱりいつもより人が多かった。

 よく見る顔が1割、後の9割は知らない顔といったところか…。

 気配からして異世界人だろう。


 異世界人はその名の通り異世界から来た者達のことで、不死身だと言われている。

 …だってまあ、死んでもこの町の、あるいは他の町の中央区の広場で生き返るんだもん。不死身というのはあながち間違いじゃないだろう。


 ところで、そんな異世界人の人数が多いのはどうしてだろうか。

 昔からいるにはいたけど、こんなに多かったのは一度だって無い。少なくとも、ソフィアの記憶の中で、だが。

 これから何か起こるとでもいうのだろうか。

 ソフィアは、不思議な胸騒ぎを感じながら、辿り着いた武具屋の中へと入っていった。

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